‐ 第40話 ‐ 混沌
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
奈須川は細い煙草に火を付けた。
「だから、RMSという名前に僕は聞き覚えがあった。それで数年後の今日、基君の愛する人を助ける代わりに、凱君という少年の居場所を教えてくれと頼みました。そうすれば、大鳳教で研究した凱君の細胞で、必ずその人を助けることができると……」
「何故あなたが凱を知っているのか、その医師は不思議に思わなかったの?」
奈須川の問い掛けに、タオは笑みを浮かべた。
「基君も馬鹿ではありませんから……。僕たちはね、お互い敵対する組織に所属しているんじゃないかって、最初からわかっていたんですよ。基君は優秀。それなりに腕の立つ医師です。RMSなんて怪しい派遣会社で医師をやっているなんて、身の丈に合っていない。盲愛の話でその女がRMSにいることはわかりました。そして基君は、その女を救うには凱君しか頼りにできないとわかっていたんです。床に臥せる間は自分のモノだが、死んでしまうことだけは耐えられない。葛藤の末、救いたかったんでしょう。でも凱君の居場所を教えるとRMSを裏切ることになる。愛する女の命とRMS、どちらを取るかは賭けでしたが、僕の思った通りだった」
「まー、酷い人ね」
「酷い?」
「えぇ。あなた賭けを楽しんでいるじゃない。でも私も賭けるとしたら、あなたと同じだったわね」
「一応聞いておきますと、何故です?」
「簡単な答えよ。何回結婚してると思ってるの。余程その女のことが好きだっただけよ。全てを投げ打ってでも救いたかった。恋は人を狂わせるっていうじゃない。あなたが思うとっくの前から狂っていたのよ……。で! その医師と女は何処なのよ。凱の細胞で治るなんて嘘ついたから、殺したの?」
奈須川は珍しく感傷的になったかと思いきや、痺れを切らしたかのように態度を変えた。
「嘘は嘘でも可能性のある良い嘘です。裏の脱出通路の出口で落ち合うはずだったんですけど、時間になっても現れないので慧さんが爆破しちゃったみたいですね」
タオは危うく、親子揃って急勝だと口にしそうになった。
「あらそう。結局あなたに利用されたのね。ねぇ、それより、『最初からRMSが敵対する組織』だと、わかってたって言ってたわね? ならもっと早くこの子を捕えられたんじゃないの!」
奈須川はまた声を荒げた。
「怒らないでくださいって! 『敵対する組織なんじゃないか?』って不確かだったんですよ! うちを敵視する組織なんていくらでもありますし! そもそもこれ、慧さんの仕事ですし! 一役買ったんですから、ドクター奈須川から教祖とドクターアンソニーに上手いこと言っておいてくださいよ?」
息子のことで図星を突かれ顔を歪ませた後、奈須川は煙草の煙をタオに吹きかけた。
タオは細い目を更に細める。
「おこがましいわねぇ……。わかったわよ。確かに、慧さんよりは役立ってくれたしね。さぁ、そろそろ宇智田美生の方も捕まえたかしら? 先に戻っていいのかしらね」
「ていうかさっき、慧さん撃たれてませんでした? 見間違いかな」
「防弾チョッキくらい着てるでしょう。男の子だから丈夫でしょ。心配ないわ」
取るに足らないことだと、奈須川は煙草を咥えたまま喋った。
タオは心の中で尾澤を哀れに思った。この毒親に振り向いてもらうため必死なのだろうが、それは決して叶わないだろう。息子を道具としか思っていないのだから。それに気づかず馬車馬のように働く尾澤は、タオの目に滑稽に映った。
「それ、麻酔でも入ってるの?」
奈須川は顎をクイと動かし、凱に突き刺さった槍のことを訊ねた。
子どもの前でも副流煙を気にせず煙草を吸い続ける。どれだけ吸い込もうと美しい肺でいられる凱には無関係なことだが、タオは奈須川のそういった姿勢も気に食わなかった。
注意しようかと言葉が出かかったが、タオはこの状況で無駄な労力を費やすのを止めた。
「入ってますよ。でもこの子なら、もうそろそろ起きちゃうでしょうね。できれば騒がれる前に本部に戻りたいんですけど」
タオがそう云った直後、足元から鉄を叩くような音がした。聞き間違いかと思ったが、音は次第に何度も聞こえてきた。
「ドクタータオ。ヘリの足元に何かいるようです」
操縦士が報告する。
カメラを確認すると、人影が映った。
「嘘だろう……。傭兵なら勘弁だ。戦える人間いないし……」
操縦士がカメラを数回切り替える。
「ドクタータオ! 宇智田美生のようです!」
「え! 凱君を取り戻しに来たのかな。死なないからって無茶するなぁ。どうしよう」
「自分から来てくれたのなら有難いじゃない。宇智田と凱にしか用はないんだから、引き上げてあげたらどう?」
奈須川は他人事のように落ち着いていた。
「……うっ……痛いぃ~! あぁーー!」
麻酔が切れ、凱が目を覚ました。刺さったままの槍のせいで再生できず、痛みに声を上げる。
「あぁもう最悪ね。こんな時に……。誰か黙らせてちょうだいよ!」
「それより宇智田の方はどうするんです!」
ヘリの中は凱の泣き叫ぶ声と、宇智田の対応に慌ただしくする者の声で散々だった。
苛立ちが限界に達し、奈須川はとうとうヒステリックを起こした。
「いいわもう! このまま本部に飛んで!」
「ほ、本当によろしいのですか?」
「飛べと私が言ってるでしょう!」
操縦士の問い掛けに奈須川は居丈高に怒鳴った。奈須川には何よりも、凱の泣き叫ぶ声が我慢ならなかった。
「傷口が塞がれば大人しくなるでしょう。抜きますね」
見兼ねてタオが凱の胸に刺さった槍を抜き取ろうとした。胸を抉る痛みに、凱は喉が潰れるほど叫んだ。
「あぁ煩い……! お願いだから、これ以上声を出さないで」
奈須川は両耳を塞いでそう云った。若々しかった顔は少し老けている。
凱に刺さった槍を抜き終わった瞬間、爆音と共にヘリが大きく揺れた。横風な態度で座っていた奈須川はバランスを崩し、床に手をつく。凱を乗せた担架は傾いた方向へと滑っていく。
「何! 今度は何だっていうの!」
転んだタオは手をついて立ち上がり、窓から地上の様子を見た。
金髪の女がこちらを目掛け、何かを放とうと構えていた。




