第01話_王国追放のラッキースケベ術師
「桜木幸運、本日より聖樹王国ソレイユの全ての権利を剥奪し、永久追放を言い渡す!」
威厳に満ちた声が広場に響き渡った。金髪の王が玉座から立ち上がり、怒りに満ちた表情で俺を指さしている。その周りには騎士たちが整列し、民衆が野次を飛ばしていた。
「変態!」
「スケベ野郎!」
「二度と戻ってくるな!」
「でも、本当に僕は何もしていないんです!偶然だったんです!」
震える声で反論したが、誰も耳を貸さない。王の隣に立つ宰相が羊皮紙を取り出し、俺の罪状を読み上げ始めた。
「桜木幸運、罪状その一、王女リリアナ様の寝室に侵入し、下着に顔を埋める行為!」
「いや、それは風で窓が開いて、カーテンに引っかかって、それで—」
「罪状その二、王家の晩餐会で、五人の貴族令嬢のスカートをめくり上げた罪!」
「あれは給仕の人が運んでいた料理に足をとられて、バランスを取ろうとして—」
「罪状その三、王立魔法学院の女子更衣室の天井裏から覗いていた罪!」
「屋根の修理を頼まれただけで、足を踏み外したら—」
弁解するたびに、民衆からのブーイングが大きくなる。王は冷ややかな目で俺を見下ろした。
「お前の言い訳は、もう聞き飽きた。不思議なことに、お前の『偶然』は全て若い女性に関わる事案ばかりだ」
「それは…そのような状況に巻き込まれやすい体質というか…」
俺の背後から、女性騎士が冷たい声で言った。
「殿下、こいつが先月、私の鎧を『点検する』と言って、外させようとしたことも追加しておきます」
「クローディア騎士長、それは誤解で…」
ため息をついた王は、最後の審判を下した。
「もういい。これ以上、我が国の女性たちを危険に晒すわけにはいかん。さらに悪いことに、なぜか被害に遭った女性たちから『彼は無実かもしれない』という声が上がっている。これは明らかに、何らかの魔術的影響だ」
その時、人混みから一人の少女が飛び出してきた。
「お待ちください!彼は無実です!」
王女リリアナ本人だった。彼女が俺に近づいた瞬間、足が石につまずき、前のめりに倒れこんできた。
「わっ!」
俺は反射的に彼女を受け止めようとしたが—
次の瞬間、俺の顔は王女の胸に埋まり、両手は彼女のスカートをめくり上げる形になっていた。瞬間的に辺りが静まりかえった。
「こ、これは…」
王の顔が真っ赤になり、魔法騎士団が一斉に剣を抜いた。
「証拠を見せてくれたな!追放!今すぐ国境へ送り出せ!二度と戻ってくるな!」
王女は混乱した表情で、俺から離れながら言った。
「でも父上、これは偶然であって…」
「リリアナ、黙りなさい。お前までその魔術にかかってしまったのか」
こうして俺の聖樹王国での生活は、唐突に終わりを告げた。
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「もう最悪だ…」
商業国家ディーレへの街道を歩きながら、俺は深いため息をついた。背中のリュックには最低限の荷物だけ。聖樹王国からの「厚意」で与えられた数枚の銀貨が財布の中でチャリンと鳴る。
桜木幸運、16歳。異世界に転生してから、妙な体質に悩まされている。なぜか危機的状況で女性と接触すると、必ず「最もスケベな体勢」で接触してしまうのだ。
「幸運っていう名前が、ほんと皮肉だよ…」
前世の記憶は曖昧だが、こんな体質は持っていなかったはずだ。森でスライムに襲われて死にかけたとき、一度だけ女神様らしき存在に助けられた気がする。その時に何かの勘違いで「幸運」という祝福を与えられたのかもしれない。
「でも、これのどこが幸運なんだよ…」
そう呟いていると、ディーレの街が見えてきた。聖樹王国とは違い、高い壁はなく、様々な種族が行き交う国際都市だった。
「まずは冒険者ギルドに登録して、それから仕事を—」
「止まりなさい、そこの不審者!」
鋭い女性の声に振り返ると、赤い髪の女性が剣を抜いて俺に向かってきていた。
「ひっ!お、お金ならあげるから!」
「金じゃない!あんたが持ってる『それ』を出しなさい!」
「『それ』?」
「とぼけないで!聖樹王国から持ち出した秘宝を!」
「え?何のこと?」
女性が剣を振りかざして襲いかかってきた。
「わあっ!」
杖で受けつつ避けようとした瞬間、足下の石に躓いた。同時に、女性も何かに足を取られ、二人ともつんのめった。
次の瞬間—
「きゃっ!」
世界が回転し、気がつくと俺は仰向けに倒れ、赤髪の女性が上に覆いかぶさっていた。しかも彼女の胸が俺の顔に押しつけられ、俺の手は何故か彼女のスカートの中に…。
