‐ 第52話 ‐ 禁忌
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
[]内は英語を表しています。
大鳳生命研究所にて、報告会議が行われた。出席者は教祖である大鳳泰雲、アンソニー・ジェンキンス、奈須川美鈴、タオ・ユリエル、尾澤慧だった。マスクで表情のわからない教祖を除き、皆重苦しい顔をしていた。
[まずタオの方から進捗状況を聞こう。あれから宇智田美生の捜索の方はどうなったかのな?]
会議はアンソニーによって取り進められた。アンソニーが日本語を話さないため、それに合わせ会議は英語で進められる。
[申し訳ありません。あれから毎日捜索を行っているのですが……見つかったのは操縦士の体の一部だけで、宇智田美生の体は未だに見つかっていません……]
タオは心から悔しそうに報告した。
困難を極める捜索の中、漸く美生の体の一部を見つけたと思い、手に取ったそれが操縦士の体の一部と知った時は、我を忘れもう一度海に投げ捨てようとしたくらいである。信者が止めに入らなければ、操縦士の体は何も残っていない。
[海に沈んだ死体の捜索はかなり困難だろうからね。海洋生物の餌になっていてもおかしくない。この場合捜索は諦めるのが妥当だが……ハハ。諦めたくない気持ちは痛いほどわかるよタオ。実にこの手で研究したかった。でも仕方がないんだ。凱の捜索の方はどうだ? 慧]
[……依然、部下が捜索を続けていますが、見つかっていません]
[そうだった。病み上がりで君は現場に出ていなかったんだね。どうだい? 足の調子は]
[……お陰様で、だいぶ良くなりました]
この場の不穏な空気の大半は、尾澤から出ていると云っても過言ではなかった。落ち込んでいるとはいえ表情豊かなタオに比べると、尾澤はやつれているようにさえ見える。そんな幹部補佐の二人に比べれば、幹部二人の表情はましなものに見えた。
[では美鈴。回収した凱の歯の実験は何か発見があったかね? 一応、聞いておこうか]
アンソニーは自分がナンセンスと突き放した研究が奈須川の手に渡り、進展があったとは思っていなかった。
[進展は、ありましたわ。私が所持していたほぼ危篤状態の被検体に凱の歯を取り込みました。すると面白い結果が]
奈須川の発言に、アンソニーは堀の深い目を大きく見開き反応を示した。
[被検体は、損傷も激しく脈拍もかなり微弱でした。ですが凱の歯を取り込んだところ、今は殆ど回復し、心臓も通常の人間と同じように機能していますわ。ただ……]
奈須川はちらりと教祖に視線を向けた。
教祖はまだ一言も発せず、ただ素直に報告に耳を傾けているのか、殆ど成果のない報告に憤りを感じているのか、まるでわからなかった。
[意識が戻りません。そのためか、強制的に他者の傷に触れさせても、再生させることはありませんでした……]
[意識が戻る見込みはあるのかい? 君の目から見てどうだ]
[…………既に何日も様子を見ましたが、はっきり云って戻ることはないかと。体だけが生きている状態といっていいですわ]
[それではダメだ。寝たきりの患者と一緒じゃないか。ちなみに被検体のデータは? 宇智田美生とどう違うか比べてみようではないか]
即座にダメだと切り捨てたアンソニーに、奈須川は腹が立った。だがアンソニーの言う通りだと理解はしていた。それ故に教祖の反応が気になっていたのだ。
[被検体は十七歳男性。血液型O型。国籍は欧米の何処か。氏名はタラス・レスチェンコと名乗っていたそうです。表の人間ではありませんから、これ以上の情報はありません]
[ほぅ。違うのは性別と国籍。宇智田美生もO型。歳は少し若いんだな。違いがあると云えばあるが、私が先に実験した三体とさほど変わらないな……。美鈴、君にはどうしてもその少年で実験したい理由があったんじゃないか? どうだい?]
タオと尾澤も奈須川に注目した。教祖だけは、前を見据えたままだった。
[……その少年に、強い生命力を感じたからですわ……。いけないかしら? こんな漠然とした理由で。私が取ってきた歯でどう研究に使おうと、私に決定権があるわ。私はその少年に歯を使ったことを後悔していません。僅かな一歩でも、ここから何かに繋がるはずですもの!]
[わかったわかった。会議中なんだから、そうプリプリしないでくれ。そしてその理由を私は評価するよ。生命力……。素晴らしいことだ。後でその少年に会わせてくれ]
生命力と聞いて、タオは美生のことを思い出していた。また興奮してしまいそうで「いけない」と心中で言い聞かせた。
突然、教祖が大きな拍手をした。漸く反応を示し、皆が教祖に目を向けた。
[美鈴君。君の言う通りそれは素晴らしいことだ。よく研究してくれたね。タオ君も慧君もよくやってくれた。有難う。しかしね、もうあまり、時間がないんだ。広大な海を捜索する時間も、少年の変化を待つ時間も。さてどうする。それを皆で考えてみないかい?]
