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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第2章 ◆ RMS
32/87

‐ 第32話 ‐ 砕破の音

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。


 デックスは一人、ウォッカを飲んでいた。フロアにある固く冷たいテーブルを一人占領し、物静かにショットグラスを傾けていた。


「珍しいですね。こんなところで一人飲んでいるなんて。護衛は大丈夫なんですか?」


「今日だけ許しを貰ったんだ。じゃないと俺だってやってられねぇ。何かあれば勇魚は凱を守ってくれるさ。お前も一緒にどうだ?」


「遠慮します。僕はそんなに強いお酒は飲めませんので」


 男が作り笑いで酒を断ると、デックスは仕方なく自分にウォッカを注ぎ足した。

 男はウォッカと共に机の上に置かれたキーホルダーが目に入った。


「デックスさんのそれは何です?」


 デックスはグラスを置き、キーホルダーの紐を指で摘まみ上げ、男に見せた。


「ダイオウグソクムシだ。強そうな顔をしているからと、俺にはこれを選んだらしい。俺の金だからいらなかったんだけどな、子どものあんな嬉しそうな顔見ちゃ何も言えねぇ。お前のはなんだったんだ?」


「僕のはチンアナゴですよ。強そうなデックスさんとは真逆です」


 男は両手を白衣のポケットに入れたまま笑った。


「そうそう、(ワン)先生のはクマノミでした。元気な色を選んでそうしたらしいです。優しい子ですよね。(ワン)先生もすごく喜んでいました」


 デックスはもう一杯飲もうと折角持ち上げたグラスを、ゆっくりと置いた。


「その『(ワン)先生、(ワン)先生』って呼び方はどうにかならないのか。いつまでもお前の先生じゃねぇんだ。(おう)は俺たちのボスなんだ。凱がお前に懐いてるもんだから、あいつまでそう呼んでしまっている。(おう)は凱の先生じゃねぇ! 母親なんだぞ!」


 突然ぶつけられた怒りに、男は一瞬デックスが悪酔いしているのかと思ったが、そうではない。デックスの目は酔眼などではなく、獣のような鋭い目をしていた。


 嗚呼、本気だ。

 男は思いがけないデックスの言葉に唖然とした。


「そうですね。言われるまで気が付きませんでした……。不謹慎でしたよね。(ワン)先生の一番近くにいたのに、お恥ずかしいです。明日からは早速、呼び方を改めます。……それじゃあ僕は仕事が残っているのでこれで……。デックスさんも、お酒はほどほどにしてくださいね」


 デックスは言葉の代わりにグラスを男に向かって軽く上げた。

 誰かと違って一切反抗せず、すんなりと自分の非を受け入れる。素直だが、何故か気持ち悪い。去る男の背を見ながら、デックスはそう思っていた。






「デックスさん」


 去ったかと思った男は直ぐに戻ってきた。デックスは顔を上げる。


「それでも僕にとって、先生は先生なんですよ」


 一つの銃声が、薄墨色のフロアによく響いた。

第二章、完

第三章へ続く

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