‐ 第86話 ‐ 無声凱歌
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
二月が経った。あの後、ケイトの父親とその同志が大鳳教に到着し、大鳳教の全てを終わらせてくれた。とはいっても、総本部を壊滅させたのであって、全国各地に散らばる信者がいなくなるわけではない。だが大鳳教の非人道的な研究や被害をメディアが大きく取り上げたので、危険分子の彼らも少しは生きにくくなるだろう。
結局いつの世も、いつ何処で誰がその尊い命を狙っているかわからない。あたしは自分の住む国が平和の国だとは云えない。どこにでも、平和でないものが潜んでいる。混沌としているのが世界なのだろう。
あの地獄の穴には何も残らなかった。互いに守り合ったあの子は、何も残さず消えてしまった。あの子の最後の言葉だけが、皆の胸に残った。力強いあの言葉を心に仕舞い、生きていくことにした。
「……何だ。この花。お前?」
勇魚がリビングに飾られた花を見て云った。
「違うよ。お父さん。最近生け花まで始めたんだって。日本人より日本人らしい趣味してるよね。この花の名前がねぇ……何だっけ。教えてもらったのに。あたしこういうの覚えらえなくて」
薄紅色の小さな花がいくつも集まった、可愛らしい花だ。
「何でまたそんなの始めたんだ?」
「え、花を見ているとエルを思い出すってさ」
それは少しだけわかるような気がした。名前のわからないその花は、エルのようだと思った。
「何て切ない理由だよ……。やっぱり、まだ心の傷が癒えてないんだな」
「でも今は皆がいて賑やかにしてくれてるお陰で、前より元気になったんだと思うよ。人間一人では、やっぱり辛いんだよ」
戻ってきてと云われていた別荘には、皆で戻ってきた。流石にそれはお父さんも予想していなかったみたいで、最初は動揺していた。
「落ち着くまでって言っても、もう二ヶ月も経ってる。悪いな」
「いいんじゃない? 広い家だし。『娘が皆さんにお世話になりました』って気持ちだって言ってた。それより実家戻らなくていいの? お父さん心配してるんじゃない?」
あたしはあれから、ママとお姉ちゃんに会っていた。姿が変わってしまっても、優士と同じようにこれでもかというくらい抱きしめ、あたしの名前を呼んでくれた。
「あ~……実家ね……。あんまり親父と仲良くないんだ」
「何で? 何かあったの?」
「いや別に。娘と違って息子ってそんなもんだよ」
「馬鹿なの? ここでゴロゴロしてないで直ぐに会いに行きなよ」
「ゴロゴロってお前! 一緒に怒涛の日々を送ってきたんだから、休みたい気持ちもわかるだろ! 子どもと違っておっさんは疲れやすいんだ。認めたくないけど……! でもまぁ行くよ。ちゃんと行く」
勇魚には勇魚の思うところがあるようで、少し考えた顔をした後、父親会いに行く決意をしたようだった。
「お前はこれからどうするんだ?」
勇魚はお父さんの淹れたお茶を啜った。「うめ」と小さな声が漏れる。
「まだこんな体だからね。体がある程度成長するまでは、ここでお父さんと暮らすことにした。優士と同じくらいまで成長したら、優士と一緒にタラスの故郷に行くの」
「俺は中国に行くよ」
「は? 何で? ニューヨークじゃなくって? 中国語話せるの?」
思いもしなかった国名が勇魚の口から出てきて、謎ばかりが浮かんだ。
「いや話せねぇし……。これだよ。こいつをどうしても調べたいんだ」
勇魚は鞄から、教祖が大事に持っていた竹簡を取り出した。
「ところどころ文字が塗り潰されてたり、そもそも漢文で読めねぇけど、何か続きがありそうなんだよ。俺たちには関係ないことかもしれないけど、俺は自分の身に起きたこの事件の全貌を知りたい。調べなきゃ、気が済まないんだ」
「だったらあたしも」
「ぜっ……たいダメだ」
勇魚はそう云うが、それにはあたしの方が濃く関わっていると思う。だったらあたしが突き止めないといけない。
「お前はな、戦い過ぎなんだよ。奇跡と奇跡が重なり合って、折角優士と会えたんだぜ? とっととでかくなって幸せになれよ。……ん? それだとお父さんが可哀想か」
勇魚とあたしは笑った。それでもあたしは、申し訳ないという顔をしたのかもしれない。
「言っとくけどな、俺がやりたくてやるんだ。漸く自分のやるべきことが見つかって、それがやりたいことと思えたんだ。あぁ、安心していいぜ? 俺一人じゃ心配だからって、ケイトも一緒に来てくれるんだ」
「本当に? だったら安心だね」
それらはあたしが心から安心できる理由だった。
「中国って、直ぐに行くの?」
「いや? お前に言われた通り親父に顔見せに行くし、ケイトはカフェの店長探してるし、まだ先になるだろうな。何でだ?」
「あたしのお姉ちゃんとヘンリーが結婚式挙げるんだけど、来てよ」
「……誰だよヘンリーって」
何故かあたしは勇魚なら知っている気でいた。
「お姉ちゃんを護衛してくれたケイトの部下」
「知るか!」
「皆来るから来てね。ちなみにね、もうお腹に赤ちゃんいるんだって」
「まじかっ!…………」
あたしと勇魚は同じことを考えたかもしれない。互いに口には出さない。
それは誰にもわかることではないからだ。
「ただいまー!」
玄関から優士の声が聞こえてきた。
「ただいま! おとーっさん」
優士は台所で天ぷらを揚げているお父さんに、一番に声を掛けた。
「君のお父さんになった覚えはないよ。手応えはあったかい? 高卒認定試験」
「ない」
「受からなきゃ君が美生の彼氏だなんて認めない」
「無理だ! あれから一番早い試験を受けたんだから勉強する時間なんてなかった!」
優士は嘆いていた。お父さんには頭が上がらないみたいだ。
「仕事もせず家にいるんだからさ、俺に勉強教えてくれよ、お父さん」
「僕は育児休暇中の身なんだ。…………お父さんじゃない!」
優士は天ぷらを一つ摘まみ、逃げるようにリビングにやってきた。
「おぅ、ただいまだぜ!」
優士は軽く手を上げた。彼は昔からその仕草をよくする。
なんてことないそれが、優士との思い出を蘇らせた。七年も、前のことだ。
「おかえり」
あたしを信じたあの子に奇跡が起こることを、あたしは信じている。
最終話、完
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