教祖は顎に手を添えた。穏やかな声色で、マスクの下も穏やかな顔をしているだろう。奈須川なぞは教祖の声を聞いただけで恍惚としている。
だが、尾澤にはその穏やかさが逆に恐ろしく感じた。香雲館の地下の地獄が蘇る。騙されてはいけない。教祖は只者でないと、今一度自分に云い聞かせた。
[まず、宇智田美生の捜索は打ち切ろう。凱君を探す方に力を注いだ方がいいね……]
教祖のこの言葉に、尾澤は鳥肌が立った。
足の怪我がなんだの云っている場合ではない。早急に自分も動かねばならないと察知した。教祖は美生を諦め、的を凱に絞ったのだ。
[お、お待ちください。私は引き続き研究に力を入れたいと……]
奈須川は被検体の少年を諦めきれなかった。
[勿論ですよ。ですが、研究はアンソニーと共同で、仲良くやってはどうかな? 一人の知恵より二人の方が、何か掴めるかもしれませんよ]
これは奈須川にとって望ましくないことだった。また自分の研究をこの男に横取りされる。そう思っていた。
一方アンソニーにとっては好都合だった。奈須川の成果を軽んじた口振りだったものの、彼もその少年に夢を抱いていた。
そしてその夢を実現する方法を、もう頭の中で描きあげていた。
[あのぅ……僕はどうすれば?]
タオが心配そうな面持ちで訊ねる。
[タオ君も研究に混ざるといい。偉大な医師二人の元だ。勉強になる]
タオは美生捜索の中断に名残惜しさを感じつつも、尾澤の凱捜索に加わることにならず安堵した。
[では、会議を終わろう]
そうして、教祖は会議室を去った。
尾澤は自分の真横を教祖が通り過ぎた瞬間、冷や汗が噴き出た。
部下を総動員で動かし、早急に凱を見つけなくはならない。強烈な強迫観念に襲われていた。
深刻な表情で椅子から立ち上がることもできないでいる息子には目もくれず、奈須川はアンソニーの顔を見て溜め息をついた。
[そんな顔しないでさ、仲良くやろうじゃないか]
[あなたはどうしてそんなに嬉しそうなのよ。馬鹿にしてたくせに]
[馬鹿になんてしてないさ。素晴らしいと言っただろ? 私の本心さ。それにねぇ……]
勿体ぶるアンソニーに、奈須川は眉間に皺を寄せた。
[良いモノを持っているんだ。君も絶対に喜ぶよ]
そう云ったアンソニーの顔は、マッドサイエンティストそのものだった。
[美鈴。これから時間はあるかね? ドクタータオも]
[勿論です。ドクターアンソニー]
[……構わないわ]
[では二人共私の研究室に来たまえ。大鳳はお急ぎのようだからね。早いに越したことはない]
奈須川とタオは顔を見合わせた。アンソニーが随分と上機嫌だったからだ。この男の上機嫌に碌なことはないと、二人は知っていた。
アンソニーの研究室に訪れると、彼はキャスター付きの棺桶を押してきた。死体が入っていることはわかるが、ただの棺桶ではない。御扉は無く、やけに筒型である。
奈須川は眉をひそめた。
[これって……似たようなものを、見たことある気がするんだけど]
[そりゃそうだろ。昔、君の元元夫に私が注文した]
[勝手なことしないでよ!]
[昔のことだろう? それよりこの中身さ、君が喜ぶモノ♪]
流石にこれ以上は奈須川を怒らせられないと思い、アンソニーは棺桶のドアノブを素直に回し開いた。
[……一体、これはどうしたの? 最近良い死体を買ったばかりだけど、ここまでじゃなかったわ]
[それは君の元元夫の技術に感謝だよ。すごく状態が良いだろう? 七年前に大学病院から買い取ったのさ。あまりに良い死体だから、大事に今まで取っておいたんだ]
――それはタラスの体とは対照的な、何の損傷もない、綺麗な少年の死体だった――
アンソニーが大事に取っておくのもわかると、奈須川は共感した。
生きた人間のような死体だった。
[次はこの少年に歯を取り込むのですか?]
タオがアンソニーに訊ねる。
[ナンセンスだ。同じことを何度やったって意味がない]
[ではどうすると?]
[脳移植だよ。それに伴い必要な臓器は全て移植する。状態が良いといっても彼は病気だったからね。ダメになってるところがある]
タオは言葉を失った。奈須川には大方予測がついていた。
タラスの脳を、この少年に移植するのだ。
[ですが、脳移植は禁止されているはずでは……]
[ナンセンス。脳移植、私の得意分野だよ。タオ、良い勉強になる]
タオは気づいた。教祖はこうなることをわかっていたのだ。
[ドクタータオ。美鈴の研究室からタラス少年を運んで来てくれ。直ぐに始めよう]
アンソニーは少年の死体を前に舞い上がっていた。こうなれば誰にも止められない。
それをわかっていたタオは、足早に奈須川の研究室へと向かった。
第三章、完
第四章へ続く




