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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第1章 ◆ 2075年
9/87

‐ 第9話 ‐ 地下三階の恐怖

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 宇智田が撃たれた。咄嗟に俺たちを庇うなんて、なんて女だ。


 直ぐに宇智田の体を抱き上げたが、却っていたるところから沢山血が出た。体はまだ暖かいが、もう死ぬんじゃないかと、思ってはいけないことを思ってしまった。


「よぉし、よぉし。できたじゃないか腰野君。では通訳は私がやろう」


 工場長はその場に立ち尽くす腰野から機関銃を無理やり奪い取った。


 次は俺。

 俺も宇智田と同じようにされる。絶体絶命とはこのことだ。腰野とは違い、工場長は頭のネジが外れているから、俺なんて直ぐに殺される。

 宇智田の血が、生温い。


「…………う」


 腕の中で小さく声を発したかと思うと、宇智田が目をパチリと開けた。

 それは体中を撃たれ、今にも息を引き取りそうな人間のする瞬きではなかった。


 驚いたその直後、宇智田の撃たれた傷が見る見るうちに塞がり始めた。


 床に飛び散った肉片や流れ出た血はそのままで、破損した部分から肉がもこもこと膨れ上がっていく。


 再生していく。  

 その場にいる全員が、そのあり得ない光景に目を奪われた。

 一体、この女に何が起こっている……。


「……あれ……生きてるじゃんあたし……。傷もないし……って、わ! でも血だらけ! うわ! なんか飛び散ってるんだけど!」


 宇智田は完全に意識を取り戻し、自身の肉片と血を払うためその場に立ち上がった。

 本人が一番混乱している。どういうことだ。


「適合者だ……」


 ぽつりと聞こえたその声の方に振り向く。

 工場長は俺に向けていた機関銃を床に向け、脱力しきっている。あれ程漂っていた殺気は微塵も感じられない。虚ろな目は宇智田を凝視している。――まるで、何もかも終わったと、絶望を見る目だ。


 ――チン……――


 ただのエレベーターの音に、反射で体が跳ね上がる。

 宇智田から目が離せないでいる工場長以外、エレベーターの方に目を向ける。今度こそは救助であってほしい。


 ――パン! パン!――


「⁉」


 二つの銃声は工場長と腰野の頭を射貫いた。

 二人がその場に無残に倒れた後、背の高い男が一人、エレベーターから出てきた。前髪が目にかかる程長く、顔はよくわからない。


 男は足元に転がっていた工場長の眼鏡を踏みつけた。レンズの砕ける嫌な音が響く。

 男は眼鏡を踏みつけた自分の足元を見ようともしない。男の歩く動線にたまたま眼鏡が転がっていただけだと、何も、感じていないようだった。


「尾澤」


 目の前の男を見て、宇智田が男の名を口にした。助けに来てくれた相手なら、もう少し縋るような声を出してもいいものを、宇智田はそうではなかった。

 故に、俺はこの尾澤と云う男が敵なのか味方なのか、わかりかねていた。


 尾澤は少し間を空けた後、無言で銃を宇智田に向けた。

 自身の血肉がその場に落ちているにも関わらず、堂々とその場に立つ宇智田と、後ろで身を小さくしている凱をじっくりと見た。前髪から僅かに除くその目は、陰湿な目つきをしていた。その眼中に俺の姿は映っていないようだ。


「宇智田さんなんかが()()()だったのか」


「……さっきから()()、なんのこと?」


 宇智田は自分に銃が向いていることなど気にも留めず、強気な態度で尾澤に食って掛かった。


「頭の悪い人間とは極力話したくないんだ。でも適合するのなら、ただの馬鹿じゃないのかもしれない」


 尾澤は銃を下ろし、独り言のように続ける。


「予定が狂ったな。そこの男はどうでもいいけど、君が適合者じゃ僕の分が悪い……。ちっ、部下達も遅いな」


 尾澤は腕時計を見て舌打ちをした。俺には何の話かさっぱりだ。


「あのさぁ! さっきから何云ってんの? あたしに冷凍庫から凱を出すよう仕向けたり、あんた何がしたいわけ⁉ 頭おかしんじゃ――」


 下ろした銃を素早く上げ、尾澤は宇智田の額を撃った。


 宇智田はそのまま後ろに倒れそうになった。

 俺は咄嗟に体を支えようと手を伸ばしたが、宇智田は仰け反った体制から、ゆっくりと、元の立った体制に戻した。宇智田の額からもこもこと肉が膨れ上がり、押し出された弾丸が顔面を転がり、血だまりに落下する。腰野に撃たれた時と同じだ。

 宇智田と尾澤、二人だけの間に特別な沈黙が流れる。


「……痛いじゃない」


 宇智田は声を荒げることもなく、静かに云った。

 そして尾澤の顔を思い切り睨んだ。尾澤に向けた威嚇のはずなのに、俺は自分に食らったかのように気圧された。


 しかし、当の尾澤は意に返さず


「良い再生力だ。馬鹿のくせに。本当腹立たしいよ」


 と云い放った。


 それだけ云うと、尾澤は何事もなかったかのようにエレベーターへと戻った。

 扉が閉まり切るまで身動きできなかった。

 自分が呼吸をしていることすら、忘れていた。


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