第11話_ラッキースケベ術師と伝説の剣2
「やっと着いたな…」
リーザが大きく息を吐きながら言った。あたりを見回すと、碧く澄んだ湖が広がっていた。空の青と湖の青が溶け合い、風が吹くたびに湖面がきらめく。南の湖は、評判通りの美しさだった。
「ここが伝説の剣がある場所か」
幸運は感慨深げに湖を眺めた。何日もの道のりを経て、ようやく目的地に辿り着いたのだ。
「南の湖の祠は、あっちの森の中にあります」
サラが湖の西側に広がる小さな森を指差した。彼女は旅の途中で出会った商人の娘で、南の湖の伝承を守る家系の一員だという。「ラッキースケベの剣」について詳しく、幸運たちの案内役を買って出てくれていた。
「幸運の道化って、どんな人だったんですか?」
エリザベスがサラに尋ねた。彼女は旅の間、古い歴史書を読んでいたが、「幸運の道化」についての記述は断片的なものしかなかったようだ。
「祖父から聞いた話では、彼は不思議な力を持つ人だったそうです。常に不運に見舞われるのに、最後は必ず幸運に恵まれる…そんな人でした」
サラの話を聞きながら、一行は森の中へと入っていった。鬱蒼とした木々の間を縫うように進むと、やがて小さな開けた場所に出た。そこには古びた石造りの祠があった。
「あれが…」
幸運が言いかけたとき、エリザベスが手を挙げて止めた。
「結界が張られています」
確かに、祠の入り口には薄い光の膜が張られているのが見えた。
「これは…村の昔の術師が施した結界ね」サラが説明した。「何百年も前から祠を守っているの。でも最近は効力が弱まっているみたい」
リーザが剣を抜いて、慎重に結界に近づいた。「通れそうにないな。どうやって切り抜ければ…」
彼女が考え込んでいる間に、幸運は祠の結界の周りを歩いていた。そして、石ころに足を取られて転んだ。
「うわっ!」
幸運が結界に触れると、瞬間的に光の膜にひび割れが走った。
「おい、大丈夫か?」リーザが駆け寄る。
「あ、ああ…でも、見てくれよ」
幸運が指差した結界には、明らかなひび割れが広がっていた。
「どういうことだよ?結界ってそんな簡単に壊れるものか?お前はいつもやらかすな」
「い、いいじゃないかよ…!」
「しかしこの結界、取れかかっていたみたいだな」リーザが結界に近づき、まじまじと眺めながら呟いた。
エリザベスは「私の魔法で試してみましょう」と言い、軽く詠唱を始めた。土の魔法が結界に向かって放たれる。そして…
「うわっ!」
うろうろ歩いていた幸運がまたしても転び、エリザベスにぶつかった。魔法の軌道が変わり、結界の弱っていた部分に直撃する。
「きゃあっ!」
エリザベスが悲鳴を上げる間もなく、幸運は彼女を抱きかかえるような体勢で倒れていた。
「…ラッキースケベ」
リーザがため息交じりに呟くと、結界が音を立てて崩れ去った。
「すみません!わざとじゃなくて…」幸運は慌ててエリザベスから離れる。
「まったく…でも、結界が消えたわね」エリザベスは赤面しながらも、冷静に状況を確認した。
「さすがラッキースケベ術師様」サラが笑いながら言った。「いつも思いがけない方法で道を切り開くのね」
祠の中は薄暗く、冷たい空気が漂っていた。壁には古代の文字や絵が描かれている。
「これは…」エリザベスが壁画を指差した。「幸運の道化の物語ね」
壁画には、何かに追われる人物、転ぶ姿、そして最後に剣を手にする様子が描かれていた。その人物の顔つきは確認することが出来なかった。
「気のせいかな…」幸運は首を傾げたが、先に進むことにした。
奥へ進むにつれ、通路は狭くなっていった。そして突然、大きな部屋に出た。
「何だこれは!?」
部屋の中央には巨大な石像が立っていた。人の形をしているが、頭は獣のような姿。手には大きな斧を持っている。
「ガーディアンだ…」サラが震える声で言った。「剣を守る守護者」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、石像が動き出した。目が赤く光り、斧を振り上げる。
「危ない!」
リーザが幸運とエリザベスを押しのけ、自身の剣で斧を受け止めた。鈍い金属音が響き、衝撃で彼女は後ろに吹き飛ばされる。
「リーザ!」
エリザベスが駆け寄り、「アース・ウォール!」と詠唱した。地面から土の壁が現れ、ガーディアンの次の攻撃を一時的に遮った。
「どうすれば…」
狭い空間で巨大なガーディアンと戦うのは難しい。リーザは剣を構え、エリザベスは次の魔法の準備をしている。
「剣はダメね、何度も攻撃を受けると壊れてしまう」
幸運は周囲を見回し、何か役立つものはないかと探した。しかし何もなかった。
