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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第5章 ◆ 童歌が聞こえるか
77/87

‐ 第76話 ‐ 思い出したんだ

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 あたしが撃った男は走ることはままならなかったようで、何とか撒くことができた。


 大鳳生命研究所と書かれていたこの建物の中には誰もおらず、しんとした静けさが不気味だった。だが、あたしたちにとって敵がいないのは好都合だ。どこかでケイトや勇魚と合流できたらいいのだが……。


 凱はあたしの手を取り進んでくれた。迷う様子もなく、やけに慣れているようだった。


「ここがわかるの?」


「うん。何か、ぼんやりだけど思い出してきた。確か三階に、別の建物に渡れる通路があるんだ。行こうとしたら、いつも誰かに止められてた気がする」


 行こうとしたら、というのは、逃げようとしたら、ということだろうか。

 やはり凱はここで、被検体としての日々を過ごしてきたのだろう。

 思い出して、大丈夫なのだろうか……。そう訊こうかと思ったが、あたしの手を引き進む凱の足は、止まってくれそうになかった。


 エレベーターを使って三階に着くと、そこは淀んだ空気が流れていた。あたしも凱もそれを同時に感じ取り、お互いの手を強く握る。

 ――きっとここが、そういう場所だ――


 凱は一歩ずつ歩き始めた。


「ここだ。ここで、俺」


「ここはいいよ。行こう」


 途中で立ち止ってしまった凱の手を、今度はあたしが引いて進んだ。そうでもしないと、凱はその研究室に入って行ってしまいそうだった。


 暫く進むと異臭が鼻を突き刺した。独特な臭いで、薬品や肉の焼ける臭いがする。

 胸にずっと嫌な感じを残しつつ、さらに進むと、さっき凱が足を止めた研究室と似たような部屋に着いた。


 ドアは吹き飛ばされており、明らかに何か事件のあった後だった。臭いの元はここだ。

 凱は立ち止って、指を差した。


「あれ、あの人じゃないかな。生きてるのかな」


 凱の指差す方向には、ボロボロのスーツを着た男の足が見えていた。


 あたしは部屋の中に入り、それを確かめようとした。

 俯せになって倒れており、腕には何かを抱えている。


 恐る恐る、男を仰向けにするため両手で押して転がしてみると、そいつは尾澤だった。

 爆破に巻き込まれたのか、体中火傷を負っている。両手でしっかりと守っている物は筒状のケースだった。

 中身が気になり触れようとすると、尾澤の指がピクリと動いた。


「お……まえ、そっぢの、お前!」


 尾澤は目を覚ますなり、あたしではなく凱を呼んだ。尾澤の知るあたしの姿ではなくなっているのに、あたしは極度に身構えていた。


「……ごの中身を、生ぎ返らせろ!」


「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ!」


「いいがら!」


 死にそうな目で懇願する。そうまでして尾澤が何を生き返らせたいのか気になり、あたしは筒の中を開けてみた。


「…………何、これ」


 車に轢かれて飛び出た、動物の内臓の一部のようだった。


「母さんだ……。触れで、生き返らせろっ……」


 ここまでして、あの母親を。


「死んでしまったものは再生できないんだぜ」


 とても冷静に凱が云うので、びっくりした。あたしも知らないことだった。


「思い出したんだ。ここにいた頃、男の先生がそう言ってた」


「……そんな……なんだよ。ぞんなごとなら、お前の、歯を、守っていれば…………」


 尾澤の虚ろな目は、一点を見つめたまま動かなくなった。

 途轍もなく憎い相手なのに、酷く可哀想な人間に見えた。


「行こうぜ美生」


 尾澤はきっともう、立ち上がることはないだろう。

 凱ともう一度手を繋ぎ、通路を渡った。

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