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急遽窮鼠が救世します。  作者: 狐路ゆかり
第三章 常春の村エニレヨ
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第7話

 ソレイユがユウタに出会ったのは、2週間ほど前。あの祠での出来事の『その日』だったのだという。


 いつも祠へウサギの隠れ里でとれる作物を捧げに行っていたのだが、その日はユウタたちと出くわしてしまったのである。普段は祠には人が寄り付かないはずなのに、あの日はユウタが祠を探して山道をうろついていたのだ。フレイアとネージュが沢の方へ水を調達しに行っている間に、ユウタは作物を両腕いっぱいに抱えたソレイユに接触した。


「その野菜をもってどこへ行くのか、と……」

 供え物をするような場所といえば北の祠だろうなあ、とユウタは笑ったそうだ。


「道を教えろ、と。拒めば、里を……」


 つぶす、と。


 マルタンは村人に囲まれてちやほやされているユウタを信じられないものを見るような目で見た。


「……里のみんなに危害が及ぶなんて、耐えられなくて」


 申し訳ありません、とソレイユは涙声で言う。マルタンはその涙をそっと親指で拭ってやると、大丈夫だからね、とあやすように言った。しかし、自分では一切何もしていないくせに勝ち誇っているユウタは何なのだろう。


「あ」


 ぽよん、とマルタンの身体から煙が出た。


「マルさん!」

「元に戻っちゃった!」


 もくもくと煙が晴れた後には、大きな毛玉のモンスター。村人からはそう見えただろう。こちらに気づいた村人の悲鳴が上がる。


「きゃあああああ!!」

「モンスターが増えた!!」

「化けネズミだ!」


 マルタンは動揺を隠せずクラウスを見遣る。


「あー……試作Bの方、持続時間失敗してましたか……」

「おい致命的な欠陥じゃねえか」


 申し訳ない、と申し訳なくなさそうにいうクラウスに、アドラは拳骨をはりたくなったが、勇者たち一行の前で無様な仲間割れを見せるわけにもいかない。




「あの、マルは皆さんを傷つけるつもりはありません!」

 勇気を振り絞り、マルタンは声を上げた。建物の中へ逃げ込む者、農具を持ってこちらを睨んでいるもの、ユウタの背に隠れる女が見えた。それでも、誤解を解きたくてマルタンは訴えかける。


「だって、皆さんに何かするつもりなら水を汲んできたり、干ばつの原因の調査なんてしない、そうでしょ!?」

 ユウタがおかしそうに笑う。

「そうやって恩を売って、油断させるモンスターもいると聞くけど?」

「そんなんじゃないです!」


 ユウタは、村娘に「下がって」と囁くと銀の剣をするりと抜いてマルタンに歩み寄る。


「魔族などと話す価値はない、我らに害為すけだものには死んでもらう」


 じりじりと距離を詰められる。その間に、ソレイユが割って入った。

「ソレイユ、そこを退け」

「……」


 ソレイユは、黙ってユウタを見つめる。


「退け!」


 その時、建物の影からバイパーが一匹、這い出てきたのが見えた。討ち漏らしたんだ。マルタンはそれを目で追う。バイパーは、民家の軒先のこどもに襲い掛かろうと今まさに飛び上がったところだった。


「あぶない!」


 ソレイユもユウタも押しのけ、マルタンは危険を省みずにこども目掛けて突進していく。


「ふ、ふえ?」


 こどもが振り向いた。その背後には、赤い目を光らせた大蛇。肉色の口内が、ぬらりと光っていた。ふわふわの絹毛で守るように子供を抱き込むと、そのままころころと転がり、蛇の着地点から逸れる。


「なっ……」


 自分たちを無視して通り抜け、背後で子供を救ったマルタンの動きにユウタはついていくことができずに慌てて振り返る。


「う、うわぁあああん!!」


 何が起きたかわからず、火が付いたように泣き出す子供に、マルタンは近くの建物の中に入って! と叫んだ。その子の家の前にはバイパーが着地している。どうしていいかわからなくて泣いてしまう子供の手を、フレイアが引いた。


「大丈夫、少し離れよう、あのおっきなネズミさんや勇者がなんとかしてくれる!」


 ソレイユは、魔法を放つのをためらう。このままバイパーに向かって衝撃波や炎を放てば、その背後の家にまで被害が及ぶ。クラウスも同様に考え、静観した。村人たちは、それを固唾をのんで見守っていた。


「マルだって、やれる!」


 意を決したように、マルタンは小さな桃色の手の指先から、鋭い爪を出した。心配した勇が駆け寄ろうとするのを、アドラが止める。マルタンを信じてやれ、と。


 マルタンが地を蹴るのとほぼ同時にバイパーが飛び上がった。空中で、二人の影が重なる。


「うりゃああ!」


 マルタンの声が響いた。その後、着地。


 したっ、と音を立てて、マルタンは泣いていた子供の家の扉の前に綺麗に降り立った。その背後で、バイパーが地面にどちゃりと落ちてつぶれた音がする。


「やった……?」


 ゆっくりとマルタンが振り返ると、バイパーはさらさらと砂になっていくところだった。皆が、ほっと胸をなでおろす。こどもは、今度は安心して泣き出してしまった。


「ねずみちゃん、ありがとうぅ……」


 フレイアとつないでいた手を放し、こどもはマルタンに駆け寄ってくる。フレイアはこどもが自分から離れたから、と、村の巡回へ走った。


「えっ、あ、うん! 痛いところない? 転がったからちょっと痛かったよね?」

「へいき! ねずみちゃんがふかふかクッションだったから」

「よかった! えへへ」


 笑いあうマルタンとこどもを見て、見物していた村人が手を叩く。


「よくやった!」

「えらいぞ、ねず公!」

 おじさんが囃し立てる声が聞こえる。ずいぶん乱暴な呼び方だ。


「ま、マルはねず公ではないです!」


 すっかり注目の的が逸れてしまったことにへそを曲げたユウタが、ふん、と鼻を鳴らした。


「……っ」


 呼び方を訂正してもらおうと声を上げ、マルタンは自分の負傷に気づく。バイパーに爪をあてた時に、バイパーの尾の刃が当たったのだ。右の脇腹から血が流れていた。


「ねずみちゃん、怪我……! 誰かてあてできる人!」


 こどもは大人たちの方へ走っていく。

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