「な、何をするの、このスケベ野郎!」
彼女が真っ赤な顔で叫んだ。
「ご、ごめんなさい!これは偶然で…」
「こんな偶然があるわけないでしょ!完全に計算済みの体勢じゃない!」
彼女は素早く飛び退き、剣を俺の喉元に突きつけた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!本当に偶然なんです!」
「黙りなさい!こんなの二回もあるわけないわ!」
「二回?」
「あんた、この前も聖樹王国で同じことをしたって噂よ!王女様に対して!」
ああ、そういうことか。噂が広まっていたのか。
「それは本当に偶然だったんです!僕はただの—」
「言い訳はいいから!」
彼女が剣を振り上げた瞬間、近くにいた老人が声をかけた。
「おや、リーザ。何をしているんだ?」
「ギルドマスター!この男、聖樹王国から追放された変態です!」
老人は長い白髭をたくわえた小柄な魔法使いだった。彼は俺をじっと見つめ、首を傾げた。
「ほう…確かに変わったマナの流れを感じるな。しかし、秘宝を盗んだようには見えないが」
「でも、あのスケベな技は…」
「技ではなく、偶然だと言っているだろう?」老人は俺に向き直った。「君、名前は?」
「桜木幸運です。本当に何も悪いことはしていません!」
「幸運、ね…」老人は何か思い出すように目を細めた。「なるほど、『偶然』か…」
赤髪の女性―リーザと呼ばれた―は不満そうに剣を鞘に戻した。
「ギルドマスターが言うなら…でも、怪しいものは没収します!」
彼女は俺のリュックを奪い、中身を地面にぶちまけた。出てきたのは着替えと、パン少々、そして聖樹王国で使われていた銀貨数枚だけだった。
「…本当に何もないじゃない」
リーザは肩を落とし、老人は笑みを浮かべた。
「リーザ、この若者を冒険者ギルドに連れていきなさい。話を聞いてみたい」
「えっ?でも、この変態を…」
「『偶然』を引き起こす能力は、場合によっては役立つかもしれんよ」
リーザは渋々同意し、俺に向き直った。
「…わかったわ。でも!」彼女は警告するように指を突きつけた。「変なことしたら、その場で切り捨てるからね!」
「は、はい…」
俺はリュックを拾い集め、二人についていった。老人は前を歩きながら振り返った。
「ところで幸運くん、君は偶然、冒険者になりたいとか?」
「え、はい!それが夢で…」
「ふむ、それは良かった。うちのギルドは人手不足でね」
こうして俺は、ディーレの冒険者ギルドへと足を踏み入れることになった。
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「ここが冒険者ギルド『銀の盾亭』よ」
リーザに案内された建物は、酒場と事務所が合体したような造りだった。中に入ると、様々な冒険者たちが食事をしたり、依頼を受けたりしていた。
「まずは登録ね。あそこのカウンターで」リーザは明らかに距離を取りながら指さした。
カウンターには、眼鏡をかけた美人の受付嬢が座っていた。
「あの、冒険者登録をお願いします」
「はい、初めての方ですね。名前と年齢、それから特技があれば教えてください」
「桜木幸運、16歳です。特技は…」
「彼、触るとスケベなことになる変態よ!」リーザが後ろから大声で言った。
周囲の冒険者たちが一斉にこちらを振り向いた。
「リーザさん!そんな言い方…」
受付嬢は眉をひそめた。
「冒険者ギルドは下品な冗談を言う場所ではありません」
「冗談じゃないわ。彼、本当に何かの術を使えるの。触れた女性と必ずスケベな体勢になるのよ!」
「そんな術はありません!」
受付嬢はきっぱりと言い切った。周囲からは「また変なのが来たな」という視線を感じる。
カウンターの後ろから、老人―ギルドマスター―が現れた。
「『偶然』を起こす能力、か。珍しいな」
老人は俺をじっと見つめた。
「あなたのマナの流れ…通常とは違う。特殊なマナを感じるな」
「特殊?」
「しかしそれが何故、そのような形で発現するのか…」老人は首を傾げた。
その時、ギルドの入口が勢いよく開いた。
「動くな!金を出せ!」
バンダナで顔を覆った男たちが、武器を持って押し入ってきた。冒険者たちが立ち上がろうとすると、強盗のリーダーが叫んだ。
「動くと人質を傷つける!」
彼らは入口近くにいた女性冒険者数人を捕まえていた。
「くそ…」リーザが剣に手をかけた。
その時、俺は不思議な気分になった。体が勝手に動き出す。
「あの、すみません」
「あん?何だ、小僧!」
「その、人質は解放してもらえませんか?」
