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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第1章 ◆ 2075年
4/87

‐ 第4話 ‐ オザワフロンティア

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。


[]内は英文を表しています。

 英語を身につけさえすれば、通訳の仕事は簡単だ。案内しながら説明する工場長よりも、それを聞く立場の外国人の方を重視して上手いこと訳してやる。時には工場長が云っていないことも、俺が勝手に付け加えたりする。その方が会社にとって好印象になるに違いない。


 京都工場は俺の想像よりも遥かに大きく、地上三階から地下二階まであった。京都の田舎に位置する工場と云えども、流石は大手なだけはある。




 上手く言葉が伝わったのか、反応の良いコリン氏に工場長も気を良くし、特別に、今は殆ど使われていない昔の冷凍機器の保管場所である地下二階に案内すると云った。


[おぉ。とても素晴らしいです]


 古びた冷凍機器に対しても、コリン氏は誉め言葉を使った。事実その瞳は子どものように輝いていて、素直に出た言葉のようだった。


 傍にいた俺自身も、初めて見るそれらに興味が湧いた。

 大昔の金庫を思わせるような木製で出来た冷蔵庫や、昭和感漂うショーケース型の冷凍庫。自社の製品ながら、過去にこんなものまで製造していたとは知らなかった。


[こちらは何ですか? これも冷凍庫?]


 コリン氏は顎に手を添えて、並べてあるそれを珍しそうな目で見つめた。


「あぁ……それは移植臓器の保管用冷凍庫です。保管状態が今一つ良くなくてですね、製造中止になったのですよ。もう十年程前のものになりますがね」


(へぇ~そうなのか……)

 心の中で思いながら、工場長の言葉を英訳する。


 それは円柱型の、ガロンボトルのような形をした冷凍庫だった。従来の冷凍庫よりも小さく、俺の膝下くらいまでの大きさしかなかった。改良を繰り返したのか、似たような形のものが三つ並んである。


[御社は医療製品にも力を入れていますよね。まだ最近のことかと思っていましたが、それ程前からだったとは、知りませんでした]


 その理由は知っている。尾澤社長の元妻である、奈須川美容クリニック院長の奈須川美鈴(なすかわみすず)が関係しているのだ。多方面の美容分野に精通しており、あらゆる薬品や臓器の保管に特化した冷凍機器を、奈須川院長が尾澤社長に製造するよう命じていたという。超特急で開発していたらしいが、板につき、売れるのにここまでの歳月がかかったということだろう。

 

離婚原因は噂によると、奈須川院長の入信していた宗教が原因らしい。それは夫である尾澤社長にとって気の毒かもしれないが、奈須川院長のおかげで医療用冷凍機器が売れるようになったのだから、会社としては憎めない存在だ。


「では、そろそろ戻りましょうか」


[はい。おや? まだ下があるのですね]


 保管室を出て、コリン氏はエレベーター横の下に続く階段を覗き見た。

 階段にはチェーンが掛けられており、チェーンには赤字で、


 ――No Entry(立入禁止)―― と看板が掛けられている。


そもそも、地下は二階までしかないと最初に工場長が説明していたから、存在しないものだと思っていた。


「地下三階は全く使われていないのですよ。ここもですが、物置のようなものです」


 工場長はそう云うと、すぐさまエレベーターのボタンを押した。


 ふと、足元に寒気がした。

 何だか気になって、もう一度地下三階に続く階段を見る。

 下から冷気が上がってきているような気がした。

 きっと気がしただけに過ぎない。そうだとわかっていても、昼間なのに薄暗いその階段は、何だかとても気味が悪かった。


「――ホカリサン?」


 コリン氏が俺の名を呼んだ。二人共既にエレベーターに乗っていた。通訳の俺が二人を待たせるなど、あってはならない。


 慌ててエレベーターに乗り込む。

 その時、何か物音がした気がするが、気にしている場合ではなかった。




 無事に京都工場での仕事を終えホテルに着き、俺は倒れ込むようにベッドへと身を投げた。やっと明日から有休だ。


「あ~……」


 通訳自体は簡単な仕事と云えども、広い工場内を歩き回ってのそれはかなり疲弊した。自然と気の抜けた声が出てしまうあたり、俺も歳を取ったと感じる。

 

 風呂の湯を沸かすには些か早い気がするが、今日は早く眠りにつきたい。今は何時だろうか。

 時間を確認するため腕時計を取り出そうとポケットに手を入れた。が、……ない。

 工場に入る前、腕時計の電源を切ってポケットの中に入れたはずなのだが……中には何も感触がない。

 

 突如生まれた心配事が、鉛のような体を直ぐに起こさせた。

 まず鞄の中を探す。しかし見当たらない。

 まずい……。明日から京都旅なのに。

 予備の腕時計は持ってきていなかったので、支払いなどは全てその腕時計が頼りだった。


 車の中に落としてしまったのかもしれないと思い、急いでホテルを出て車内を探す。

 だが、それでも腕時計は見つからない。


「あぁ~……くそ……」


 ハンドルに頭をもたれ、心当たりがないか探る。

 何処で落としたのだろう。といっても、今日は殆ど工場にいた。落としたら物音でもしそうなのに……。物音?


「あ……」


 地下二階のエレベーターだ。

 あの時、何か落ちたような音がした。コリン氏と工場長を待たせてはいけないと思い気に留めなかったが、それしかない。


 疲れた身体に今日最後の活を入れるように、背筋を伸ばした。こうなったのは誰のせいでもなく俺の不注意だ。早急に対処するほかない。


 車の自動運転機能を手動運転に切り替え、アクセルを踏み込んだ。

 その方が早く着く。


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