‐ 第80話 ‐ 父と息子
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
僕という人間は、良く云えば気骨がある。悪く云えば、往生際が悪いといったところか。
あいつは僕のことを知り尽くしたかのように、講釈を垂れて死にやがった。
だが僕は生きている。だったらやり直せばいい。
一体何をやり直すというのか? 自分に問い掛けるがわからない。
せめて、母さんを奪ったあいつを殺してからやり直そう。僕の邪魔をする何もかもを無くしたとき、きっと何かが見えてくるはず。
通路を蛆虫のように這い、教祖の元を目指した。
蛆虫の目線で、誰かの靴先が視界に入る。男物の革靴。残念ながら教祖じゃない。あの人はいつも草履を履いている。じゃあ、誰だというのだ。
「……なんて姿なんだ」
懐かしい声。そいつは勝手に僕の体を起こし、壁にもたれ掛けさせた。勝手なことをするなと抵抗したかったが、体がいうことを聞かない。
勝手に僕の前に座り込み、僕の瞳に自分が映るようにした。
向き合って話したところで、もう何もかも遅い。
「沢山、殺したんだな」
「……何だか……とでも、大事みだいに言うね」
「当たり前だ……! 自分が何をしたのか、わかっているのか」
この僕に怒るなんて、何様のつもりなのだ。何もかも今更すぎて、滑稽で笑えてくる。
「僕はただ、掃除をじただけだよ……」
「違う。殺人だ」
僕を理解できない父親には、ほとほと呆れる。理解しようとしないから、理解できないのだ。
向き合って話すことなどもう二度とないだろうから、教えてやろう。
「昔ね、あぁ、父ざんと母ざんと、僕の三人で暮らしでいた時の話だよ……。まだ家にお手伝いさんもいない時だ……。二人ども、仕事で忙しぐてさ、特に父ざんは、帰っでごない日なんてざらにあった……。母ざんも帰っでぐるのが遅いし、家事はめちゃくちゃで、ずごく家の中が散らがっでいたんだ…………。僕ね……母ざんの負担を減らじだいと思って、学校から帰って、あの広い家を……僕一人で一生懸命掃除したんだ……。そじたら母ざんが帰ってぎで……すごく、ずごぐ褒めでぐれたんだ……。『一人で全部片づけてくれたの?』って……。あんなに頭を撫でて、抱きじめて喜んでぐれたのは、あの時だけだったな…………。とてもとでも、嬉じがったんだ……」
思い出すと、胸が暖かくなるのがわかる。
大切で、もういい加減、捨てなくてはいけない思い出だ。
「……だから、母さんの邪魔になるものは、お前が掃除したっていうのか?」
父さんの声の感じが変わった。僕を理解しようとしているのだろうか。
「そうだよ……。一人でどれだけ掃除したか……。そこが重要なんだ。だから僕は、絶対に群れない。仲間なんでいらない……。沢山、邪魔されたりもしたけどね……」
「……そうか……。なるほどな。それで、次にお前は誰を掃除しに行こうとしていたんだ……。私か?」
「ふ……。違うよ。息子に殺ざれないか、心配しでるの……? 残念だけど、あなたは眼中にないね……。僕から母ざんを奪った教祖を殺しに行ぐんだ。邪魔しないでくれ……」
不毛な会話はここまでだ。僕は立ち上がろうと足に力を入れた。けれども足はしっかりと立ってくれない。このまま倒れてまた、地面を這うしかない。
「もう殺す必要はないんだ」
倒れそうになった僕の体は、父さんによって支えられていた。父さんの、匂いがした。
「掃除、しなくていいんだ」
……何故? 会社も継がせてもらえないし、僕にできるのはそれしかないのに。
「悪かった……。今更だよな。父さん、もう会社辞めるし、慧も疲れただろうから、二人でゆっくり休まないか」
「……何言ってるの? 確がに疲れたけど、まだ何の成果も挙げられでないよ……」
父さんが、僕を背負って歩いている。何処に向かっているのだろう……。家? まだお手伝いさんも、弟も、妹もいない、三人で暮らしていた頃のあの家に……。
「成果が全てじゃないんだ。私が言えたことではないが、休むことは必要なんだ。慧は人一倍頑張り屋さんだからな……その分ちゃんと休まないといけない」
「……あぁそうか……。休んでないがら、だから、ごんなに体が悪くなっちゃったのか。ごうなるまで自分では気が付かないものなんだね。ごめんね父ざん、迷惑掛けて」
「……家族に……迷惑なんて、ないんだ……」
父さん、泣いているのだろうか。
体が暖かくなってきた。顔を上げると家が見える。誰のセンスでそうなったのかは忘れたが、赤色の暖かい家だ。僕が云ったんだろうか? 赤色が良いと…………。
父さんは静かに、眠る僕を背負ったまま、家へ入って行った。