「は?ふざけてんのか?」
強盗のリーダーが剣を振りかぶった瞬間、床に水がこぼれていたのか、彼は滑って倒れこんできた。
「うわっ!」
俺も避けきれず転び、人質にされていた女性たちに絡まってしまった。
「きゃあっ!」
「ちょっと、手が!」
「何これ!?」
気がつくと、俺は三人の女性と最悪の体勢で絡まっていた。俺の顔は誰かの胸に、手は別の人のスカートの中に、足は第三の人の太ももに…。
「このド変態野郎!」強盗たちが激怒した。
しかし混乱した隙に、リーザと他の冒険者たちが強盗を取り押さえた。
「みんな大丈夫?」
「う、うん…」人質だった女性たちは混乱した様子で立ち上がった。
俺は恐る恐る顔を上げた。
「すみません、本当に偶然で…」
「さっきから偶然ばっかり言って!」一人の女性が怒鳴った。「こんなのありえないわ!」
「そうよ!完全に計算済みでしょ!」
「ちょっと待って」リーザが割って入った。「彼のことはあとで私が懲らしめるから、今は強盗たちを縛りましょう」
事態が収まると、ギルドマスターが俺に近づいてきた。
「面白い…君の『偶然』が役に立ったな」
「役に立ったって…みんなに変態扱いされてますけど…」
「そういう能力なら仕方ない」老人は肩をすくめた。「しかし、これを何と呼ぶべきか…」
「どうか『ラッキースケベ』なんて呼ばないでください…」
「ラッキースケベか!なるほど、それがいい!」老人は声を上げて笑った。
こうして俺は正式に冒険者として登録された。職業欄には「見習い術師」と記入されたが、小さく「要注意人物」と書き添えられた。
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「ラッキースケベ術師だなんて、絶対に認めないからね!」
ギルドの片隅で、リーザが俺を睨みつけていた。登録から一週間、俺の評判はギルド内で最悪だった。
「僕だって認めたくないですよ…」
「でも事実でしょ。あの強盗事件の時も、あなたのせいで混乱したじゃない」
「リーザさん、『偶然』だって何度も…」
「ふーん、じゃあ『偶然』で五回も同じことが起きるの?昨日なんて、ただ椅子につまずいただけでミーナさんのスカートをめくり上げたわよね?」
確かにその通りだった。この一週間で、俺は何度も「偶然の事故」を起こしていた。しかも全て女性が関わる事案ばかり。
「それより」リーザはため息をついた。「依頼を受けないと、いつまでも初心者ランクのままよ」
「でも、みんな僕と一緒に行きたがらないじゃないですか…」
「そりゃそうよ。女性冒険者は全員あなたを避けてるもの」
実際、俺が食堂に入ると、女性たちは一斉に距離を取るようになっていた。男性冒険者たちも「ズルい才能だ」と嫉妬混じりの視線を送ってくる。
「じゃあどうすれば…」
「仕方ないわね。私が付き添ってあげる」
「え?」
「ただし!」リーザは警告するように指を立てた。「変なことしたら即座に斬るから!剣の柄に手を置きながら十メートル離れて歩くわよ!」
「そ、そんな…」
「それか、一人で行く?」
「…わかりました」
リーザは依頼掲示板から一枚の紙を取った。
「薬草採集…初心者向けね」
依頼内容は単純だった。町の近くの森で特定の薬草を集めるだけ。報酬は銀貨3枚。
「明日の朝、東門で待ち合わせましょう」
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翌朝、俺が東門に着くと、リーザだけでなく、もう一人の女性がいた。
「こちらはエリザベス。私の友達で、癒し手よ」
「初めまして、エリザベスです」金髪の美女が丁寧に挨拶した。
「え?二人で大丈夫なんですか?」俺は心配そうに聞いた。
「失礼な人ね」エリザベスが眉をひそめた。「私たちが弱いとでも?」
「いえ、そうじゃなくて…」僕の能力が発動したら、と言いかけて止めた。
リーザは笑みを浮かべた。「エリザには全部話してあるわ。彼女は『ラッキースケベ術師』の噂を信じてないの」
「そんな馬鹿げた能力があるわけないでしょう」エリザベスは言い切った。「リーザの被害妄想よ」
「被害妄想じゃないわよ!」
「じゃあ証明してみなさいよ」
「できるわけないでしょ!偶然なんだから!」
ふたりのやり取りを聞きながら、俺は内心ヒヤヒヤしていた。願わくば、今日は何も起きませんように…。
三人で森に入り、薬草を探し始めた。エリザベスの知識のおかげで、すぐに目当ての植物を見つけることができた。
「こんなに簡単に終わるなんて…」
俺が安心したのも束の間だった。
