かぼちゃと赤
「ぼくはこの通り元気なの」
あの後アリアたちによって村の医者に連れていかれそうになった赤毛の子は、全力で抵抗し、結局全員でかぼちゃの中に留まっていた。
「そうは言ってもお嬢ちゃん、ほら、とりあえずご飯でも食べに行かないかい? この村には美味しい食べ物がいっぱいあるぞ」
村長が優しく声をかける。食べ物で釣るのは常套手段らしい。
「ぼくはおじょーちゃん、じゃないの。ウカなの」
むーっと顔をしかめ床をだんだんしている。駄々っ子が溢れだして非常にかわいらしい。4,5歳くらいだろうか、あどけない表情とぽんぽこお腹がより幼さを引き立てている。
ひとまず、怒る元気があるなら倒れたりはしないだろう。アリアは少し安心する。
ウカと名乗る子はその場でくるりと回ると、ぽんと煙に包まれ、一瞬で新しい服に着替えていた。
上は白色のもこもこで、太ももまである丈の長い服をだぼっと着こなす。その下にはちらりと見える黒の短パンが小さい脚をしっかりと守っている。そして背中側の服をくしゃっと曲げて現れるのはふわふわとした元気な尻尾で――しっぽ!?
「わあ、かっわいーい! ウカちゃん、獣人さん?だったの? 頭なでてもいーい?」
「うっ、赤色のお姉さんならちょっとだけならなでてもいいの。あとぼくはおとこんわああ」
勢いに押されたようにも見えるが、ウカは尻尾をびんと立てて返事を返す。ルーナはすぐににこにこで頭をわしゃわしゃと撫でまわした。こう見えて動物の扱いの上手いルーナは、すぐに打ち解けたようで、ウカの顔は蕩けて嬉しそうだ。尻尾がぶんぶんと揺れている。なんとも微笑ましい空間に、アリアもあとで撫でさせてもらおうとこっそり誓った。
一瞬で服を着替えたところを見ると、ウカも自分たちと同じ魔法使いだろうか。アリアは2人のじゃれあいを目尻を下げて見つめながら、少し考える。
獣人は大陸の中央付近、西よりに暮らす、獣の特徴を持った人間である。と聞いているが、実際に見たことはここ5年一度もない。
たしか犬型獣人が最も多くて、耳と尻尾が一番大きな特徴だった。ウカには尻尾はあるが、耳は人間と同じで顔の横に配置している。というより、尻尾以外はいたって普通の人間に見える。獣人にもきっと色々な種類の人たちがいるんだなあ、とアリアは納得した。
「獣人、ということは西の出身ですか? 俺は見ての通り、西大陸出身です。少しならお力になれるかもしれません」
イトが白く輝く髪の毛を持ち上げながらウカに問いかけた。
この大陸は、東に行くほど赤髪が多く、西に行くほど白髪が多い。人間は多くが東で暮らし、西には魔族が多く暮らすようなので、髪の分布も大体そのようになっている。
もちろん例外も多くいるし、特に大災害のあとは復興名目で人が大きく移動したり、地形自体も変化しているため、特に髪色について目立つことはない。
だが、獣人は中央大森林に多くが暮らしている。ほとんど出てくることはないため、ウカにも何か事情があって隠したいのかもしれない。
子供相手に、なかなか聞きずらい。うーんと唸っていると、ウカがルーナの腕を抜けぴょんとこちらに来た。
「ぼくは獣人じゃないの、豊穣の大精霊なの!」
ふふんと誇らしげに胸を張る。
ええと、何と言ったか。
「……ほうじょうの? だいせいれー?」
村長がぽかんとしながら、持ち前の大きな声で復唱する。どうやら聞き間違いではなさそうだ。
どうしよう、何のことだか分からない。そう思って他の人の方を見るが、皆顔にハテナが濃く浮かんでいた。
「そうなの。ぼく大災害で力が入らなくなっちゃって、仕方ないからここで眠ってたの。怖いから、お野菜さんたちにお願いして、守ってもらってたの。そしたらさっき黒色のお姉さんが精霊魂をくれたの。だから大復活なの!」
「ちょっと、待ってください。えと、ウカ……さん? が精霊で、ソルナ村の作物がここまで大きくなったのは精霊の力っていうことです?」
「なの! ぼくは植物たちに力をあげられるの。おっきくなれーってしてたの」
ウカは澄ました顔でぽんぽんと喋っていく。なんだか現実離れした内容だが、現実がこれなのでなんとも言えない。
アリアには以前の記憶がないので、逆に飲み込みが早いのかもしれない。そうか、精霊さんか、と納得している自分がいた。
