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ソルナ村の歓迎と激うまお食事

 3人は小さな森を抜け、村に続くであろう土を固めただけの道を歩いていた。


「ふんふんふーんっ」


 えらく上機嫌で踊るようにぴょんぴょんと石壁の上を進みながら、ルーナはこちらに振り向く。その眩しい赤髪をふわりと広げると、風に乗って甘い果実のような香りが鼻に届く。目が合うとその愛らしい顔は嬉しさを包み隠さずに微笑み、優しい瞳でアリアを見る。

 その軽い足取りを止めて、しゅたっと目の前に降りてきた。


「これは、なんでしょう!」


 ごそごそと分厚いマントを探ると、じゃじゃーんと効果音まで添えて手をこちらに差し出す。

 親指ほどの大きさ、金色に輝く球体。玉はわずかに浮かび、その周りを光がゆっくりと飛び交っていた。


「わあ、綺麗……」

「そうこれ、アリアにあげようと思って!」


 森の中でくすんだ石を「この力……遺物よ!」と拾っていたルーナは、隙あらば布で擦っていた。まさか本当に遺物だとは。遺物ハンターの才に溢れている。旅が終わっても転職先には困らなそうである。

 もらっていいのだろうか。もらってばかりでお返しが追い付かないが。顔を上げると、ルーナはこちらの反応を心待ちにしているであろう顔で様子を窺っていた。


 その少し後ろから、すらりとした長身と透き通る白髪の持ち主、イトが近づいてきた。金の遺物を一瞥する。


「たまにはやりますねぇ」


 興味なさげにぼそりと呟き、その端正な顔をふいっと逸らした。どうやらお眼鏡に適ったらしい。


「ありがとうルーナ、大事にする」


 今度2人になにか贈り物をしよう。大きな街に着いたら露店でも回り、アクセサリーでも買おうか。新しい服でもいいかもしれない。奮発して遺物なんかもいいかも。

 お返しに喜ぶ2人を思うと大変楽しい気分になった。そうして珍しく口元が緩んだアリアを見ると、2人は大層にっこりとほほ笑んだのであった。


 遺物はどうしようか。飾り紐などはついていないし、そのまま仕舞うのももったいない気がする。考えながら手に持つと球は宙に浮かび、少し強めに振っても落ちそうにない。持ち主が分かっているかのようについてくるので、試しに腕に移動させるとこれまた落ちない。ちょうどいいところでふわふわと止まってくれた。それならば。


「これでどうかな」


 アリアは球を高く掲げ、頭の上に固定する。頭を動かしても歩いてみてもきちんとついてきた。上から照らされて不思議な気分。見た目が変じゃないかを聞いてみる。きりっとした表情までつけて。


「うん、最高にかわいい大好きよアリア!」

「あーあーうちの姫さんは愛らしすぎます」


 2人して目尻を下げ盛大に褒めてくれた。ルーナはこちらに近づくと耳の辺りに手を伸ばし、その黒色の髪ごとわしゃわしゃと撫でる。イトはアリアを上から下から観察し、それはいい笑みを浮かべている。

 2人ににやにやされると居心地が悪い。アリアは何事もなかったかのように球を懐にしまった。



 5年前の大災害から、各地に遺物と呼ばれる不思議な力を持つ物体が現れた。色や形は様々で、持つ力も法則性がない。ただぽやぽやと光るだけのもの、触ると波の音を響かせながら水を出すもの、中には一時的に猫耳が頭に生えて獣人化するものなども報告されている。出現する場所も、畑を掘ったら出てきた、家の玄関に落ちていたなど、まったくもって予想がつかない。

 それらを集めるのもまた、人々の大きな楽しみになっていた。なにせ、いい値で売れるのだ。使うも良し、飾るも良し、売るも良し。まるで宝探しである。

 アリアの旅は人々を助けるためのものなので直接関係はない。しかし、いろいろなところを周るのでなかなかに集まっていく。しかもルーナはなぜか目ざとく見つけてくる。褒められ待ちの表情といい、その姿は赤毛の犬のようであった。




 アリアたちは現在カルディア国の南東部、大きな港町の少し北、森を抜け、農村部まで来ていた。


「こーんにっちはあーー」


 村に着くなりルーナが明るくご挨拶。こういう時、人懐っこい彼女の存在がとても助かるのだ。すぐにその存在に気付いたご老人と男の子がこちらに向かってくる。


「旅の方、ですかな? こんな田舎までよくおいでなすった。ひとまず奥の村長の家まで案内しますからついてきなすって」

「じーちゃ! 客人だ! みんなを呼んでくる!」


 驚きに目を見開きつつも優しく声をかけるご老人と、その孫だろうか。完全におもちゃを見つけたようにはしゃぐ男の子は村の奥へと走っていった。



 田舎とは言っていたが、入り口からまっすぐ伸びた道は見事に整備され、その行きつく先、村の中心部には大きな噴水に市場まであり、人々は活気に満ちていた。その奥には目視できないところまで畑が存在し、なるほど、国を挙げた一大農業地帯の入り口である。


