‐ 第32話 ‐ 砕破の音
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
デックスは一人、ウォッカを飲んでいた。フロアにある固く冷たいテーブルを一人占領し、物静かにショットグラスを傾けていた。
「珍しいですね。こんなところで一人飲んでいるなんて。護衛は大丈夫なんですか?」
「今日だけ許しを貰ったんだ。じゃないと俺だってやってられねぇ。何かあれば勇魚は凱を守ってくれるさ。お前も一緒にどうだ?」
「遠慮します。僕はそんなに強いお酒は飲めませんので」
男が作り笑いで酒を断ると、デックスは仕方なく自分にウォッカを注ぎ足した。
男はウォッカと共に机の上に置かれたキーホルダーが目に入った。
「デックスさんのそれは何です?」
デックスはグラスを置き、キーホルダーの紐を指で摘まみ上げ、男に見せた。
「ダイオウグソクムシだ。強そうな顔をしているからと、俺にはこれを選んだらしい。俺の金だからいらなかったんだけどな、子どものあんな嬉しそうな顔見ちゃ何も言えねぇ。お前のはなんだったんだ?」
「僕のはチンアナゴですよ。強そうなデックスさんとは真逆です」
男は両手を白衣のポケットに入れたまま笑った。
「そうそう、王先生のはクマノミでした。元気な色を選んでそうしたらしいです。優しい子ですよね。王先生もすごく喜んでいました」
デックスはもう一杯飲もうと折角持ち上げたグラスを、ゆっくりと置いた。
「その『王先生、王先生』って呼び方はどうにかならないのか。いつまでもお前の先生じゃねぇんだ。王は俺たちのボスなんだ。凱がお前に懐いてるもんだから、あいつまでそう呼んでしまっている。王は凱の先生じゃねぇ! 母親なんだぞ!」
突然ぶつけられた怒りに、男は一瞬デックスが悪酔いしているのかと思ったが、そうではない。デックスの目は酔眼などではなく、獣のような鋭い目をしていた。
嗚呼、本気だ。
男は思いがけないデックスの言葉に唖然とした。
「そうですね。言われるまで気が付きませんでした……。不謹慎でしたよね。王先生の一番近くにいたのに、お恥ずかしいです。明日からは早速、呼び方を改めます。……それじゃあ僕は仕事が残っているのでこれで……。デックスさんも、お酒はほどほどにしてくださいね」
デックスは言葉の代わりにグラスを男に向かって軽く上げた。
誰かと違って一切反抗せず、すんなりと自分の非を受け入れる。素直だが、何故か気持ち悪い。去る男の背を見ながら、デックスはそう思っていた。
「デックスさん」
去ったかと思った男は直ぐに戻ってきた。デックスは顔を上げる。
「それでも僕にとって、先生は先生なんですよ」
一つの銃声が、薄墨色のフロアによく響いた。
第二章、完
第三章へ続く




