‐ 第38話 ‐ 襲撃
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
体が潰される痛みを知った。
瓦礫に埋もれた中でも、あたしの体は心臓を中心に再生し始めた。
瞼を開くことができると、瓦礫の僅かな隙間から三日月が見えた。嫌な月だ。あの日からどうも綺麗に思えない。あたしたちがこんな目に遭っているのを見ているのに悠然と構え、嘲弄しているようだ。
瞼が開いた次には自ずと絶叫した。怒りと憎しみもあるが、全身の壮絶な痛みがそうさせた。落ちる時、尾澤は見下していた。きっと近くにいるに違いない。早く体を再生させ、瓦礫から抜け出してケイトを助けなければ。
徐々に再生している感覚はあるが、体の上にある瓦礫を動かすことが困難だった。
こんなことに時間を費やしている場合じゃない。早くケイトを助けたい。
動かせ、踏ん張れ、気合を入れろ!
全身に力を入れ、何度も自分を鼓舞した。
再生した腕を無理やり折り、腕だけはなんとか胸の前に動かすことができた。
折れた腕をもう一度再生させ、歯を食いしばり、手にありったけの力を込める。折れようが潰れようが構わない。再生するのだから、力を駆使して抜け出す。
獣のように咆哮し、体の上の巨大なコンクリートを押し退けた。潰された足はそれからやっと再生を始める。火事場の馬鹿力か、腕だけの力でよく押し退けることができたものだ。あたしは本当に獣になってしまったのかもしれない。
漸く爪先まで再生し終えた。損傷が大きいほど再生に時間が掛かるようだ。
血を拭い、荒い息のまま辺りを見渡す。――瓦礫に足を潰され、横たわるケイトの姿が見えた。
直ぐに駆け寄り獣の力で瓦礫を退け、ケイトの足に触れる。付け根から爪先まで抉れていた。損傷は他にもあるが、左足が一番酷い。意識はないが、ケイトは生きていた。
もっと早く再生しろ! と何度も自分に命令する。だが、ケイトの足が再生する速度は変わらなかった。
――カチャ――
突然、後ろから頭に銃を突き付けられた。振り返らずとも誰かわかった。
「女から手を放して、手を後ろに回してください」
「…………邪魔しないでよ」
ケイトの再生を続けたまま怒気を含んだ声でそう云うと、何故か頭から銃が離された。
直後、その銃はケイトの左手のひらを撃ち抜いた。反動でケイトの手が魚のように跳ねる。
「あなた自身は再生しても、その女はあなたがいないと別ですから。従わないならその女を撃ち続けます」
尾澤一人にあたしが負けて堪るかと思ったが、瓦礫の上を歩いてくる足音が複数聞こえ、それはあたしの後ろで止まった。そしてそいつらは、あたしではなくケイトに銃を向けていることがわかった。
「あなたが大鳳教に来ればその女は殺さない」
ケイトは意識を戻さない。尾澤に撃たれて左手には痛々しい穴が開いた。せめて足だけでも完治させたい。そうすれば、目覚めた後逃げられるかもしれない。あたしはケイトの足から手を離さなかった。
銃を構え直す音を、後ろの誰かが立てた。
これ以上は無理だと断念し、あたしはケイトの足から渋々手を離す。
尾澤の云った通りに手を背中に回した。
「最初からあなたが逃げなければ、この女もこんな姿にはなりませんでしたよ」
「…………凱は?」
「既に捕らえました」
「勇魚は、どうしたの」
「勿論殺しましたよ。甫仮勇魚もあなたに出会わなければ、出世の花道を歩めた人間だったでしょうに。でも馬鹿な女に付き合ったがために命を落とすんだから、高が知れる。あなたも、つい最近、たまたま、価値のついた人間になっただけなんだ。それを取ったら何の価値もない人間だ。有難く母さんの研究に役立って、世の中のためになればいい」
誰もいない。あたしを庇って守ってくれる人は誰もいない。
こんなことを云われて黙っているあたしではないはずなのに、誰もいないと尾澤の言葉を受け入れてしまいそうになる。最初からあたしが逃げずにRMSに来なければ、誰も傷つかずに済んだかもしれない。あたしだけが大鳳教に行っていたら、もしかすると凱には手を出さなかったのかもしれない。王さんと凱は再会できていたのかもしれない。デックスは死なずに済んだのかもしれない。
全て、あたしが悪いのかもしれない。
ヘリコプターの音が聞こえる。ローターが二つもついた、黒丸が描かれた巨大で威圧的なヘリだ。離れたところでヘリはいくつもの足を器用に底から出し、瓦礫の上に柔軟に着地した。脚力の発達した節足動物のようだ。あたしを迎えに来たのだ。
「さぁ、行きましょうか」
尾澤は後ろに回したあたしの手を掴んだ。あたしは座り込んだ姿勢から立ち上がろうと、腰を上げようとした。
その時、あたしの頭上を何発もの銃が通過した。咄嗟に頭を下げる。
振り返ると、勇魚がこちらに向かって走り、機関銃を撃ち放っていた。
「てめぇ! 勝手に俺たちを殺してんじゃねぇ!」
凱も一緒にいる。捕らえられてなど、殺されてなどいなかった。
勇魚の放った弾丸はケイトに銃を向けていた信者たちに命中した。連続で放たれたそれはケイトに渡された護身用の銃ではなかった。
信者が盾替わりとなったため、尾澤に弾は当たらなかった。咄嗟に尾澤はケイトに向けていた銃を勇魚の方へと向ける。だがその瞬間、意識を失っていたはずのケイトが起き上がり、落ちていた信者の銃で尾澤を撃った。早業だった。ケイトの威力ある一撃は、尾澤を軽く吹き飛ばした。
まだ足の治り切っていないケイトに肩を貸し、勇魚と凱のいる方へ逃げようとした。
だが急変した事態を目にし、ヘリに乗っていた信者たちが続々と下りてこちらに向かってくる。
勇魚は迷うことなく信者たちに銃を撃ち放った。
「大丈夫か!」
勇魚はそう叫んだ。二人とも無事で良かった。
ケイトはあたしに肩を預けながら、壊れかけの腕時計を歯で噛み、無理やり起動させ、早口の英語で何やら音声を入れる。腕時計を付けた左手は尾澤に撃たれたせいで殆ど力が入っていなかった。
いつの間にか、上空からまたもヘリの爆音が聞こえてきた。さっきとは別の一機だ。
ヘリは問答無用であたしたちの元に近付き、逃げるのを阻止した。
別の突破口を探す間もなく、ヘリは足元から変態的に長い筒のようなものを伸ばしてきた。それが何なのかも理解できないうちに、筒は凱の方へ急転回し、中から鋭利な槍を放った。
一瞬の出来事で、それは凱の胸を貫いたまま地面に突き刺さった。
凱は声を上げる間もなく口から血を吹き出し、胸から流れる血は槍を伝った。串刺しの状態で、首は上を向き、手はだらりと地面を差している。
――死んでしまう―― そう思った。
槍は凱の体を貫いたまま速やかに長さを縮め、ヘリの底が開き、回収されてしまった。
中から誰かの手が伸びて、凱を回収するのが見えた。白衣らしき、白い袖だった。
このままでは凱が連れて行かれてしまう。
砂埃をまき散らせ、この場から離れようとするヘリの足に、あたしは飛び乗った。




