第16話_ラッキースケベ術師と星読みの試練
四人は恐る恐る扉を開けて中に入った。
「これは…!」
幸運の手にした杖の小さな炎が、突如として不要になった。その理由は目の前に広がる光景にあった。
広大な地下空間には、天井から吊り下げられた無数の青く輝く結晶が、まるで夜空の星のように瞬いていた。その光は淡く、しかし十分に空間を照らしていた。壁や床の一部にも同じ青い結晶が埋め込まれており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「綺麗…」エリザベスが息を呑んだ。「この結晶、何かの力を持っているわ。マナが流れているのを感じる」
そこは円形の大広間で、床には複雑な星座の模様が描かれていた。中央には大きな祭壇があり、その周りには白い長衣を着た数人の人影が静かに佇んでいた。
「来訪者か」
静かな声が響き、彼らの一人が四人に近づいてきた。長い白髪と白い髭をたくわえた老人で、青い瞳は若者のように輝いていた。
「私はガイア。この星の聖域の守護者、星読みの長だ」
「星読み…」セシリアが呟いた。「ミザル村の長老が話していた…」
ガイアは微笑み、四人を見渡した。
「長い年月を経て、ついに訪れる者があったか。何を求めてここに来たのだ?」
リーザが一歩前に出た。
「北の神殿への道を探しています。古の知恵を守る者たちに会うために」
「なるほど」ガイアは頷いた。「ここはまだ神殿ではない。神殿への道を守る聖域だ。神殿そのものはさらに奥にある」
四人は周囲を見回した。
「では、これからどうすれば…」幸運が尋ねた。
「まずは自己紹介をするがよい。そなたたちは何者だ?」
四人は簡単に自己紹介をした。幸運が自分の名を告げると、ガイアの目に興味の色が浮かんだ。
「ラッキースケベ術師?面白い称号だな」
「いや、これは自分で選んだわけじゃなくて…」幸運は顔を赤くした。
「聖樹王国ソレイユから追放されたと聞く」ガイアは幸運を見つめた。「その国名は、かつてこの地方を支配していた星樹の女神イヴァルに由来するものだ」
「それは知りませんでした」幸運は驚いた。「ってか、何で俺が追放されたこと知ってんの」幸運は二重に驚いた。
「星樹と聖樹、似ているようで異なる」ガイアは静かに説明した。「星樹は宇宙と地上を結ぶ神聖な道。聖樹はその教えが変質したものだ」
「教会が台頭する前の信仰なのですね」セシリアが言った。
「そうだ」ガイアは深く頷いた。「そしてそなたは教会の出身だな?」
セシリアは驚いたが、素直に頷いた。
「教会はイヴァルの教えを歪め、そこから生まれた。かつては同じ源を持つ姉妹のような存在だったのだ」
ガイアは中央の祭壇へと歩き始め、四人に続くよう手招きした。
「神殿へ至るには、三つの試練を乗り越えねばならない。『星の道』、『大地の力』、そして『心の真実』だ」
祭壇に近づくと、その周りには三つの小さな門が見えた。それぞれに異なる象徴が刻まれていた。
「各門はそれぞれの試練への入り口となる」ガイアは説明した。「試練は個人の資質を見極めるものだ。すべての試練を乗り越えた者だけが、神殿への道を示される」
「全員が全ての試練を?」リーザが尋ねた。
「いいえ」ガイアは首を振った。「それぞれに相応しい試練がある。選ぶのはそなたたちだ」
四人は顔を見合わせた。
「では、私は『心の真実』を選びます」セシリアが言った。「教会の者として、真実を知る責任があります」
「私とエリザベスは『大地の力』を」リーザが決断した。「私たちは二人で戦ってきた。これからもそうあるべきだ」
「じゃあ、俺は『星の道』か」幸運は残された門を見た。「なんだか不思議な引き寄せられる感じがする」
