表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第5章 ◆ 童歌が聞こえるか
78/87

‐ 第77話 ‐ ××の特別な時間

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

休み時間が終わる頃、ぞろぞろと、ぺちゃくちゃと、皆が一つの目的地へ向かう。「かったるい」などという声が聞こえても、足はしっかりと体育館へ向かっている。


 全校集会、それは学校の規則だからだ。


 その集会に参加することは僕の宗教上、許されなかった。宗教上、学校の規則の一つを破ることは許されるなんて、おかしなことだ。教室に一人残る僕を、先生もクラスメイトも咎めない。席を立とうともしない僕など、皆にとっては風景の一部となっていた。



 予鈴が鳴り、全校集会が始まろうという頃、僕は読んでいた本を閉じた。

 顔を上げると、伊法(いのり)が既にドアの前に立って待っていた。微笑を浮かべているのは、この特別な時間が彼女にとって楽しいからだと思う。無論僕も同じ気持ちで、微笑み返して黒板の前に立つ。


 伊法は黄色のチョークで、僕は青のチョークだと、何となく決まっていた。


〈期末テスト どうだった?〉


 伊法はススス……と黒板に美しい字を()()。以前そう伝えたら、僕ほどではないと()()()()


〈音楽以外は 全部九十点台だったよ〉


〈いつもと変わらないね〉


〈何もかも いつもと変わらないよ〉


 そう書いた後、チョークが折れた。そんなに力が入っていたのだろうか。


〈伊法は 最近どう?〉


〈××と同じ いつもと変わらない 変えようと思わなきゃ 変わらないよね〉


 伊法はほんの僅かに溜め息をついた。僕のチップに記録されない程度の音声を、彼女は心得てくれている。


〈何か 面白い話してよ〉


〈ないってば〉


 そう書いてから、一つ浮かんだ。僕の顔を見て、伊法も僕が何か思い出したのだと悟った。


〈二年生に安堂(あんどう)さんていう子いるだろ この間 三嶌(みしま)さんたちにいじめられてた お腹を殴られたりね 女の子特有の陰湿ないじめじゃなくて 少し驚いた〉


〈助けてあげたんでしょう?〉


〈助けたというのかな 三嶌さんたちの前に 立っただけだよ〉


〈効果覿面ね 彼女たちの逃げる姿が 想像できる〉


〈じゃあ 僕に何かされると思って 登校拒否になってしまった安堂さんは 想像できる?〉


 小気味よいチョークの擦れる音が止まった。

 僕の持つ面白い話としては傑作だと思ったのに、伊法は変な顔をしている。どういう感情の顔かわからないので、僕は素直に聞いてみる。


〈何? その顔〉


〈悔しい顔〉


 カッカッとチョークの音が鳴る。悲しみの感情と予想していたのに、何故伊法が悔しいのだろう。


〈変えようと思わなきゃ 変わらないよ ××が自分で変えなきゃ〉


〈僕のお父さんは 伊法が思う以上だよ〉


 伊法の視線が僕の後頭部へ向けられた。爆弾人間と会話していることを、今一度認識しただろう。


〈なら いつか二人で……〉


 二人で……。

 黄色のチョークが書き終えるのを、僕は待った。


 ――ガラガラ……――


 突然だが遠慮気味にドアが開けられた。

 背が伸び切っていない少年が、おずおずとそこには立っていた。


「あの……三年一組におられると母から聞いて、ごあっ、ご挨拶に来ました。一年二組の小野寺(おのでら)カイルといいます」


 特別な時間は終止符を打たれ、伊法はカイル君が自己紹介を始めると、黒板消しを手に取った。


「初めまして。僕は××。これからよろしくね。カイル君」


 僕がカイル君と握手を交わす頃には黒板を消し終え、伊法はあの、悔しい顔のまま、二年生の教室に戻って行った。カイル君には冷たい印象の女になっただろう。



 ―― 変えようと思わなきゃ 変わらないよ ――

 ―― いつか二人で…… ――


 伊法が書いた文字を、伊法が僕に喋っている姿を想像する。

 緊張しているカイル君の手を、強く握り返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