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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第4章 ◆ 想イ人
59/87

‐ 第58話 ‐ get on

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 まずはバイクが必要だった。あと、大鳳教とかいう変な服を着た連中に変な服を着せられていたから、服も必要だった。


 手っ取り早くバイク屋を襲おうかと考えぶらぶらと歩いていると、煙草屋の前にバイクに跨ったちょうど良い奴を見つけた。

 取り敢えず襲った。


「お前ファッションセンス良いな。ライダースは好きだ。しかも俺にサイズぴったりときた。このバイクは何年式だ? 見たことねぇ。まぁ悪くはねぇし、これでいいか。お前もそう思わねぇ?」


「えっ……と、あたしバイクは詳しくなくて……」


 タラスに聞いたつもりが、煙草屋の女の子が答えた。()()()()()()()()()()()()()()()。タラスと話すときは心の中で喋らなくてはいけないのに、なかなか慣れない。


 襲った男の服を着て、バイクの鍵と財布を貰った。腕時計は他人の物を付けても起動すらしないから意味がない。財布の中身はしけた額だったが、持っていただけ運が良い。男には悪いと思うが、こうしないと俺とタラスの目的は何も始まらない。ついでに煙草も買うことにした。


「セッタちょうだい」


 女の子は俺に下着一枚姿にされた男を心配そうに見ながらも、直ぐに煙草を出してくれた。ちょっと怯えているので申し訳ない。


「ん? これじゃないぜ?」


「え? セッタですよね? 名前が変わって、今はこれですよ」


 ……そうだ。俺は死んでいたのだから、年月が経っているのは当たり前だ。男から奪ったバイクも、妙にデザインが最先端な気がする。


「あぁ~それでいいや。あとさ、一つ聞きたいんだけど、今って何年?」


「二〇七五年ですけど……」


「二〇七五ォ⁉ ……ってことは、俺が死んで七ね」


《おい。店員が引いてる。これ以上おかしなことを言ったら通報されるぞ》


 頭の中でタラスが忠告した。忠告にすら返事をしそうになったが、ぐっと堪えた。


「なんでもない。ごめんな。俺ボケてたわ。煙草ありがと」


 急いでエンジンをかけ、煙草屋から逃げるようにバイクを走らせた。なんて静かなエンジン音なんだろう。自分が生きていた頃乗っていたバイクとは、別の乗り物のようだ。まぁあの頃は中古だったが。


《絶対に不審者だと思われたぜ。あれは確実に通報されたな》


《大丈夫だろ。最後に決め顔かましといた。それよりこのバイクすげぇぞ。静かすぎる》


《お前が死んでから七年も経ってるんだ。そりゃ技術も進むだろ》


《おい。俺今ずっと口開かずにお前と会話してるぜ? すげぇだろ》


《…………》


「おい無視すんじゃねぇ! 不安になるだろうが!」


 結局俺は、怒ると直ぐに言葉が出てしまうようだ。


 バイクを走らせていると、美生のことを思い出した。走れば走る程思い出した。

 あれから七年経ったということは、美生は今二十五歳だ。俺が死んでからどうしているのだろう。二十五歳ってことは、もう結婚しているかもしれない。子どもがいたっておかしくない。俺のお袋は俺を二十歳で産んだのだから、全然おかしくない。俺が死んでから誰かと付き合って、それで、それで……?


 格好悪いが、一旦バイクを停めて心を落ち着かせた。どうしているのか気になって仕方がない。


《どうしたんだ?》


「ちょっとな、気になることがあって、寄りたいところがあるんだけどよ、俺は今何処を走ってるんだ?」


《……市内だな。何処に行きたいんだ》


「市内かぁ。ちょっと遠いな。京都なんだよ。大した用事じゃないんだ! 先にお前の職場に行こう」


《行きたいんだろ? いいぜ。飛ばせばすぐだろ。()()()()ばっかり優先させるのも悪い》


「……まじで? じゃあ~俺の用事はお前の用事。お前の用事は俺の用事だな? 悪いな!」


《やっぱ馬鹿だなお前……。さっさと飛ばせ》


 理解ある相棒を持ったものだ。

 会ったら美生はどんな顔をするだろう。

 驚いて、喜ぶだろうか。泣くだろうか。それとも怒るだろうか。

 何はともあれ、飛びきりのサプライズだ。




 美生の家に着いたものの、車もなく、物音もせず、誰もいないようだった。


「出掛けてるのか? おばさんも姉ちゃんもいないのか……」


 家の横にある小屋のシャッターを勝手に上げた。七年前はこの中に、家で使わなくなったソファが置いてあった。美生の家に来ると俺のバイクもここに停めて、あの頃ハマっていた音楽を掛けて、ダラダラと二人で寛いだ。