「良い選択だ」ガイアは満足げに言った。「ではそれぞれの門へと進むがいい。試練を乗り越えた先で再会することになるだろう」
四人は最後の言葉を交わした。
「気をつけて」エリザベスが言った。
「お互いに」セシリアが頷いた。
「すぐに会おう」リーザが微笑んだ。
「ああ、絶対に全員で神殿へ行こう!」幸運は力強く言った。
そして四人はそれぞれの門へと歩みを進めた。
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幸運が「星の道」の門をくぐると、突如として周囲の景色が変わった。
彼は無限に広がる星空の中に浮かんでいた。足元には細い光の道が伸びており、それが唯一の足場だった。
「これは…どうすれば?」
彼が困惑していると、前方に人影が現れた。近づいてみると、それは先ほど会ったガイアだった。しかし、その姿はより若く、より厳かに見えた。
「星の道の試練に挑む者よ」ガイアの声が響いた。「この試練は自分自身との対話だ。自らの本質を見出し、受け入れねばならない」
「自分自身との…?」
「問おう」ガイアは静かに言った。「そなたは何者だ?」
「俺は…幸運。追放された術師だ」
「それだけか?」
幸運は考え込んだ。「ラッキースケベ術師と呼ばれている」
「なぜその能力を持つのだ?その力の本当の目的は何だと思う?」
「それは…」
幸運は答えに詰まった。彼自身、なぜそのような能力を持っているのかわからなかった。
「前世の記憶…いや、前世は勇者だったという考えがあったが…」
「本当にそうか?」ガイアは問いかけた。
幸運の前に、過去の記憶が映像のように浮かび上がった。聖樹王国ソレイユでのさまざまな「事件」。彼が思わぬ形で女性に接触し、そのたびに起きた不思議な現象。
「もしかして…」幸運は考え始めた。「このラッキースケベは、何かを引き出すための…何かを目覚めさせるための力なのでは?」
「よく気づいた」ガイアは頷いた。「では、なぜ前世が勇者だとするのに、その力がそのような形で現れるのだろう?」
「確かに矛盾している」幸運は頭を抱えた。「もしかして、前世は…単なるスケベだったとか?」
幸運の言葉に、星空が明るく瞬いた。まるで肯定するかのように。
「冗談だったのに!」幸運は叫んだ。
星の道は続いており、幸運は前へと進んだ。歩きながら、彼は自分の能力について考え続けた。
「でも、この力には何か意味があるはずだ。何かを呼び覚ますための…」
道の終わりに、幸運は一つの光る門を見つけた。
「試練はまだ終わっていない」ガイアが言った。「最後の問いだ。そなたの力の真の目的は何だと思う?」
幸運は深く考えた。これまでの経験を振り返り、特に彼の「ラッキースケベ」が起きた状況を思い出した。
「待てよ…俺のラッキースケベが起きたとき、何か不思議な感覚があった。それは…まるで何かが流れ込んでくるような…」
彼の中で何かが繋がった気がした。
「この力は…魂の記憶を蘇らせるためのものかもしれない。そして、そのフックがラッキースケベなんだ」
言葉にした瞬間、彼は自分が真実に近づいたことを感じた。
「おそらく前世の俺は、何か特別な能力を持つ人物ではなかったんだろう。でも、それでいい。今の俺は俺だ。この力を正しく使えれば…」
門が明るく輝き、開いた。
「良い答えだ」ガイアの声が遠くから響いた。「自分自身を受け入れることは、強さの第一歩だ」
幸運は決意を新たに、門をくぐった。
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リーザとエリザベスが「大地の力」の門をくぐると、そこは広大な洞窟だった。天井は高く、地面には様々な岩や鉱物が散らばっていた。所々に青く光る結晶があり、薄暗い空間を照らしていた。