「ウカちゃん、そういえばさっき遺物吸い込んでたけど……せいれいこん? って言うの? 身体は何ともないの?」
「人間たちはイブツって言うの、へんなの。あれは精霊の力が飛んでっちゃった塊なの。ほかの子にも取ってきてあげてほしいの。困ってると思うの」
何でもないように話しているが、これはとんでもない大発見なのではないか。国に報告し、魔法使い全員で協力すれば、大陸に広がる異変を早く解決できる。
「ウカ、ほかの精霊の居場所はわかりますか? それから、どのくらいの数の精霊が困っているのですか?」
イトがゆっくりと優しい口調でウカに問いかける。普段から几帳面な彼は、3人分の魔法使いとしての書類をすべて担っている。きっと報告するための情報集めだろうな、あとでいっぱい褒めよう、とこっそり思った。
「んと、いっぱい、なの。場所もばらばらなの。それにぼくみたいな大精霊は大丈夫だけど、ちっちゃい子たちはくっついちゃってるかもなの」
「くっついてる?」
「魂が、ほかのとぎゅって……あ、獣人とか! なの!」
これはまた、獣人は小さな精霊がくっついてできたということだろうか。いや、人間と獣の魂がくっついたのが獣人? そもそも魂という概念がこうも当然のように語られると、なんだか本でも読んでいるような気分になる。
アリアたちは皆それぞれ難しい顔をして考え込んでいた。そこに突然、ルーナが明るい声を出して空気を変えた。
「わかった! みんないっぱい聞きたいことがあるだろうし、いったん座りましょ! 私、ここに机と椅子を出すわ。なんなら、おうちみたいにしても楽しいかも! かぼちゃのおうち、素敵じゃない?」
ルーナがぱっと指を上げて言うと、すぐに『おえかき』をはじめ、丸い大きな机と5人分のふわふわの椅子が出てきた。
ウカがそれをきらきらとした目で見つめている。
「うわあ、お姉さんすごいの! これ、ふわふわなの! もっといっぱい欲しいの!」
「ふふ、いいわよ。ベッドとかあってもいいわね、あとは本棚に、可愛いクッション。ウカちゃん、好きな色はある?」
「んと、んと、あか! お姉さんとぼくの赤色!」
「はああかわいい、お姉さん頑張っちゃう」
ルーナは時折ウカの頭をなでながら、どんどん部屋を充実させていった。
だだっ広いだけだったかぼちゃは、かわいらしい女の子の部屋に様変わりした。ここにいる全員でも余裕で転がれそうなふわっふわのベッドには、赤い野菜や果物を中心に様々な種類のクッションが置かれている。ドアは白の木材風で、なんともオシャレに仕上がった。暇だから、と村長が開けまくった窓には光沢のある分厚いカーテンまで付けられ、部屋全体を引き締める。
出来上がった部屋を見まわしてルーナはふう、と息をついた。外は夕日が差し、張り切った身体は疲れが滲むのだろう、椅子に座ってそのまま机にぐでーと伸びた。
「お腹すいたわ」
切実な声である。当然だろう、魔法を使うとそれだけお腹がすくのだ、これだけ使い続けたならぺこぺこに違いない。
「赤色のお姉さん、ありがとなの! ぼくここ気に入ったの、これからもここに住むの、とっても嬉しい気持ちなの」
ウカがにっこにこで喜んでいるだけで皆まで笑顔になる。やはり子供の存在は癒しである。部屋中を動き回って歓声をあげるウカは、安心しきった小動物のようであった。
「今後のことはまた明日考えるとして、村に戻って夕ご飯にしませんか? ウカちゃんは魔法使いさまのお知り合いの子、という設定にすれば特に詮索もされないかと。あ、髪色も似ているしルーナさんの親戚とかどうですかね」
「いいわね! ウカちゃんはそれでいい? 私のことはそうね、ルーナお姉ちゃんって呼ぶのはどう」
「うんと、えと。る、るーなお姉ちゃん」
か、かわいい。
ウカは上目遣いでルーナの様子を窺っている。ルーナはとてもいい笑顔で頷き、両手で顔を覆った。
「私、ここでウカとアリアと暮らすわ」
「いや俺はどこです、じゃなくて仕事しないと国に怒られますよ」
答えるイトも見ている村長も、非常にいい笑顔である。
「じゃ、みなさんご準備をお願いします。とびっきり美味しいお店を紹介しますよ」
はっはっはと笑う村長に、続く皆も満開の笑顔だった。