表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第5章 ◆ 童歌が聞こえるか
86/87

‐ 第85話 ‐ この世の犠牲

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 自分の心臓の鼓動を確かに感じた。体が跳ね上がるほど大きく鼓動した気がしたが、目を開くと徐々に静まっていった。


 知らない顔がいくつも俺を囲んでいる。坊主が俺の背中に手を当てている。教祖の蹴りに反応できず、思い切り食らってしまったのだ。

 痛みが引いて、治っていくのがわかった。


「坊主、お前が助けてくれたのか?」


「そうだよ。あともう少し」


「……ありがとなぁ」


 坊主の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

 金髪の女の頬は腫らし、鼻血が止まらないのか布で鼻を抑えたままだ。おっさんも口元に血が付いていて、腹を抑えている。俺を一番に治してくれていることがわかった。


 そういえば、女の子がいない。あの子に云わないといけないことがある。

 俺は首を回して探した。すると、すぐ隣にいるおっさんの背中に何故か隠れていた。


「おい! お前美生だろ!」


 驚いたように、ちらりと俺の方を伺った。


「なぁ美生だろ。こっち向けって」


 やっぱりそうだ。そうに違いない。


「……そうだよ。…………会いたかったよ優士……!」


 下唇を噛んで震え、涙を必死に我慢するその姿は美生だった。前にも見たことがある。

 思い切り抱き締めると、腕が余って自分の肩に届きそうだった。


「苦しい! 死ぬ!」


 それまで暗い顔をしていた金髪の女もおっさんも坊主も、俺が美生と再会できたことに喜んでいた。金髪の女は涙まで流している。


「よくわかってねぇけど、あんたらもありがとな」


「本当ですよ……」


「あぁ~良かったよ本当に……。あ、お前! 俺のことおっさんて呼んだよな! ショックだったんだからな! 今日初めて知ったぞ。自分がおっさんだなんて。おっさん記念日だぞまったく」


 大笑いするにはまだ少し体が痛かった。早くこの二人も治してもらわないといけない。


「良かったな。美生」


 坊主が美生に云った。この坊主にも、美生は守られてきたんだろう。坊主の横に並ぶ小さな美生は、少しだけ不思議な光景だった。


「確かに今年で三十路だけどよ……」


「高校生からすれば当然でしょう」


 おっさんという言葉がこんなにダメージを与えるとは思わなかった。云う相手は今度から気をつけよう。




「――美生と言いましたね?――」



 安心が生んだ隙だった。


 音もなく、黒いその手が美生の首根っこを掴んだ。

 小さな美生はあっという間に穴に引き摺られていく。

 あの燃え盛る地獄の穴から、教祖は這い上がってきたというのか。


「やめろ!」


 誰よりも逸早く動けたのは坊主だった。穴に落ちる寸前で、美生の足を掴んだ。

 俺たち大人も痛みを抱えたまま動く。


 教祖のどこにそんな力が残っているのか。蜘蛛のように素早く動き、今度は坊主を掴み、穴に引きずり込もうとした。もう完全に人ではなかった。


「離せよバケモノ!」


「私を治せ!」


 俺が殴り掛かろうとした瞬間、教祖は一つ下の階に落ち、坊主を持ったまま床にぶら下がった。攻撃できる武器などない。


 俺は自分の力で床を崩そうと試みた。

 だが、意志を持って床に触れても、もう何も起こらない。


「私を治さないなんてことは許さない……! 何百何十年と! 待ったんだ……!」


 穴の業火は静まることを知らず燃え続ける。教祖自身も燃えている。


「凱!」


 美生が坊主のことを、そう呼んだ。



「……俺は、死なない!」


 凱は教祖の剥き出しになっている首の骨を掴み、自分ごと炎の中へと落ちていった。




 激しく燃え盛る炎が消えるまで、俺たちは誰一人、そこから動こうとしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