第13話_ラッキースケベ術師と教会の追手
「急ごう!」
幸運の声に促され、リーザとエリザベスは荒れ地に向かって駆け出した。村から離れるにつれ、景色は徐々に変わっていく。緑が減り、茶色く乾いた土地が広がっていった。
遠くの荒れ地では、黒い影がまだうごめいている。幸運たちが櫓から見た、魔物に囲まれた人影のもとへ急いでいた。
「もっと近づかないと何が起きているのか分からないわね」エリザベスが息を切らしながら言った。
三人が丘の上まで来ると、状況がはっきりと見えた。十数体の魔物が円を作り、中央にいる人物を囲んでいる。黒と銀の装飾が施された服——確かに教会の制服だ。
「魔物の数が尋常じゃないわ」エリザベスが眉をひそめる。
リーザは状況を素早く分析した。「作戦を立てるわ。エリザベス、大地の魔法で魔物を分断して。私が突入口を確保する。幸運、あんたは中央の人物を救出して」
幸運とエリザベスは頷いた。
「行くぞ!」
三人は丘を駆け下り、魔物の群れに向かって突進した。エリザベスが両手を地面に向け、詠唱を始める。
「大地よ、我が意のままに——アース・ディバイド!」
地面が割れ、溝が魔物の群れを分断した。混乱した魔物たちが右往左往する中、リーザが剣を構えて前進する。
「風の刃!」
リーザの剣から放たれた風の刃が、魔物を切り裂いていく。一瞬で突入路ができた。
「幸運、今だ!」
幸運は機敏に動いた。彼の動きはいつもの不器用さが嘘のように滑らかだった。魔物の間を縫うように走り、時に身をかわし、時に魔物同士がぶつかるように誘導する。
「こいつ…案外動けるな」リーザが思わず呟いた。
中央に近づくにつれ、幸運は囲まれた人物の姿をはっきりと確認できた。長い黒髪を後ろで結い上げた女性——セシリア・グレイスだ。
教会の異端審問官は傷だらけで、剣を構えて最後の抵抗をしていた。幸運が近づいたとき、背後から魔物が襲いかかってきた。
「危ない!」
幸運は反射的にセシリアを突き飛ばそうとした。しかし同時に、セシリアも魔物から身を守ろうと動いた。二人の体がぶつかり合い、勢いで倒れる。
「きゃっ!」
状況的にやむを得なかった。しかし、倒れた際の姿勢は極めて不自然だった。幸運の顔はセシリアの胸に埋まり、腕は彼女の腰に回っていた。まるで抱きしめているかのように。
「お前ら!?なぜここに!?」
セシリアは驚きの声を上げた。彼女は幸運を押しのけようとしたが、魔物がまだ周囲にいる。
「…」
言葉もなく呆れる表情を浮かべながらも、命の恩人として状況を受け入れた。
リーザとエリザベスが駆けつけ、残りの魔物を倒していく。
「大丈夫ですか?」エリザベスがセシリアに問いかけた。
「ええ…なんとか」
セシリアは立ち上がろうとしたが、右足に大きな傷があり、よろめいた。
「怪我をしているじゃないか!エリザベス!」
「治療するわ!守って!」エリザベスが回復魔法を唱える。
「ガッテン承知!」リーザが応える。
セシリアの右足に光が集まる。
「なぜこんなところにいたんだ?」幸運が魔物を杖で払いながら尋ねた。
「話は後で!集中して!」リーザが言った。「ここにはまだ魔物がいるかもしれない!」
エリザベスはセシリアの治療に専念したが、マナが不十分で、セシリアを完治させるに至らなかった。
セシリアをエリザベスが支え、リーザと幸運で魔物を払いながら逃げる撤退戦の形で、村へと戻り始めた。
「しかし村まで魔物を連れて行くわけには行かないぞ。どうする?」リーザは周りを見ながら言った。
「セシリア!建物を倒壊させた魔法を使えるか?」幸運はセシリアの魔法を期待している。
「だめよ!怪我も完治してないのにマナを消耗すると動けなくなってしまうわ!」エリザベスが止めた。