「はじめまして、俺らはカルディア国所属の魔法使いです。大災害の調査に来たのですが……こちらはソルナ村で間違いなかったですか?」


 イトは規模の大きさに己を疑っているようだ。途中迷うような場面もなく来たが、行く先を間違えたかもしれない。たしかに、聞いていたソルナ村は小さな村で、長年農業をしているという情報だけだ。


「おや、まあ。魔法使いさまでしたか。ええ、ええ、こちらはソルナ村ですぞ。最近はそれはもう、女神様の加護ですかい、ありがたいことに随分潤っていますわ」


 老人は嬉しそうに深く頷いた。魔法使いの存在に驚かないということは、この村にもいるのかもしれない。

 そのまま3人と老人は話をしながら歩き続ける。最近は大きな港町からの商隊が増えた、村では畑から多くの遺物が掘り出された、妻の腰が最近調子よくて、ああ孫の誕生日が近いから若者の流行りを教えてくれ、自分が若い頃は機械いじりが趣味で……とにかくおしゃべりな老人である。ルーナはともかく、初対面の人間に緊張してしまうアリアにとっては有難い存在であった。

 大きな通りを曲がり、小さな建物が所狭しと並ぶエリアが見えた。老人は足を止め、こちらを窺う。


「この井戸から先が、居住区で、少し高い場所に村長は家と溜まり場を持っておられる。……この老体歩くのが遅いんじゃが、もう少し、寂しい老人の話に付き合ってはくれんかの?」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「もちろんいいよ、おじいちゃん! 疲れたなら休憩しながら行こ、それともそこの白髪におぶってもらう?」


 アリアとルーナはすかさず礼を述べる。村の話を聞けて、案内までしてもらえるのは願ってもないことである。

 そしてイトは無言で少し先まで歩き、そのまましゃがみ込む。返事を聞く前におんぶの準備万端、なんだかんだ面倒見のいい男だ。


「ほっほ。兄さんは優しい目をしておる。では少しお願いしてもええかの?」


 どうぞ、とイトの返事を聞くと、老人は朗らかに笑い、その背に乗った。イトは一切重さを感じさせない涼しい顔で歩き出す。さすがの体力である。



 その後、先ほどの男の子が村の子供たちを連れてやってきた。アリアたちは子供に囲まれ、旅の話をしたり子供たちの強さ自慢を聞いたり、ずいぶん賑やかな一行となった。特に魔法使いさまだよ、と老人が言った時は、一斉に目を輝かせてそれはそれは盛り上がった。


「魔法使いさまなの? かーちゃんが言ってたよ、『おくにのおかかえさんになれるから将来あんたい』なんだって」

「いいなあ! やっぱ強いドラゴンと戦って炎でどっかーんってするの?」

「わたしも魔法使えるようになりたいー! どうやって使うの、みせてみせて」


 子供は我先にと話し出すので、本当に途切れない。大人気である。少しこそばゆいが、せっかくなのでカッコいいところを見せたい。アリアは右手を伸ばし上に開いた。


「じゃあちょっとだけ、ね。えっと……光れ!」


 それっぽい詠唱もつけてみる。小さな光の玉を出すだけの、魔法使いなら誰でもできる基礎的な魔法だ。

 光の玉を見た子供たちは、うおーーーっと大盛り上がり。テンションが上がって踊りだす子もいた。


「もっともっと! いっぱい見せて!」

「光れ! 光れ! うーん」

「おいみんな、魔法使いさまがいるぞ!」


 目立ちすぎたかもしれないが、後悔時すでに遅し。出した光よりも眩しく輝くきらっきらの目を向けられて、アリアは少したじろぐ。

 すかさず老人がふぉっふぉっと笑いながら、優しく諫めてくれた。


「これこれお前たち、魔法使いさまは村長と話をしに来たんじゃ。旅の疲れもあるじゃろうて。ほれ、誰が一番に魔法使いさまをご案内できるかの、足が速く賢い子はいるかのお?」


 老人の言葉にこれまたわっと動き出す。我先にと駆け出す子、アリアの手を引っ張って共に行こうとする子、さまざまだ。

 子供たちは立ち並ぶ家の真ん中、入り口の大きな白い家に競うように入っていく。

 家、というより集会所のような立派さである。目の前までくるとイトはガンダを降ろし、そのまま全員で中に入った。


「お、おじゃまします」

「おじゃましまーす!」

「失礼します」


 3人はそれぞれ声をあげる。広い空間に椅子と机が並び、先ほどの子供たちは奥で男性を囲って楽しそうに喋っている。その人は遠目でもわかる鍛えられた体に日に焼けた顔をしていた。というより、その大きな腕や胸板をこれでもかと強調する白く薄いタンクトップが、アリアの視線を筋肉へと追いやる。

