‐ 第54話 ‐ reincarnation
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
美生がいなくなってから、何処にいても、何をしていても空気が淀んでいた。皆が自分を責めていた。中でも、目に見えて凱が精神的ダメージを負っていた。自分のことを守ったがために、美生が犠牲になったと思い込んでいた。ベッドの上で飛び跳ねるほど元気だった凱の姿は見る影もない。
淡路島に戻ることはできなかった。大鳳教の連中は美生の遺体と凱を探しているに違いない。逃げなければならなかった。行く当てもなくケイトの車は進む。
しかし、いつの間にかケイトは行先を決めていたのか、車はあるところで停車した。
「景色が良いですから、少しは外の空気でも吸いましょう」
気を利かせたのか、ケイトはそう云って車から降りた。
降りると湖が広がっていた。車から外の景色を眺めるなんてことは誰もしなかったため、見当もつかなかったが、琵琶湖と書いた看板から滋賀であることがわかった。
景色が良いと云ったが、誰も、何も云えなかった。自分達を写したかのように、琵琶湖は酷く淀んでいたのだ。ケイトも想定外だっただろう。琵琶湖の水質汚濁がここまでだとは知らなかった。
凱は一人で歩きだし、砂浜で腰を下ろした。何を思っているのか、鼠色の湖を一人で眺めた。
俺とケイトは黙って見守ることにした。子どもといえど、一人になり一人で考えたい時があるだろう。今はそうだ。
「すみませんでした……。頬を思い切り殴って」
「いや……もう凱に治してもらったし、あの場合は仕方ない」
夕陽に紫外線を感じたのか、ケイトは胸ポケットからサングラスを取り出し掛けた。
「車の中じゃ聞けなかったんだが……あの夜、一番に銃声が聞こえたんだ。部屋のすぐ傍で。それから部屋に近付く足音が聞こえて、遠ざかった。部屋を出るのも危険を感じたし、揺れが始まったから地下通路でカフェに逃げたんだ……。あの銃声はなんだったんだ? あれからRMSの崩壊が始まったように思う」
「それは、車の中に凱君がいたから聞かなかったのですか?」
「あぁ、何となくな」
「……優しいんですね」
ケイトは凱の背中を眺めた。
「あの銃声は恐らく、世良先生の放ったものでしょう。フロアには銃で撃たれたデックスが亡くなっていました」
「え……」
「二人の間に何があったのかはわかりせんが、世良先生がRMSの情報を売ったとみて間違いないかと。あの状況で生きているとは思えませんので、王を道連れにしたんでしょう」
「なんでそんなことしたんだ!」
「わかりません。王と世良先生は教師と教え子の間でしたから、私たちが知らない過去や理由があるのかもしれません。それでも私は決して許せませんが……。大鳳教に潜入していた仲間からの連絡も途絶えてしまったので、そこからも情報が漏れたのかもしれません」
「じゃあもう、完全にRMSは壊滅したったことだ」
「そうです」
「じゃあ、なんであんたはまだ俺と凱を助けるんだ? 雇い主がいなくなったんだから、もう解放されていいだろ」
「……私は世良先生と違って、王に忠誠心がありますから」
悲しんでいるのは凱だけではない。絶望したっていいはずなのに、ケイトはケイトのままだった。
「あぁこれ、ぼろぼろだけど、あんた宛だったから一応持ってきたんだ」
自分の口からカフェという言葉が出て思い出し、ケイトに渡した。
「神部さんの手紙ですね。この方にも迷惑を掛けました。謝罪はいつになるやら……」
手紙を読み、ケイトは少しだけ笑顔を見せた。
「もう一つ、謝らないといけないことが」
「ないだろ」
「あるんです。RMSに勇魚さん達が来た日、私は『100%や完璧など存在しない』と言いました。それなのに私は美生さんと過ごすうちに、この人は絶対に死ぬことはないと思うようになりました。再生はすると言っても、死なないと誰も証明できたことはないはずなんです。周りも本人も死なないと信じ切っていただけだと思うんです。そんな考えで美生さんの乗っているヘリに攻撃をしたのですから、美生さんが見つからなければ、私が美生さんを殺したことになります。恨むのなら私を恨んでください」
「なんでだ。そんなこと言ったら俺だってそうだ。体が再生するからって、あいつに頼ってばかりで、あいつに救われてばっかりだったんだ。それなのに俺、あいつに向かって『命を大事にしろ』とか言ったんだ。……くそだせぇ。カフェに辿り着いた時、あんたらを助けに行くのだって本能では動けなかった。躊躇したんだ。あいつは自分の体が再生するのを知っているから人を庇うんじゃないんだ。本能で動けるんだ。そういう……人間だったんだ……」
これ以上は美生のことを語れなかった。凱を守らなければならない。進まなければならないのに、心の中の霧は晴れない。美生がいないと俺たちはこんなにもダメなのだ。
ふと、砂浜を幼い女の子を抱えた男が歩いてきた。夕暮れの湖を背景に絵になるものだが、男は浮かない顔をしている。凱の方へとどんどん近づくので、俺とケイトは警戒する。警戒するものの、子どもを抱いた父親という想定の安心感だけで、凱に近付くのを許してしまう。
男は女の子を腕から降ろした。
女の子は立派に自分の足で歩き、凱に近付いた。