「どうする!?そう何度も耐えられないぞ!」リーザは焦っている。
「まともに戦っても勝てないだろう!こいつを外まで連れ出した方が良いんじゃないか?幸い動きが早くないから不可能じゃないと思うよ!」幸運はとっさに答えた。
「ガーディアンは祠の外まで出るかしら?」エリザベスが疑問を唱えた。
「じゃあこうだ!無理にこいつに勝つ必要はない!」幸運が別なアイデアを出す。
「どういう事だ!?」
「俺達は3人いる!リーザとエリザベスが攻撃をさばいている間に、俺がラッキースケベの剣を抜く!」
「なるほど…!ヘイトを稼ぐよ…!」リーザが理解した。
「リーザ!土の壁の柱を幾つか出すから、陰に隠れながら攻撃して!」
「分かったわ、エリザベス!」
エリザベスが幾つか出現させた柱の陰で、リーザが魔法を唱える。剣にマナが帯びる。
「風の刃!」剣から鋭い斬撃がガーディアンに向かう。ガツンと音がなる。
そしてガーディアンはリーザを中心に狙いを定めた…と期待して…。
「行ってくる!」幸運は祠の奥に向けて走った。
「他にもガーディアンがいたらどうしよう、他にいないって保証はないよな~…」
そんな弱々しいことを言う幸運だったが、幸い他にガーディアンはいなかった。
そして祠の奥の部屋にたどり着き、小さな祭壇を目にする。
祭壇の上には一振りの剣が置かれていた。
「あれが…ラッキースケベの剣?」
幸運は急ぎ駆け寄った。
「伝説の剣という割には神々しさが無いな…。年月が経っているからか…?」
柄には古代の文字が刻まれていた。
「鍛え直せば使い物になるのだろうか…?」
「ええい!とにかく抜くぞ!」
幸運は剣に触れた。しかし、伝説が語るような光も、特別な反応も何もなかった。
そして力いっぱい引き抜こうとした。
「抜けない!?どういう事だ!?」
何度も何度も引っ張ったがダメだった。
「まずい…早く抜かなくてはリーザがもたない…!」
幸運が祭壇のあたりを見回し、ヒントを探す。
幸運の道化の絵画はあるが、しかし剣を抜くためのヒントにはならない。
「幸運の道化…。まさに今この状況の俺達が道化だよ…!」
怒りと焦りが幸運に走る。
時間だけが過ぎる。決断が迫られていた。
「まずい、どうしたら良いんだ!?考えろ、考えるんだ!」
剣を抜こうとしながら、考え続けた。
「そうか、ラッキースケベ術が発動すれば良いのか…!?」
「しかしアレは女子がいないと発動できない…!」
幸運は、自分1人だと何も出来ないことに気づいた。そして、道中にリーザとエリザベスが一緒だった事に感謝を覚えた。
「ダメだ。何もできない。俺1人だとダメだ…!」
「急いで戻るぞ、一旦体制を立て直す、まず彼女らの無事が最優先だ!」
幸運は祭壇の部屋を出て、走ってリーザとエリザベス、サラがいた場所へ走った。
「無事でいてくれ…!」
全速力で走った幸運は、ほどなくして彼女らとガーディアンのもとへ着いた。
「幸運…!」サラが叫ぶ。
「幸運!リーザも私もマナが切れる!耐えられないよ!」エリザベスが叫ぶ。
「分かった!脱出だ!」幸運は決断した。
祠の入口に向けて、全員で来た道を走った。
ガーディアンは途中まで追いかけてきたが、無事に巻くことが出来た。
祠の入口で全員が息を切らしていた。
少しの沈黙の後、幸運が口を開いた。「もう安全だろう…」
「それで…?剣は…?」リーザが幸運にたずねる。
「抜けなかった…」
皆は再び沈黙した。
「どういう事だ…」ガーディアンの攻撃をさばいていたリーザは、不満そうな様子だ。
「分からないよ…触れても何の反応もなかったし…抜くことも出来なかった…」
「ははは…こっちは下手したら死んでいたっていうのに…」
「申し訳ない…」
気まずい沈黙となった。
「いや、お前を責めても仕方がない。あの時は私もあれがベストだと思ったんだ。何より全員が無事だったから、良いんだ」
「そうね。私もそう思うわ。そしてサラ、せっかく案内してくれたのにごめんね」エリザベスがサラに謝った。
「ううん、いいのよ。リーザが言う通り、みんなが無事で良かった」
「みんなありがとう」幸運は涙を流した。
「ははは、お前も泣く事があるんだな」リーザは笑った。
「失礼だぞ!」
「はいはい、ラッキースケベ術師様。失礼いたしました」
みんなが笑った。
「とりあえず、村に行って休憩しましょう」サラが提案した。
「そうだな。後のことは休んでから考えよう」幸運が応えた。
そして村への道中、剣が抜けなかった理由をみんなで考察し、議論した。
サラはこう言った。「伝説では、剣は選ばれし者を選ぶはず…」
