‐ 第85話 ‐ この世の犠牲
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
自分の心臓の鼓動を確かに感じた。体が跳ね上がるほど大きく鼓動した気がしたが、目を開くと徐々に静まっていった。
知らない顔がいくつも俺を囲んでいる。坊主が俺の背中に手を当てている。教祖の蹴りに反応できず、思い切り食らってしまったのだ。
痛みが引いて、治っていくのがわかった。
「坊主、お前が助けてくれたのか?」
「そうだよ。あともう少し」
「……ありがとなぁ」
坊主の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
金髪の女の頬は腫らし、鼻血が止まらないのか布で鼻を抑えたままだ。おっさんも口元に血が付いていて、腹を抑えている。俺を一番に治してくれていることがわかった。
そういえば、女の子がいない。あの子に云わないといけないことがある。
俺は首を回して探した。すると、すぐ隣にいるおっさんの背中に何故か隠れていた。
「おい! お前美生だろ!」
驚いたように、ちらりと俺の方を伺った。
「なぁ美生だろ。こっち向けって」
やっぱりそうだ。そうに違いない。
「……そうだよ。…………会いたかったよ優士……!」
下唇を噛んで震え、涙を必死に我慢するその姿は美生だった。前にも見たことがある。
思い切り抱き締めると、腕が余って自分の肩に届きそうだった。
「苦しい! 死ぬ!」
それまで暗い顔をしていた金髪の女もおっさんも坊主も、俺が美生と再会できたことに喜んでいた。金髪の女は涙まで流している。
「よくわかってねぇけど、あんたらもありがとな」
「本当ですよ……」
「あぁ~良かったよ本当に……。あ、お前! 俺のことおっさんて呼んだよな! ショックだったんだからな! 今日初めて知ったぞ。自分がおっさんだなんて。おっさん記念日だぞまったく」
大笑いするにはまだ少し体が痛かった。早くこの二人も治してもらわないといけない。
「良かったな。美生」
坊主が美生に云った。この坊主にも、美生は守られてきたんだろう。坊主の横に並ぶ小さな美生は、少しだけ不思議な光景だった。
「確かに今年で三十路だけどよ……」
「高校生からすれば当然でしょう」
おっさんという言葉がこんなにダメージを与えるとは思わなかった。云う相手は今度から気をつけよう。
「――美生と言いましたね?――」
安心が生んだ隙だった。
音もなく、黒いその手が美生の首根っこを掴んだ。
小さな美生はあっという間に穴に引き摺られていく。
あの燃え盛る地獄の穴から、教祖は這い上がってきたというのか。
「やめろ!」
誰よりも逸早く動けたのは坊主だった。穴に落ちる寸前で、美生の足を掴んだ。
俺たち大人も痛みを抱えたまま動く。
教祖のどこにそんな力が残っているのか。蜘蛛のように素早く動き、今度は坊主を掴み、穴に引きずり込もうとした。もう完全に人ではなかった。
「離せよバケモノ!」
「私を治せ!」
俺が殴り掛かろうとした瞬間、教祖は一つ下の階に落ち、坊主を持ったまま床にぶら下がった。攻撃できる武器などない。
俺は自分の力で床を崩そうと試みた。
だが、意志を持って床に触れても、もう何も起こらない。
「私を治さないなんてことは許さない……! 何百何十年と! 待ったんだ……!」
穴の業火は静まることを知らず燃え続ける。教祖自身も燃えている。
「凱!」
美生が坊主のことを、そう呼んだ。
「……俺は、死なない!」
凱は教祖の剥き出しになっている首の骨を掴み、自分ごと炎の中へと落ちていった。
激しく燃え盛る炎が消えるまで、俺たちは誰一人、そこから動こうとしなかった。




