‐ 第77話 ‐ ××の特別な時間
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
休み時間が終わる頃、ぞろぞろと、ぺちゃくちゃと、皆が一つの目的地へ向かう。「かったるい」などという声が聞こえても、足はしっかりと体育館へ向かっている。
全校集会、それは学校の規則だからだ。
その集会に参加することは僕の宗教上、許されなかった。宗教上、学校の規則の一つを破ることは許されるなんて、おかしなことだ。教室に一人残る僕を、先生もクラスメイトも咎めない。席を立とうともしない僕など、皆にとっては風景の一部となっていた。
予鈴が鳴り、全校集会が始まろうという頃、僕は読んでいた本を閉じた。
顔を上げると、伊法が既にドアの前に立って待っていた。微笑を浮かべているのは、この特別な時間が彼女にとって楽しいからだと思う。無論僕も同じ気持ちで、微笑み返して黒板の前に立つ。
伊法は黄色のチョークで、僕は青のチョークだと、何となく決まっていた。
〈期末テスト どうだった?〉
伊法はススス……と黒板に美しい字を書く。以前そう伝えたら、僕ほどではないと書かれた。
〈音楽以外は 全部九十点台だったよ〉
〈いつもと変わらないね〉
〈何もかも いつもと変わらないよ〉
そう書いた後、チョークが折れた。そんなに力が入っていたのだろうか。
〈伊法は 最近どう?〉
〈××と同じ いつもと変わらない 変えようと思わなきゃ 変わらないよね〉
伊法はほんの僅かに溜め息をついた。僕のチップに記録されない程度の音声を、彼女は心得てくれている。
〈何か 面白い話してよ〉
〈ないってば〉
そう書いてから、一つ浮かんだ。僕の顔を見て、伊法も僕が何か思い出したのだと悟った。
〈二年生に安堂さんていう子いるだろ この間 三嶌さんたちにいじめられてた お腹を殴られたりね 女の子特有の陰湿ないじめじゃなくて 少し驚いた〉
〈助けてあげたんでしょう?〉
〈助けたというのかな 三嶌さんたちの前に 立っただけだよ〉
〈効果覿面ね 彼女たちの逃げる姿が 想像できる〉
〈じゃあ 僕に何かされると思って 登校拒否になってしまった安堂さんは 想像できる?〉
小気味よいチョークの擦れる音が止まった。
僕の持つ面白い話としては傑作だと思ったのに、伊法は変な顔をしている。どういう感情の顔かわからないので、僕は素直に聞いてみる。
〈何? その顔〉
〈悔しい顔〉
カッカッとチョークの音が鳴る。悲しみの感情と予想していたのに、何故伊法が悔しいのだろう。
〈変えようと思わなきゃ 変わらないよ ××が自分で変えなきゃ〉
〈僕のお父さんは 伊法が思う以上だよ〉
伊法の視線が僕の後頭部へ向けられた。爆弾人間と会話していることを、今一度認識しただろう。
〈なら いつか二人で……〉
二人で……。
黄色のチョークが書き終えるのを、僕は待った。
――ガラガラ……――
突然だが遠慮気味にドアが開けられた。
背が伸び切っていない少年が、おずおずとそこには立っていた。
「あの……三年一組におられると母から聞いて、ごあっ、ご挨拶に来ました。一年二組の小野寺カイルといいます」
特別な時間は終止符を打たれ、伊法はカイル君が自己紹介を始めると、黒板消しを手に取った。
「初めまして。僕は××。これからよろしくね。カイル君」
僕がカイル君と握手を交わす頃には黒板を消し終え、伊法はあの、悔しい顔のまま、二年生の教室に戻って行った。カイル君には冷たい印象の女になっただろう。
―― 変えようと思わなきゃ 変わらないよ ――
―― いつか二人で…… ――
伊法が書いた文字を、伊法が僕に喋っている姿を想像する。
緊張しているカイル君の手を、強く握り返した。




