‐ 第65話 ‐ 夢見る未来
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
何かも上手くいかない。研究も、再生とは反対の怪物を生み出してしまった。
邪魔なアンソニーは消えたが、あいつは大きな課題を残して死んで逝った。
娘は進学に愚かな選択をし、人生の道を誤った。
結婚も上手くいかない。大手代表取締役と結婚してもダメだった。その時は次に医者と結婚するべきだと考え、そうしたがそれもダメだった。
やはりあの人でなければ。もっと早くに出会えていたら良かったのに。
頭痛がする。研究を再開する気にもなれない。
「大分、無理をさせてしまったようだね」
靴を履いたままソファで横になり休んでいると、いつの間にか大鳳さんがいた。冷たい手を、私の額に当ててくれている。
「大鳳さん……」
「あぁ、そのままで」
大鳳さんが私を気遣ってくれている。こんな醜態を晒しているのに、なんてお優しい人なのか。途端に涙が溢れてきた。
「大鳳ざぁぁぁん!」
そのままと云われたのに、私は大鳳さんの胸に泣きついてしまっていた。大鳳さんは拒むことなく優しく頭を撫でてくれる。
「辛かったでしょう。たくさん背負わせすぎてしまいましたね。全て吐き出しなさい」
「……全て上手くいかないんです! あなたのお役に立ちたい一心なのに! 努力しているだけなのに! 夫となる人には離婚されるし、娘は出て行くし! 私が始めた研究があんな、あんな怪物を……!」
「あなたは人の何倍も頑張り屋さんですからね。周りより見えている景色が高く、きっと皆が追いつけないだけなんですよ。私のために努力してくれて、このように心を病んでしまわれては、私も教祖失格です。美鈴君、君の為にできることはあるかい? ここで君が下って行ってしまうのは実に勿体ない。私と共に高みを目指し続けてほしい」
背中を、ぽん、ぽん、と、優しく叩いてくれる。とても心地いい。
子どものように泣き散らしても変わらず優しい言葉を掛けてくださる。ならばいっそもう、少女のように甘えることにした。
「では、久し振りにお顔を見たいですわ」
そう云うと、何も云わずに大鳳さんはマスクを外してくれた。私だけのために。なんて贅沢なことなのか。
「美しいですわ……」
眼福だ。齢百四十を手前にして、なんと神々しいお顔なのか。
「もっと早くに出会いたかった」
思った言葉が零れてしまう。
「ありがとう。私もそう思っていますよ」
「もっと早くに出会って、結ばれたかった……」
弁えることを忘れ、言葉は零れる一方だ。この世で唯一私の全てを許してくれる、お優しい人だからだ。
「遅くはない」
「……え?」
「こんな老いぼれでよければ、ですがね……」
「します! 結婚します! あぁ嬉しい!」
信じられない。喜びのあまり、昇天してしまいそうになった。
この人からこんな言葉を云っていただけるなんて、思ってもいなかった。そうだったらどんなにいいかと妄想するだけの世界だった。こんな幸福なことがあっていいのか。
「大丈夫。共に生き、ここを、より良いものに二人で変えてゆきましょう」
「えぇ勿論ですわ! 尽力致します! あなたのために!」
そうだ。私はまだ腐っている場合ではない。
だって、こんなにも明るい未来がある。
「……お熱いところ、すみませんねぇ……」
ドアにもたれかかる、白衣を着た包帯だらけの男が云った。二人の世界に浸っていて、いることに気が付かなかった。勝手に部屋に入り邪魔をするとはなんて無粋なのか。
「誰よ! ノックもできないの!」
「……したのに気付いてくれないから割って入ったんですよ……。ドクター奈須川……」
男の声は掠れた声で、ゆっくりとしか話せないようだった。
「…………ドクタータオね。足まで生えて喋れるなんて、どうやってそこまで回復できたのかしら。助かる見込みもなかったから、ただの点滴しか私はしてないわよ」
タオは歯を見せて不敵な笑みを浮かべた。一番損傷が激しかった足が生えたといっても、体はボロボロのようだ。剽軽な彼の姿はもうそこにはなかった。
「……置いてあったものですから、歯を飲んでみたんです。死ぬくらいなら自分が被検体になろうと……」
「ほぅ。研究者冥利に尽きるね。まずまずの適合だと見える」
大鳳さんは気づかぬ間にマスクを被っていた。タオは大鳳さんの素顔を見ただろうか。
「……やはり宇智田美生のようには、いきませんね。ここまで回復できただけでも自分を褒めたい……。でもこれは、ドクター奈須川、あなたの息子さんのおかげですよ……」
「慧さんのおかげ? どういうことかしら」
「……僕を鼓舞する言葉を投げ掛けてくれたので、自分にも強い生命力が生まれたと感じたんです。いらっしゃらないようなので……ぜひお礼を言っておいてください……」
「えぇ伝えておくわ。それよりあなた、変な汁が落ちるから包帯を巻きなおしてちょうだい。手を貸すから」
私は手袋をつけて、仕方なくタオに肩を貸した。でないと部屋が穢れる。随分と気味の悪い男になったものだ。
「……ドクター奈須川、あなたの研究を手伝わせてほしい……」
「は?」
「もう、ドクターアンソニーはいませんから……。本当に尊敬するあなたの元で、研究を続けたい。この命も……あなたの持っていた歯で、救われたのですから……」
どこか信じがたい。だが優士によって助手の殆どが殺されてしまった今、技術を持ったタオが自分の助手になることは利になる。
大鳳さんを見た。
「私は賛成だね。美鈴君にもタオ君にも、お互いが必要だと思うよ。皆で協力しよう」
「……承知しました」
そう返事をして、部屋を出た。
大鳳さんがそう云うのなら、そうするまでだ。損は何一つない。私の未来は明るい。
兎も角、今はタオに化膿止めを塗って包帯を変えなければ。臭いも酷い。
「……そうだ。ドクター奈須川……」
「何かしら」
「ご結婚、おめでとうございます」
――プスッ――
私の未来は。