「ここが試練の場所?」リーザは周囲を警戒した。
「みたいね」エリザベスも用心深く周りを見回した。
突然、地面が揺れ始めた。岩の破片が舞い上がり、それらが組み合わさって巨大な岩の巨人となった。
「来るわよ!」リーザは剣を抜いた。
巨人は重々しく歩み寄り、一撃を繰り出した。リーザは素早くそれを避け、エリザベスは後方から魔法を唱えた。
「アースニードル!」
地面から突き出た尖った石の槍が巨人に向かって飛んでいったが、ほとんど効果がないようだった。
「通常の攻撃は効かないみたい!」エリザベスが叫んだ。
「だったら…」リーザは周囲を見回し、青く光る結晶に目をとめた。「あの結晶を使えるかも!」
エリザベスも結晶に気づいた。「あれは星のかけら…ミザル村の長老が話していた地脈結晶ね!大地のマナを宿した古代の鉱物。星読みたちがかつて神殿の守護に使っていたものよ」
「どうやら試練の一部として配置されているようね」リーザが言った。「この試練には特別な方法があるはず」
リーザは巨人の攻撃をかわしながら、結晶に近づいた。一方、エリザベスは別の結晶へと向かった。それらの結晶は洞窟の壁や床に埋め込まれており、巨人が近づくと、より強く輝きを増した。
「どうやって使うの?」エリザベスが尋ねた。
「山の老婆から教わった術を試してみて!」リーザが提案した。
エリザベスは思い出し、結晶に手を当てて呪文を唱えた。すると結晶が強く輝き始め、地面から緑色の光が湧き上がった。
「リーザ、剣を!」
リーザは理解し、自分の剣を結晶にかざした。剣が青と緑の光を吸収し、大地の力を宿したように輝き始めた。
「今だ!」
リーザは光る剣を振りかざし、巨人に突進した。強化された剣は岩を切り裂き、巨人の体の一部が崩れ落ちた。
「効いた!」リーザは勢いづいた。
巨人は怒りの唸り声をあげ、更なる攻撃を仕掛けてきた。二人は連携して戦い続けた。エリザベスが結晶から大地の力を引き出し、リーザがそれを武器に変えて攻撃する。
戦いの最中、リーザの動きがエリザベスの目に奇妙に映った。その剣さばきは、まるで古代の踊りのようだった。
「リーザ、その動き…」
「気づいた?」リーザは微笑んだ。「ミザル村で見た剣の踊り。あれは単なる踊りじゃなかったの。戦いの型なのよ」
「素晴らしい!」
二人の連携はさらに強化され、最終的に巨人を完全に倒すことに成功した。岩は元の地面に戻り、洞窟は静寂に包まれた。
遠くから拍手の音が聞こえた。振り返ると、そこには若い女性の姿をしたガイアが立っていた。
「見事な連携だった」彼女は言った。「大地の力の試練は、協力の大切さを知ることだ。一人では大地を動かせない。だが、二人の力が合わさればそれも可能になる」
「あの青い結晶は何だったのですか?」エリザベスが尋ねた。
「地脈結晶」ガイアは微笑んだ。「星の力と大地の力が交わる場所でのみ生まれる特別な鉱物だ。この聖域と神殿を守るために、古の星読みたちが埋め込んだもの。本来は大地の力を感じる者だけが活性化できる」
「だから私の土の魔法と相性が良かったのね」エリザベスは納得した。
「そして武の道を極めた者が、その力を武器に変える」ガイアはリーザを見た。「あなたが習得した剣の型と完璧に共鳴した」
「私たちは通過したのね?」エリザベスが尋ねた。
「ああ」ガイアは頷いた。「そなたたちの絆は強く、その力は本物だ」
彼女は手を広げると、洞窟の奥に光る門が現れた。
「その先で、他の者たちと合流するだろう」
リーザとエリザベスは顔を見合わせ、笑顔で門へと歩き出した。
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セシリアが「心の真実」の門をくぐると、彼女は教会の大聖堂にいた。幼い頃から慣れ親しんだ場所だった。