「そもそも使えるなら使ってた。もう既にマナが無いんだ」セシリアが力無く言った。
背後からまた魔物の唸り声が聞こえてきた。振り返ると、新たな魔物の集団が彼らを追ってきていた。
「くっ…このままじゃ逃げ切れない!」リーザが歯噛みする。
エリザベスが一歩前に出た。「私にまだ少しマナが残っているわ」
「でも、回復魔法でマナを使い果たしたんじゃ…?」幸運が心配そうに言う。
エリザベスは微笑んだ。「全部じゃないわ。最後の力で時間を稼ぐ!」
彼女は両手を地面に向け、力を込めた。「大地よ、我に応えよ…アース・ディバイド!」
地面が大きく揺れ、彼らと魔物の間に細い溝が走った。通常のものより小さいが、それでも魔物の前進を遅らせるには十分だった。
「エリザベス、大丈夫か?」リーザが彼女の肩を支える。
「ええ…何とか…」エリザベスは息を切らしながら言った。
「よくやった!これで時間が稼げる。急ごう!」幸運が言った。
四人は急いで村への道を進んだ。エリザベスが作った溝のおかげで、魔物たちは彼らに追いつくことができなかった。
道中、セシリアは建物崩壊後の逃亡生活を語った。
「あの建物が崩壊した後、私はマルコスとはぐれてしまったの。彼がどうなったかは分からない…」
セシリアは疲れた表情で続けた。「私は教会から逃れるために南に向かっていたわ。でも、途中で魔物の群れに襲われて…」
「教会はあなたを追っているのね」エリザベスが言った。
「ええ。裏切り者として」セシリアの声は沈んでいた。
村に到着すると、イーノ村長に状況を説明した。セシリアが教会の人間であると知ると、イーノの表情が曇った。
「教会の人間を匿うのは…」
イーノは窓の外を見つめながら言った。「教会との関わりは村に災いをもたらすことがある。かつて、教会が異端の嫌疑をかけた村が焼き払われた事件があったんだ」
セシリアは頭を下げた。「私は迷惑をかけたくありません。すぐに立ち去ります」
「いや」幸運が言った。「セシリアは怪我をしている。回復するまでは休ませてやってくれないか?」
リーザとエリザベスも同意した。イーノは深いため息をついた後、優しい微笑みを浮かべた。
「わかった。人として見捨てるわけにはいかないしな。しばらくは宿にいるがいい」
セシリアは感謝の言葉を述べ、宿へと案内された。エリザベスが彼女の傷の手当てをする間、幸運とリーザはイーノと話し合った。
「村の防衛はどうなっている?」イーノが尋ねた。
「エリザベスの壁はまだ半分ほどです」幸運が答えた。「できるだけ早く完成させます」
夕食後、回復しつつあるセシリアが部屋に三人を招き入れた。彼女は声を落として話し始めた。
「改めて助けてくれてありがとう。あなたたちに教会の内部情報を教えておくべきね」
セシリアの話によると、「ラッキースケベの剣」は実は古代の聖遺物で、教会が管理すべき武器の一つだという。
「伝説では、その剣は『真のラッキースケベ』のみが扱える力を秘めているとされているわ」
「真のラッキースケベ?」幸運が首を傾げた。
「ええ。近年、失われた聖遺物のリストが発見され、南の湖の祠に封印されている剣の情報が含まれていたの」
セシリアは続けた。「教会は剣を異端の象徴として処分する方針よ。でも一部の幹部は、剣の力を利用しようとしている」
「それで教会が南の湖に関心を持ったのか…」リーザが呟いた。
セシリアは幸運をじっと見つめた。「では幸運さんが剣を扱えなかったのは、真のラッキースケベではないからなのか、それとも『術師』であって『剣士』ではないからなのか…」
その言葉に、幸運は考え込んだ。自分は本当に「ラッキースケベ術師」なのか?それとも別の何かなのか?
