‐ 第76話 ‐ 思い出したんだ
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
あたしが撃った男は走ることはままならなかったようで、何とか撒くことができた。
大鳳生命研究所と書かれていたこの建物の中には誰もおらず、しんとした静けさが不気味だった。だが、あたしたちにとって敵がいないのは好都合だ。どこかでケイトや勇魚と合流できたらいいのだが……。
凱はあたしの手を取り進んでくれた。迷う様子もなく、やけに慣れているようだった。
「ここがわかるの?」
「うん。何か、ぼんやりだけど思い出してきた。確か三階に、別の建物に渡れる通路があるんだ。行こうとしたら、いつも誰かに止められてた気がする」
行こうとしたら、というのは、逃げようとしたら、ということだろうか。
やはり凱はここで、被検体としての日々を過ごしてきたのだろう。
思い出して、大丈夫なのだろうか……。そう訊こうかと思ったが、あたしの手を引き進む凱の足は、止まってくれそうになかった。
エレベーターを使って三階に着くと、そこは淀んだ空気が流れていた。あたしも凱もそれを同時に感じ取り、お互いの手を強く握る。
――きっとここが、そういう場所だ――
凱は一歩ずつ歩き始めた。
「ここだ。ここで、俺」
「ここはいいよ。行こう」
途中で立ち止ってしまった凱の手を、今度はあたしが引いて進んだ。そうでもしないと、凱はその研究室に入って行ってしまいそうだった。
暫く進むと異臭が鼻を突き刺した。独特な臭いで、薬品や肉の焼ける臭いがする。
胸にずっと嫌な感じを残しつつ、さらに進むと、さっき凱が足を止めた研究室と似たような部屋に着いた。
ドアは吹き飛ばされており、明らかに何か事件のあった後だった。臭いの元はここだ。
凱は立ち止って、指を差した。
「あれ、あの人じゃないかな。生きてるのかな」
凱の指差す方向には、ボロボロのスーツを着た男の足が見えていた。
あたしは部屋の中に入り、それを確かめようとした。
俯せになって倒れており、腕には何かを抱えている。
恐る恐る、男を仰向けにするため両手で押して転がしてみると、そいつは尾澤だった。
爆破に巻き込まれたのか、体中火傷を負っている。両手でしっかりと守っている物は筒状のケースだった。
中身が気になり触れようとすると、尾澤の指がピクリと動いた。
「お……まえ、そっぢの、お前!」
尾澤は目を覚ますなり、あたしではなく凱を呼んだ。尾澤の知るあたしの姿ではなくなっているのに、あたしは極度に身構えていた。
「……ごの中身を、生ぎ返らせろ!」
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ!」
「いいがら!」
死にそうな目で懇願する。そうまでして尾澤が何を生き返らせたいのか気になり、あたしは筒の中を開けてみた。
「…………何、これ」
車に轢かれて飛び出た、動物の内臓の一部のようだった。
「母さんだ……。触れで、生き返らせろっ……」
ここまでして、あの母親を。
「死んでしまったものは再生できないんだぜ」
とても冷静に凱が云うので、びっくりした。あたしも知らないことだった。
「思い出したんだ。ここにいた頃、男の先生がそう言ってた」
「……そんな……なんだよ。ぞんなごとなら、お前の、歯を、守っていれば…………」
尾澤の虚ろな目は、一点を見つめたまま動かなくなった。
途轍もなく憎い相手なのに、酷く可哀想な人間に見えた。
「行こうぜ美生」
尾澤はきっともう、立ち上がることはないだろう。
凱ともう一度手を繋ぎ、通路を渡った。