 子供たちはこちらを指さしてなにか喋っている。男性はこちらを見るとにかっと笑い、ずいずいと近づいてきた。


「ようこそソルナ村へ! 魔法使いさま、歓迎いたします」


 存在感溢れるその人は、優しそうな青年で……近くまで来ると余計に大きく感じ、その気配はまるで熊のようであった。声まで大きく太く、よく通る。


「私は村長をしております、ランディと申します。魔法使いさま、長旅ご苦労様です。村に宿屋はないので、どうぞこちらに泊まっていってください。歓迎いたします」

「あ、え、村長さんお若いですね! ってすみません」


 ルーナは慌てて口元を押さえる。アリアも、村長と聞いてお年寄りを想像していたので、少々面食らった。


「はっはっ。この通り私は力自慢でして。森に出た魔物を騎士団さまと一緒に討伐した際に、お偉いさまに気に入られまして。村を纏める大役を任されたのですよ」


 こちらの疑問を察しすぐに笑顔で教えてくれた。腕を軽く曲げて筋肉アピールも欠かさない。とても親しみやすい筋肉村長である。アリアたちは苦笑していた。



 案内をしてくれた老人と子供たちに別れを告げ、改めて村長と一緒に席につく。時間はちょうどお昼時、村長の勧めで食事をいただくこととなった。

 先に出された濃いオレンジ色のミックスジュースを飲みながら、イトが口を開く。


「改めて、ソルナ村の歓迎を感謝いたします、村長。俺らはカルディア国所属の魔法使いです。大災害からの異変や困りごとを、どんな小さなことでもいいので教えてください。お役に立てることがあるかもしれません」

「村長、これすっごく飲みやすくて美味しい! この村で採れたお野菜使ってるの?」


 さっそくルーナが関係ないことを話し出すが、これに関してはアリアもイトも同意見である。村長は白い歯をにかっと見せて笑った。


「ええ、気に入っていただけて嬉しいです。これはソルナ村特産の朝採れ野菜まぜまぜジュースです」


 すぐに奥から追加のジュースが追加で持ってこられた。たくさん歩いたので身体に染みわたる。

 こちらがジュースを飲むと村長が嬉しそうな顔をするので、たっぷり飲んだ。お腹がちゃぷちゃぷである。


「村の異変はいくつかございます。なかでも、ちょうど魔法使いさまにお力をお借りしたいものがありまして……まずはお昼ごはんを頂いて、そのあとでもよろしいですかな」


 村長が手を挙げて合図を送ると、すぐに食事も出てきた。

 山と盛られた色とりどりの野菜、真ん中にはカリカリに焼かれたお肉がどんと置かれ、香ばしい香りに思わず目を閉じる。手前に置かれたソースは、赤色のとろとろしたものと茶色がかったさらりとした液体の2種類。


「わあ……! すっごく美味しそう……」


 ルーナは目を輝かせて呟いているし、イトは口角をぐいっと上げてにこにこしている。


「はっはっ、これだけ喜んでもらえると作り甲斐があるもんです。さっそくいただきましょうか」

「いっただっきまーす!」

「いただきます」


 いただきます。見たこともない速さで一斉に食べ始める。

 アリアは、まずは野菜コーナーにたくさん散りばめてある、見たことのない丸みのあるものを口に運んだ。


「わっあまい!」


 鮮やかな赤い色をした肉厚のそれは、噛む度に中からじゅわっと汁が溢れ出てきて、甘味と旨味をこれでもかと出してくる。

 およそアリアが今まで食べた野菜とは似ても似つかない。思わずその姿を観察してしまった。


「何度食べても美味いですなあ。ああ、黒髪の……アリアさんで良かったですかね、のそれは最近新しく開発されたポカリコという野菜で、ソルナ村でしか栽培できないんですよ」

「村長っこれはこれは? 中からとろとろが出てくる!」

「お、ルーナさんいける口ですか! そいつはウジーラの卵を1日漬け込んだ特製味玉です。一般的な卵よりクセのある味わいで、酒がこれまた進むんですわあ」


 どれもこれも本当に美味しい!

 ルーナは村長に時々質問をしながら、次々と勢いよく、それも綺麗にひとかけらも残さず食べている。イトは綺麗に端から食べ進め、ゆっくりと噛んで噛んで噛み続けて……味わっているようだ。目を閉じてうっとりしている。



 全員でおかわりまで堪能した食事会は、最後にルーナがスープを飲み干し一息ついてやっと終わった。


「もう私老後はソルナ村で過ごすわ……」


「はっはっは、みなさんいい食べっぷりでしたなあ。食事も済んだことですし、一番大きな異変についてお話ししましょうか。……いえ、見た方が早いですね、ついてきていただけますか?」


 村長がよし、と立ち上がり、ずんずんと外に向かって歩いていく。アリアたち3人は名残惜しそうに席を立ち、熊のような大きな背に続いた。

 ふと村長はこちらを振り向き、いたずらめいた笑みを浮かべて囁く。


「すごいものが見れますよ、覚悟してくださいね」


 ばちっとウインクをきめて、また歩き出した。

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