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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第5章 ◆ 童歌が聞こえるか
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‐ 第75話 ‐ 三度目の地下にて

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 目が覚めると、明らかに地下牢と思わしきところに監禁されていた。嫌いだというのに、俺は地下と縁がある。


「甫仮先輩! 起きたんですね!」


「……井之上?」


 見渡すと、俺以外にも人がいる。同僚の井之上に、一緒に捕まった奈須川の娘に、小さな女の子に、寝ている筋肉質な男に…………尾澤社長もいる。


「なんで甫仮先輩がこんなところに連れて来られたんですか? てっきり本社で残業していた人間だけがこんな目に遭っているのかと」


「あぁ、俺も京都工場に出張してて、いろいろあったんだよ。話せば長い」


 井之上への説明を後にして、奈須川の娘の方を見た。


「ラウラ……本当に良かった。やっぱりこんなことだと思った」


 女の子を抱きしめていた。どうやら奈須川の娘はこのラウラという女の子に会いたかったようだ。


「ラウラ、うっ……本当に、うっ……ごめんちょっと待って」


 奈須川の娘は寝ている男の横に備え付けてある便器に走り、嘔吐した。


「はぁ……。ごめんなさい。母親が教祖と結婚したって聞いて、気持ち悪くて……ヴオェッ」


「その気持ち、わかるね……」


 元夫の社長は奈須川の娘に共感した。社長も随分と具合が悪そうだった。寝ていた男は嘔吐する音で起きたのか、険しい顔をした。


「君もさっき起きたかと思えばいきなり目の前で吐き出すなんて! 顔が可愛いから許すけど、なるべく静かに吐いてくれよな!」


「……井之上、お前そんな性格だったか?」


 仕事で文句一つ云わない井之上が、こんな致し方ないことで怒った。俺の知る井之上じゃないみたいだ。


「彼は、長くここにいすぎたんだ……」


 社長は壁にもたれかかって云った。社長もこの地下牢に入れられて長いのだろう。顔色を見ればわかる。しかし社長の精神は井之上と違い、まだ正常なようだった。


「社長、こんなところで申し訳ありませんが、どうしても聞いておきたいことが……。何故社長は、あいつを、凱を、地下に眠らせたんですか」


 社長は一瞬目が泳いだ。それは聞かれたくない質問を意味しているのだろう。

 だが、答える義務がある。俺はじっと社長を虎視した。


「……あの子は、死なない兵器だ。あの子を巡っても戦争が起こるし、研究が進めばあの子を使った戦争も起こる。日本の、世界のことを考えれば、永久に眠っていてくれることが平和だと考えた。私の力でできる最大限の平和、そして償いだと思った……。だが私は、世界の平和なんてものを、抱えられるような人間ではなかった…………。すまない……」


「お言葉ですが、世界の平和のためだとか言う前に、社長も人の子の親ならば、あの子のご両親の気持ちは考えなかったのですか?」


 社長は黙り込む。俺たちの社長は、こんなにちっぽけな男だっただろうか。

 いや、勝手に偉大だと、肩書や人柄だけで神格化してしまったに違いない。自分と何も変わらない、同じ人間だということが今わかっただけだ。人間は誰しも怯え、安心を求める。逃げることは動物の本能。打ち勝つ理性があるのは人間のみ。打ち勝てるかどうかは、そいつ次第なのだ。


 ただでさえ空気の悪い監禁部屋が、俺の容赦ない問い掛けのせいで陰鬱な空間となった。


「そんなことより甫仮先輩! 時計! ありますか? 外と連絡取れますか?」


 井之上は血走った目で俺に近付き訴えた。恐い。


「いや、腕時計も銃も、奴等に全部没収されたみたいだ。悪いな」


「この役立たず! 先輩は仕事できる人だと思ってたのに! この役立たず!」


 二度も役立たずと云われた。井之上は早くここから出さないと、完全に壊れてしまいそうだ。どんな罵詈雑言を浴びせられようが、哀れでとても叱れない。


「社長、もう一つ聞きたいことが。ここで黒のライダースを着た、こう……不良っぽい少年を見ませんでしたか?」


「……いや、私たち以外いないよ」


 ……優士はここにいなかった。最初から、隣の建物のどちらかにいたのかもしれない。

 俺は鉄格子の扉を思い切り蹴ったり、掴んで押してみたり、どうにか壊せないかと試みた。こんなところで捕まっている場合じゃない。


「ちょっと、あまり音を立てないでくださいよ! 出られたら苦労してませんて!」


 井之上が声を上げる。

 鉄格子の扉は揺れはするが、俺の腕力ではそれが限界だった。


「くそが! せめてケイトに連絡できたら……」


 あのラーメン屋は無事に出られただろうか。もうとっくに、大鳳教に着いているだろうか。


「……ケイトと言ったか?」


 寝ていた男が腹を抑えて起き上がり、初めて口を開いた。生々しい腹の傷が痛むのか、顔を歪ませている。


「あぁ言ったよ。キャサリン・ブラント様だ」


「そうか……。大尉は生きているのか……。だったら」


 男は俺の横に立ち、鉄格子を握った。


「これは押すより、引いた方が良いかもしれない」


「あんた、ケイトの部下か? 有難いけどいいよ。あんたのそれ、その腹の傷……素人目に見ても酷い処置だ。力を入れたら傷口が開いちまう。足もそれ、立ってるのが不思議だ」