幸運は杖を握りながら言った。「俺はラッキースケベ術師だしな。剣士じゃないから、剣に選ばれなかったのかも知れない」
「ラッキースケベ剣士…。隣国にそんな奴がいたような…」リーザとエリザベスは潜入作戦の日の事を思い出して笑った。
「しかし、幸運は自分で術師と言っているけど、術師っぽくないのよね。私とリーザはマナを自然エネルギーに変換してるから術師だけど」エリザベスはそう言った。
「私のクラスは魔法剣士なんだけどね。エリザベスが言う通り術を使うので、術師というのも間違いではないわ。幸運、あなたマナは消費してる?」リーザが幸運に問いかける。
「いや、特に減ってる気配はないよ」
「ラッキースケベ術は発動の際にマナ消費が少ないのか…そもそも術ではないスキルなのかな…。というか、ちゃんと職業の診断は受けたの?」
「いや、受けてない。受ける前に追放された」
「な、なるほど…。自称ラッキースケベ術師なのか…」リーザが呆れた。
「いや、自称じゃないって!」
「じゃあ通称ね」エリザベスがクスクス笑った。
俺はいつからラッキースケベ術師だったのか?幸運は自分の記憶が曖昧で、自分の事を分かっていないと実感した。
そうして話しながら村にたどり着き。
その日の夜、サラの家に招かれた一行は、温かい食事を楽しんでいた。
「思いついたことがあります」サラが突然言った。
「村には昔から住んでいる占い師がいるんです。彼女なら何か知っているかもしれません」
「占い師?」幸運は半信半疑だったが、他に手立てもなかった。
食事の後、皆で村はずれの小さな小屋に向けった。
そこには年老いた女性が住んでいた。白髪を長く伸ばし、青い布で頭を覆っている。
「お待ちしておりました」老占い師は静かな声で言った。「特別な運を持つ方々が来ると夢で見ていました」
幸運は占い師の前に座り、占い師は幸運の手を取った。
占い師はしばらく幸運を見つめていた。
「あはは…俺の顔を見て何か分かります…?」
その目は白く濁っているが、何かを見通しているかのようだった。
「ふむ…」老女は深いため息をついた。「不完全な魂をしておるの」
「不完全?」幸運は困惑した顔で尋ねる。
「そうじゃ。一人分の魂が分割された欠片のようなもの。剣はお主を選ばなかったのじゃろう?納得じゃ」
その言葉に、一同は息を呑んだ。
「彼は前世の記憶が微かにあるらしく、前世は勇者だったと言っています。関係があるのでしょうか?」エリザベスが静かに尋ねた。
老占い師はゆっくりと頷いた。「過去と現在が交錯し、欠けたピースを探している…それがあなたの運命です」
「欠けたピース…」幸運は呟いた。
「この先、俺達はどうすれば良いでしょうか?」
「どうもこうもない。日常を謳歌したって良い。結果的に運命に従ってしまうと思うがの。ほっほっほ」
「よし、ではそこのお嬢ちゃんたちも見てあげよう」
リーザが占い師の前に座り、占い師はリーザの手を取った。
占い師はしばらくリーザを見つめていた。
「お嬢ちゃん…あなたは今のままだと長生きできない…」
「え!なに!?唐突な死亡フラグ!?急にシリアス展開やめようよ!」リーザが慌てる。
「あなたは旅の結末を見ることが出来ない。あなたの仲間は良い人だが、しかしあなたは不幸になる。なるべく早くこの旅から降りるんじゃ」
「ど、どういうこと!?」
「お嬢ちゃん達は成り行きで一緒に行動しとるのじゃろ?情が深くなる前に同行を止めるんじゃ」
「なにいい加減なこと言っちゃってんのよ!失礼しちゃうわ!」
「先に戻って寝るわ!」
「お、おい…!」幸運が止める間もなく、リーザが小屋から出ていってしまった。
「次はこっちのお嬢ちゃん…」
「はい…」
エリザベスが緊張した表情で占い師の前に座り、占い師はエリザベスの手を取った。
占い師はしばらくエリザベスを見つめていた。
「お嬢ちゃんは…お嬢ちゃんは苦労しそうだね」
「お嬢ちゃんは大人しそうな性格に見えるが…奥底に物凄いエネルギーがあるのう…」
「エネルギー?マナですか?」
「マナの様な精霊・精神エネルギーではなく、その血統に由来する魂その物のエネルギーじゃ」
「!!!」エリザベスは驚いた表情をした。
「ここまでじゃ。これ以上は分からない。また気が向いたら来なさい」
幸運たちはお礼を言い、小屋を後にした。
宿についたら、リーザの部屋のドアの奥から、すすり泣く声がした。
幸運は自分の部屋に入らず、宿の外に出て、その泣き声を聞かないようにした。
南の湖の水面には、月明かりが揺れている。
彼の魂も、その光のように不安定に揺れているようだった。
「俺の魂は…不完全」
その言葉が、夜の静けさの中に溶けていった。