「ここは…」
聖堂は静まり返っており、彼女以外に誰もいなかった。ステンドグラスからは日光が差し込み、色とりどりの光が床に映っていた。
彼女が中央の祭壇に近づくと、そこに一人の人物が現れた。見覚えのある人物だった。
「アレクサンダー大司教…」セシリアは驚いた。
「セシリア・グレイス」大司教は厳かな声で言った。「なぜ汝は教会の道を離れたのか?」
「私は…」セシリアは言葉に詰まった。
「異端者と行動を共にし、教会の敵となったのか?」
「違います!」セシリアは強く言った。「私が求めているのは真実です。教会が教えない真実を」
大司教の姿が変わり、セシリアの母親になった。
「娘よ、なぜあなたは教会の教えに背くの?」
「お母さん…」セシリアの目に涙が浮かんだ。
「私たちはあなたを教会の道に進ませるために、どれだけの苦労をしたと思うの?」
セシリアは動揺したが、しっかりと答えた。
「お母さん、私は教会の教えを否定しているわけではありません。ただ、もっと広い真実を知りたいのです」
母親の姿が消え、今度は老人の姿をしたガイアが現れた。
「そなたは何を求めているのか?」
「私は…真実を求めています」セシリアは答えた。「教会も星樹の教えも、それぞれの真実があるはず。どちらかが完全に正しく、どちらかが完全に間違っているとは思えません」
「では、もし二つの真実が相反したら?どちらを選ぶのか?」
「その時は…心に従います」セシリアは確信を持って言った。「すべての教えの根底にあるのは愛と調和のはず。それを最も体現する道を選びます」
ガイアは微笑んだ。
「良い答えだ。心の真実の試練は、自分の信念を確かめることだった。そなたは自らの道を見出した」
セシリアの周りの景色が変わり、彼女は小さな部屋にいた。壁には教会と星樹の歴史が記された古い書物が並んでいた。
「これらは星樹と教会の共通の歴史だ」ガイアは説明した。「かつては同じ信仰から生まれた姉妹のような存在だった。しかし、権力と解釈の違いにより分裂したのだ」
セシリアはしばらく書物を読み、多くの新しい知識を得た。
「準備はできたか?」ガイアが尋ねた。
「はい」セシリアは頷いた。「私の心は決まりました」
ガイアは手を広げ、壁の一部が開いて光る門が現れた。
「行くがいい。仲間たちが待っている」
セシリアは感謝の言葉を述べ、決意を新たに門をくぐった。
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三つの光る門が同時に開き、三つの異なる試練を終えた四人が中央の広間に戻ってきた。
「みんな!」エリザベスが喜びの声を上げた。
「無事で良かった」リーザも安堵の表情を見せた。
四人は互いの無事を確かめ合った。
「試練はどうだった?」セシリアが尋ねた。
それぞれが簡単に自分の経験を語った。幸運が自分の能力について新たな気づきを得たこと、リーザとエリザベスが連携の力を発揮したこと、セシリアが教会と星樹の共通の歴史を学んだことなど。
「なるほど…」幸運は考え込んだ。「もしかして、俺の前世は勇者じゃなくて、単なるスケベだったのかも…」
「それを今気づくの?」リーザが呆れた表情で言った。
全員が笑い、その時、ガイアが彼らの前に姿を現した。
「三つの試練、すべて見事に乗り越えたな」彼は温かく言った。「そなたたちは神殿への道を進む資格がある」
ガイアは杖を掲げ、祭壇の後ろの壁が開き始めた。
「これが神殿への通路だ。この聖域は神殿を守る試練の場。真の神殿はこの先にある」
みんなで開いた門へと向かい始めた。
「北の神殿では、さらなる真実が明かされるだろう」ガイアは言った。「そこで星読みたちが待っている」
四人は感謝の言葉を述べ、神殿への道を進み始めた。