 男は俺の警告を聞くつもりはないようで、鉄格子を握る手に力が籠ったのがわかった。


「大尉が生きているのなら、無駄死にはできない」


「生きてピンピン戦ってるさ」


 男は曲がった足を広げて踏ん張り、鉄格子を精一杯引っ張った。

 上腕二頭筋が膨れ上がり、鉄格子が湾曲し始める。

 死に物狂いの男に倣い、俺も全ての力をそこに注ぐ。


 二人の雄叫びが最高潮になった時、金属音と共に鉄格子が外れた。

 そのまま後ろへすっ飛び、壁に背中をぶつける。


「……大尉!」


 暗闇から光を得たように、男の瞳は急に明るくなった。

 そこにはケイトが立っていた。


 俺と奈須川の娘を捕えたロボットの手のような、鋼鉄のグローブを装備しており、それで鉄格子をケイトが殴ったため、扉が外れたようだ。


「生きていて良かったです岩本。早く脱出しましょう。この館にいた信者は全て片付けました。元より数が少なかったのですが」


 ピンピンしすぎだ。登場が格好良すぎる。それに比べて俺ときたら、簡単に捕まってしまって情けない。


「悪いな、ケイト」


「いえ、言いたいことは()()()()ありますが、まずはここを出ましょう」


 いろいろと云われるほど、俺はケイトに何かしでかしただろうか。


「やったー! 出られる!」


 井之上は拳を突き上げて子どものように喜び、一目散に出ようとしたが、直前になってラウラと奈須川の娘を先に通した。


「さぁ、早く上に上がろう。安全な場所へ」


 最後に出た社長がそう云い、皆が階段を上がろうとした。


「ちょっと待ってください!」


 俺は咄嗟に声を張り上げた。皆は一斉に階段を上がる足を止めて、俺を見た。


「甫仮先輩…………。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか! 扉を開けるのを手伝わなかったくらいでそんなに」


「あぁ違う。悪かった。お前じゃない。先に上がってくれ。話があるのは社長だけです」


「……先に、行きますね」


 ケイトは気を利かせ、社長以外に階段を上がらせた。

 この地下は音がよく響く。壊れかけの井之上が「早く! 早く!」と元気に階段を上がる声が響いていた。井之上の声が完全に聞こえなくなるまで、少し待った。


「わかっているさ。全て私の責任だ。すまない。」


 社長は俺に向かって頭を下げた。

 本来、俺は社長に頭を下げさせていい人間じゃない。この人の、こういった実直な態度が多くの人間を引き付ける魅力なのだろう。


 これから俺が云う言葉も、本来俺が云っていい言葉じゃない。

 だが俺はもう、オザワフロンティアの通訳ロボットではないのだ。


「何故、皆に紛れてあなたも逃げようとするんですか。あなたの尾澤慧(息子)は、大鳳教(ここ)の人間でしょう。ここにいるはずでしょう。何故自分の息子を止めに行かないのですか……。あいつは酷く歪んでしまった人間ですよ。平気な顔で人を殺すんですから。確か、母さんのためだとか言っていました。おかしいですよ。だって、あいつは俺と同い年だってのに、母親のためなら殺人を犯せるほどのマザコンなんだ。あなたはあいつが歪んでしまった原因を考えたことはないんですか? 何故知らんふりするんですか。どうしてあいつを見捨てて、安全な場所へ行くなんてことができるんだ!」


「考えたさ! ここの宗教が歪んでいるからだろう? だから私が引き取って、大鳳教も脱会させたんだ。それなのにあいつは美鈴ばかりで」


「そういうことじゃない! 何故問題から自分を省こうとするんだ! あなたは会社やその社員たちのことはよく見ているが、息子のことはどうだったんだ? 一度脱会させられた宗教にもう一度入信したり、母親に拘る理由は? 愛情があるから引き取ったんでしょう? 父親なんでしょう? 何一つ、あいつのことが理解できないんですか!」


 子を持ったこともない若僧に云われるがままで、流石に頭にきているのだろう。社長の拳に力が入っているのがわかる。それでも俺は止まらない。


「最近気づいたんだが、俺はあなたの息子と昔、顔を合わせたことがある。新入社員研修で同じになったんだ。口数の少ない、少し生意気そうな奴だったけど、こう言ってた。『僕は皆とは訳が違う。僕は縁故採用だから、誰よりも努力しなくちゃいけない』って。そう言った時のあいつの顔、良い顔してたんだ。あいつは今、母親のために動いてる自分がクールだとか思ってるかもしれねぇが、酷い顔してる。だから俺は気付かなかったんだ……。兎も角、あんたがすべきことは、逃げることじゃないと俺は思う。上から目線でも、言わなきゃ気が済まなかったんだ。……クビで結構です。お世話になりました」


 俺は頭を下げ、社長の返事を待たず、先に階段を駆け上がった。最後の最後に、社長のことを「あんた」と呼んでしまったかもしれない。だがもうどうでもいい。取るに足らないことだ。




「声大きいですね。良いこと言うじゃありませんか」


「通訳だからな。『大きな声でハキハキと伝えましょう』……なんて、もうやんねぇけど……。あいつらは?」


「無事脱出してくれましたよ」


「そうか。なぁ、そのイカしたグローブ、片方俺にもくれ」


「はぁ。構いませんよ」


 ケイトは左手のグローブを取って、俺に渡した。少し重みがある。


「いいな。今、無職のくせに無敵な気分だ」



 自分一人が大事な男はもういない。仲間と共に戦っている俺に、漸く馴染んだ感覚だ。

 職も失ったし傭兵にでもなるか? なんて思ったが、ケイトの厳しさにはついて行けないだろう。

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