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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第5章 ◆ 童歌が聞こえるか
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‐ 第72話 ‐ 呪縛からの解放

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 大鳳教から二件も立て続けに連絡が入った。一件目は優士が香雲館に侵入したということ。二件目は甫仮勇魚が研究所に侵入したということ。甫仮の方は受付で既に取り押さえられ、総本部の地下に監禁しているということだった。


 問題は優士の方だ。三十七人も惨殺した奴が戻ってきた。

 本当に教祖の云った通りになってしまった。奴に対抗できる凱はまだ行方がわからない。何故一番に香雲館に侵入したのかはわからないが、研究室に移動されれば母さんの身が危ない。




 僕は直ぐに研究所に向かった。何より母さんに連絡がつかないのが恐ろしい。母さんが今頼りにできるのは僕だけのはず。電話に出てくれてもいいはずだ。


 母さんの研究室の扉を開けると、内側の扉に母さんの助手の一人がもたれかかるようにして倒れていた。


「おい! 何があった! 優士にやられたのか? 母さんは!」


 そう訊きはしたものの、損傷は優士のそれと違った。注射器が床に転がっており、助手は目を見開いて涎を垂らしている。

 助手は朦朧としながらも、母さんの居場所を指差した。

 

 オペルームの扉の前に立った。立てば、扉は自動で開く。


 ――時既に遅く、母さんは僕の知る母さんの姿ではなくなっていた――


 無理やり手術台に乗せられたのか、いつも必ず履いているハイヒールが床に転がっている。そのハイヒールが目に入ったから、母さんとわかったようなものだ。


 これが、人の命を弄んだ報いだというのだろうか……。

 ……弄んだ? どうして僕は今、そんな風に思ったのだろう。弄んだなんて、とんでもない。立派な研究なのに。


 母さんは頭の損傷が一番激しい。大脳部分が全てなくなっている。そして、垂れ下がる腕にはまだ新しい煙草の焼け跡がある。

 優士は何故こんな風に母さんを殺したのだ。これはまるでマッドサイエンティストの手口だ。

 そんなのは……。


「…………ぅう」


 微かな呻き声が聞こえた。声は仕切りのカーテンの向こう側から聞こえてきた。

 カーテンの下に目をやると、椅子に座る男の足が見えていた。

 藍色のカーテンを捲る。


 そこには自分の腕に注射を打つ、足の生えたタオがいた。


「凱の歯を飲んだのか……。母さんはお前が!」


「……えぇそうです。()()()()()()()()()()、このような嫌がらせをしたんです……。ふふ。やっぱりだ。それほど悲しそうじゃありませんね」


 タオはその場に注射器を落とした。注射器はそのまま僕の方へと転がってくる。


「醜い姿でしょう? 僕が凱君の歯を飲んでも、せいぜいこの程度です。まぁ……以前までの僕なら、何の反応も起きなかったでしょうから、褒めてもいいんですけどね……。昨日が僕の生命力のピークでしたねぇ。何とか自力で歩けていましたから……」


 凱の歯を取り込んで再生したであろう両足も、座るのが精一杯のようだった。注射は恐らく、鎮静剤か何かだろう。


「僕のためとはどういうことだ……」


「……死にかけの僕に言ったあなたの言葉が、心底むかついたというのもありますけどね……僕の最期の研究を……宇智田美生を諦めて、あなたにしたんです……」


「なんのことだ……。意味がわからない」


 タオは爛れた唇から白い歯を覗かせた。


「あなたはね、認めたくないんだ。母親に愛されたくて、必死になって仕事をするが、却ってそれが自分を苦しめていることに。役に立てば振り返ってもらえると、希望を持っても望みなどないことに……。気付いていますよね? 大鳳教祖がいる限り、それは叶わない。あなたが愛してほしい人は、あの方しか見ていませんから……。あなたなんて蚊帳の外なんです。もし教祖がいなかったとしても、可愛い愛娘がいますから、相手にしてもらうなんて無理なんですよ。だから勝手に信者名簿から妹さんを消去したんでしょう……? さて、愛されないとわかっていながら母親に尽くすのは、矛盾していますよね? しかもあなたが愛してほしいと思う対象があの毒母である以上、その苦しみはずっと続きますよね? ですから、母親が死んでどう思いました? ほっとしたんじゃないですか? やっと解放されると思ったんじゃないですか? それが理由にあなたは今、涙も流さないし、悲鳴一つ上げない。感じるのはずっと怒りだけ。向ける怒りの矛先がずれるのは、愛してほしいから。もうねぇ……僕あなたたち親子を見ていると辛くて辛くて。尾澤社長はそんなにあなたを可愛がってくれませんでしたか」


 タオの胸倉を掴み、椅子から持ち上げた。腐臭がする。


「……ほら。怒っている。それは僕の言ったことが図星だから。まだ生きられるなら論文を書きたい……。今までで一番の駄作でしょうけど」


「黙れ、違う」


 力任せにタオの顔を殴る。拳にはタオの皮膚のようなものがついた。


「……まだ否定しますか。では良いことを教えてあげますよ。……あなたの母親と大鳳教祖は、入籍しました。嘘じゃあありませんよ。あなたの母親は嬉しさのあまり、直ぐに()()しました。信者名簿を見ればわかりますよ……。今時()()()()()する人がいるんですねぇ……。古風な考えも持っていたなんて、ちょっと意外です。これを聞いてどうです? まだ愛してほしいと思いますか? ……死んで良かったと、思いますか?」


 僕は目の前のそいつを殴り続けた。

 そいつは母さんであり、僕かもしれない。




「……研究者としては尊敬する部分がありましたから、大脳だけは冷凍保管しておきました。……後世のためにね……。よく見てくれました? 煙草は、僕からの恨みです……」


 殴っても殴っても、呪いのような言葉を喋る。鎮静剤で痛みももう感じていないのだろう。最初から自分の死期がわかっていて僕にこんな仕打ちをするなんて、残酷が過ぎる。


「そうですよね……。辛くて生きていけないでしょうから、共に死にましょうか……。あなたのことは、別に嫌いではありませんから……」


 この期に及び、まだ何か企んでいる。

 タオの白衣のポケットが光った。せめてもこいつの思い通りにはならない。


 僕はタオに握られた手を振りほどき、扉に手を伸ばした。

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