夜が深まり、幸運とリーザは村の警備に戻った。エリザベスは壁の建設を続けていた。
櫓の上から、二人は月明かりに照らされた景色を見ていた。
「リーザ」幸運が静かに言った。「俺は何者なんだろう」
「…」リーザは少し間を置いた。「それを考えても仕方ないでしょ。今のあなたはあなたよ」
「でも、剣が抜けなかった…」
「それが何?」リーザが肩をすくめた。「剣が抜けなくても、あなたはあなたのやり方で戦ってきたでしょ」
幸運はリーザの言葉に少し救われた気がした。
そのとき、リーザの表情が変わった。
「あれは…」
遠くに黒い集団が見えた。月明かりでその輪郭がはっきりと見える。黒い装束に身を包んだ人々の一団。
「教会の騎士団だ!」リーザが声を上げた。
「立て続けだな!休む暇もない!」
二人は急いで櫓を降り、村の宿へと駆け込んだ。急いでエリザベスとセシリアを起こし、状況を説明した。サラも隣の部屋から駆けつけてきた。
「何が起きているの?」エリザベスが寝ぼけた目をこすりながら尋ねる。
「教会の騎士団が村に接近している」幸運が答えた。
セシリアの顔が青ざめた。「私のせいね…」
「違うだろ!伝説の剣が聖遺物のリストに入ってたんだろ!?ってか今そんな場合じゃないだろ!」幸運が声を殺しながら発狂する。
村の外では、イーノが鐘を鳴らし、村人たちが集まり始めていた。宿の窓から、彼らは黒装束の騎士団が村の入り口に到着するのを見た。
「どうすればいいの?」サラが不安そうに尋ねた。
「エリザベス、壁はどうなっている?」リーザが尋ねた。
「まだ半分よ…」エリザベスは歯噛みした。
窓から、イーノが騎士団に対峙する様子が見えた。
「異端者セシリア・グレイスとラッキースケベ術師の引き渡しを要求する!」
先頭に立つ騎士団長の声が夜の静けさを破った。
「我が村に何の用だ?」イーノが前に出て尋ねた。
「教皇の名の下に、異端者の引き渡しを求める」騎士団長が冷たく告げた。「従わぬ者には神の裁きを与える」
「教皇直属の部隊だ…」セシリアの声は震えていた。
幸運とリーザ、エリザベスは顔を見合わせた。このまま戦えば、村を巻き込むことになる。
「村を巻き込むわけにはいかない」リーザが決意を固めた表情で言った。
「俺たちが離れれば、村は無事だろう」幸運も同意した。
「でも、イーノさんは…」エリザベスが心配そうに窓の外を見る。
「時間がない」リーザが言い切った。「サラ、イーノさんに伝言を頼める?」
サラは困惑した表情を見せたが、すぐに頷いた。「どんな伝言?」
「私たちは村を離れること、そして村に迷惑をかけたことを謝罪してほしい」幸運が言った。
「短い間だったけど、ご厚意に心から感謝します」リーザが言った。
「可能であれば、いつか壁を作りに戻ってきます」エリザベスが言った。
「わかったわ」サラは紙に簡単なメッセージを書いた。「気をつけて」
急いで準備をした四人は、騎士団の注意が村の人々に向いている隙に、宿の裏口から抜け出した。南の湖を渡って反対側の森に逃げる計画だ。
「申し訳ない」セシリアが言った。「私のせいで…」
「気にするな」リーザが言い切った。「私たちも教会に追われているんだ」
「リーザ…覚悟はいいか?」幸運が尋ねた。
「ああ」リーザは前を見つめたまま答えた。「占い師の予言が当たるなら、私はこの旅の結末を見れないのかもしれないな」
「そんなこと、あるわけない」幸運は彼女の肩をつかんだ。「俺が守る」
リーザは少し驚いた表情を見せたが、すぐに小さく微笑んだ。
「ありがとう」
四人は暗闇の中、南の湖へと向かって走り出した。後ろでは、騎士団の怒号と、村人たちの声が聞こえる。
「途中まで壁を作ったせいで、それが私達がいた痕跡になってしまうわね。皆さん酷い目に遭わなければ良いのだけど」エリザベスが心配そうに言った。
「不幸中の幸い、俺はラッキースケベの剣を抜けなかった。まだ祠に残っている。言い訳の余地はあるさ。俺達が来なかったとかさ」
「幸運さん…。あなたのポジティブなところは素敵ね。見習いたい」そうセシリアが言い、エリザベスが頷いた。
幸運は走りながら考えていた。
「真のラッキースケベ」とは何なのか。自分は何者なのか。そして、この先どうなるのか。
答えはまだ見つからない。ただ、今は目の前のことだけを考えよう。仲間たちと共に、この危機を乗り越えることだけを。
月明かりに照らされた四人の姿が、湖に向かって駆けていく。物語は新たな展開を迎えようとしていた。