 でも今は、あのボロくともふかふかのソファはない。ただの物置だ。俺のバイクがあるかもしれないと思ったが、なかった。


《女だろ? 七年経ってるんだ。引っ越していてもおかしくない》


「それはあれか? 結婚して、何処か違うところで暮らしてるってことか? もう俺のバイクも売ってしまったってのか?」


《落ち着けよ。ダメなことなのか? お前が死んでも逞しく生きてるってことだろ。死んだお前を思って病みながら生きられるのと、どっちが女にとっていいと思う》


「お、俺はまだ、お前みたいに中身が大人じゃねぇんだよ。十八のあの頃のまんまなんだ! 正直言って、俺が死んだせいで病んでるあいつも嫌だし、かといって何処の誰だかわかんねぇ男と、け、結婚してるのかと思うとそれも辛い! なんかぐちゃぐちゃだ!」


 ぐちゃぐちゃ。

 それが今の俺の気持ちを的確に表している。情けないがあいつが俺以外の奴とそういうことになっていると想像するだけで、こんなにも動揺してしまう。


《何も、結婚したとは限らねぇだろ。人口の半分以下しか結婚しない世の中だぜ。家に誰もいないだけで妄想が広がり過ぎだ》


 タラスは仕方なさそうに俺を慰めた。その通り。決してそうとは限らない。


「そうだな。言われてみれば、あいつのことだから俺のバイクで日本一周してる頃かもしれねぇ。確かおばさんも北海道に移住したいとか言ってた。そう思えばいろんな可能性がある」


《……幸せな奴だな。全く、優士が俺より年上だなんて思えないぜ》


「え! いくつだ!」


《十七》


「まじかよ! 一体どんな人生を送ったらそんなアダルトな十七歳になるんだよ!」


《いろいろあったからなぁ》


 俺と同じ高校にタラスがいたら、この大人っぽさで嘸かしモテただろう。

 でもタラスは学校に行かず、年齢にそぐわないスーツを着て働かなければならないほど、苦労を重ねたのだ。こいつからしたら俺は、幸せなまま死んだちっぽけなガキの命だ。


 俺の生きてきた人生はタラスに見える。俺がどう感じて生きてきたかは、感じることができない。見てどう感じるかはタラス自身だ。


 俺もタラスの人生を見ることができる。だが、タラスはあまり見てほしくないようだった。垣間見るだけでも、俺には暴れ出しそうなほど壮絶なものだった。


《おい。あそこにある布被ったやつ、あれじゃないのか?》


 タラスの云った方向に目をやると、小屋の奥に埃の被った布が何かに被せてあった。壁の色と同化して見落としていた。布を取ってみる。


「あぁー! あった! こんなところにいたのかお前ぇ! てことは」


 あの頃のままの、俺のバイクがあった。


 俺は急いで棚に置いてあるお菓子の缶を開けた。

 予想は的中した。缶の中にはバイクの鍵があった。宇智田家の人間は無防備だと思わないのか、鍵をここに入れる習性がある。美生が俺のバイクで日本一周しているという可能性は無くなったが、俺のことを知っている奴に出会えたような気がして、嬉しくなった。


「よし! んじゃぶっ殺しに行くか!」


 タラスは返事をしなかった。無視しているわけではない。たまにこうして、突然眠ってしまうのだ。眠っているのが正しいかどうかはわからないが、俺はそう思っている。


 こういう時に、タラスの生きてきた人生を覗き見にいく。

 タラスは優しい男だ。だから俺に全部を見せようとしない。でも俺は、これから奴等を殺しに行くのに、互いの腹の底を見ておきたいと思う。


 話はちょっと変わるが、俺は病気になったとき、美生には最初、病気のことを黙っていた。そのことを知った美生は鬼のように怒ってこう云った。


 ――自分を心配する相手に隠し事をするのは相手のためなんかじゃない。失礼なことよ――


 心配とはまた別の感情だが、今俺がタラスに抱いている感情は、これに似ている気がする。大人なタラスはそれをわかっているから、何も云わないのかもしれない。



 タラスの人生を見ながらバイクを走らせると、スピードはどんどん加速していった。

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