「みんな、動かないで」リーザが突然囁いた。
茂みの向こうから、うなり声が聞こえてきた。
「ゴブリン…」
エリザベスの顔が青ざめる。
「ここは私が引きつける。二人は逃げて」
リーザが剣を抜こうとした瞬間、ゴブリンの一団が襲いかかってきた。
「きゃあ!」
エリザベスが驚いて後ずさり、崖下に足を滑らせた。
「エリザベスさん!」
俺は反射的に彼女の手を掴んだが、勢いで引きずられ、二人とも崖下に転がり落ちた。
「いたた…」
目を開けると、予想通りの状況だった。俺はエリザベスの上に覆いかぶさり、手は彼女の胸に、顔は首筋に、そして足は…
「え…これは…」エリザベスの目が見開かれた。
「ご、ごめんなさい!これは偶然で…」
エリザベスが俺を押しのけようとした瞬間、低い唸り声が聞こえた。振り向くと、大きな森の狼が獲物を狙うように立っていた。
「動かないで…」エリザベスが小声で言った。「狼が襲ってくるわ…」
二人は固まったまま、狼と睨み合った。リーザが崖の上から叫んだ。
「幸運!エリザ!大丈夫?」
狼が上を向いた隙に、エリザベスは小さな魔法陣を描いた。
「睡眠の粉…」
彼女の手から緑色の粉が舞い、狼の鼻に届いた。獣はしばらくうろうろした後、眠るように倒れた。
「助かった…」
安堵のため息をつく俺たちだったが、まだ密着した状態だった。
「あの、起きても…?」
「あ、そうね…」
エリザベスの表情が変わった。彼女は俺を睨みつけた。
「リーザの言ってたこと、本当だったのね!」
「いえ、これは偶然で…」
「こんな偶然があるわけないでしょ!完全に計算済みよ!」
エリザベスは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「リーザ!あなたの言ってたとおりよ!この人、本当に変態術師だわ!」
崖を登ってくると、リーザは得意げな顔をしていた。
「でしょ?言ったとおりでしょ?」
「信じられないわ…こんな能力があるなんて…」
「いえ、本当に偶然で…」俺の弁解は二人の怒りの視線に遮られた。
「もういいから、薬草を集めて帰りましょう」リーザはため息をついた。「次からは十メートルどころか、二十メートル離れるわよ!」
薬草の依頼は無事完了し、俺たちはギルドに戻った。報告を終えると、ギルドマスターが近づいてきた。
「おや、無事に戻ったか。聞くところによると、また『偶然』があったそうだな」
「はい…相変わらず制御できないんです」
「面白い」老人は頷いた。「君の能力は修行によって制御できるようになるかもしれん。明日から訓練を始めよう」
「本当ですか?」
「ああ。特殊なマナを感じるが、現状では『ラッキースケベの術』として発現しているようだからな」老人は周囲を見回した。「見ての通り、女性たちは君を避けている」
確かに、俺たちが戻ってきたとき、女性冒険者たちは一斉に席を立っていた。
「明日から修行を始めるぞ、ラッキースケベ術師見習い!」
「だから、そう呼ばないでください!」
俺の叫びも虚しく、その名は既にギルド中に広まっていた。
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「聞いたか?ディーレに変な術師が現れたらしいぞ」
「『ラッキースケベの術師』だって?そんな術があるのか?」
「噂によると、触れるとスケベな体勢になる呪いにかかっているとか」
聖樹王国の酒場で、男たちが噂話に花を咲かせていた。その会話を、一人の女性が聞いていた。黒いローブに身を包んだ謎の人物だ。
「桜木幸運…『特殊な術師』ね」
彼女は微笑み、立ち上がった。
「面白い…会ってみたいわ」
女性は酒場を後にし、ディーレへの道を歩き始めた。
その頃、ディーレの冒険者ギルドでは—
「お、変態術師!今日も元気?」
「よう、ラッキースケベ!昨日は何人の女の子と『偶然』があった?」
からかいの声を無視しながら、俺はカウンターに向かっていた。
「幸運くん、ギルドマスターがお呼びよ」
受付嬢は常に三メートル以上離れて話すようになっていた。
「わかりました…」
背後でリーザとエリザベスが笑っているのが聞こえる。二人は何故か、俺の「訓練」を手伝うことになったらしい。
「謎の能力を持つ転生者か…どこにでもいるような平凡な物語だな」
そう呟きながら、俺はギルドマスターの部屋に向かった。どんな訓練が待っているのか、想像もつかない。ただ一つ言えるのは—
「転生したらラッキースケベ術師だった件」は大問題だが、「なぜか追放された」のは完全に理解できるということだ。