‐ 第31話 ‐ 悪魔の舎弟
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
あれから暫く、ロシア人女のところには行っていなかった。その間に他の客の金の回収に一人で行くようになった。段々三枝木の手から離れていくことができ、何処かで安心していた頃だった。
回収先からそのまま帰ろうとしていると、三枝木に事務所に来るよう呼び出された。声の感じからして、愉快そうだがそれは良くないことを現わしていた。
足を引き返そうとすると小雨が降り出した。やはり嫌な予感がする。
「遅かったな。暗い顔してどうした? もっと楽しみにしてくれて良かったんだぜ?」
事務所には相変わらず沼尻もいた。俺は濡れたスーツを軽く手で払う。楽しそうではなくとも、もっと普通の顔をしなくてはならない。感情を顔に出せば、直ぐに足をすくわれそうだ。
「こないだはうちに来てくれたみたいで、ありがとうございます」
社交辞令を云って、気持ちを切り替えた。
「あぁ、たまたま近くで仕事しててな、寄ったんだ。女でもいるだろうと思ってたが、妹がいるなんて知らなかったぜ。物静かで可愛くて良いよなぁ。何で言わなかったんだ? お前の兄貴みたいなもんだろうがよ俺は」
「そりゃあ俺だけでも迷惑かけてるのに、妹いることまで知ったら三枝木さんの心配事増やすじゃないすか」
我ながらスラスラと、よくこんなセリフが吐けたものだ。
物静かで可愛いなんて、ふざけるな。
「まぁそんなことはいいんだ。それよりこないだ言ってただろ? 稼げる話があるって。ちょっと来てみな」
三枝木は事務所の奥にある医者の部屋に入った。医者と云っても雇った闇医者だ。その部屋はそいつ専用の部屋で、ここで人をバラし、運ぶまでの処理をする。
その部屋の片隅に、もう一つ小さな部屋が設けられている。用もないので俺は入ったことがない。あまりに小さいので物置だと思っている。
三枝木はその小さな部屋のドアを開け、俺に先に入るよう顎で促した。
あの女がいた。
拘束され、横たわっていた。顔だけを何度か殴られた痕がある。三枝木の仕業だ。
女は虚ろな目で俺を見上げた。目が合うと金縛りにあったかのように体が動かなくなった。俺を憎む目なのか、助けを求める目なのか、或いは両方なのか。
三枝木に肩を叩かれるまで、俺は女にしか意識がなかった。
「胎盤って高く売れるんだぜ」
三枝木は女の元にしゃがみ込み、膨らんだ腹を撫でた。
やめろ。穢れた手で触るな。
「……返済期限を延ばすって、言ってたじゃないですか」
「そりゃある程度延ばさないと胎盤も育たないだろ? あんなの口約束だ。信じたこの女が悪い。産んだところで育てられねぇよ。子どもが可哀想だっつの。金になってくれる方が世の中のためだぜ。借りた分きっちり返せる人間なら話は別だけどよ。明後日には解体して、俺の取引先のババァのところに持って行くんだ。羽振りが良いんだそのババァ。この女一応タラスの客だったし、タラスにも分け前がねぇといけねぇと思ってよ」
三枝木は俺に良いことを教えてやったとでもいうように、意気揚々と云ってみせた。
絶望しながら涙を流す女の顔を見て、俺は自分の顔色を変えないことに必死だった。三枝木に動揺を感じ取られてはいけない。腹に力を入れて、女の前立っていた。
「そりゃありがたいです」
「だろぉ。喜ぶと思ったんだ。妹もいるし」
「でも」
三枝木は首を傾げた。「でも」というたった二文字の言葉でも、否定の言葉はこの男の癪に障る。
「でもその女、多分結構持ってるんですよ。妊娠前にかなり稼いでたみたいで。出産費用に充てるために俺に隠してるつもりだったんでしょうが、いくらあるか先に口を割らせた方がいいかもしれないです。胎盤がいくらか俺は知りませんけど、もしかするかも」
精一杯の偽りだった。金のこととなると三枝木は馬鹿ではない。沼尻もそこで聞いている。
バレるかもしれない。俺の嘘に三枝木はなんと返すだろう。
早く云ってくれ。この時間が耐えられない。
「……そうか。まぁ稼げそうな面はしてるしなぁ。確かに拉致る前なんか言ってたけど、俺じゃ言葉わかんねぇし、それもあるか……。ならタラス、明日中に聞き出しといてくんない?」
「はい。わかりました」
「そこまでして産みたかったか。女はわかんねぇなぁ~」
三枝木はゴキゴキと肩を鳴らし、部屋を出た。俺も三枝木の後に続いて部屋を出た。女から視線を感じたが、俺は振り返らなかった。どうも沼尻は俺の反応を見に来ただけのようだ。沼尻は決して俺の味方じゃない。寧ろ……。
明日、女をどうしたものか。決まっているようで、決まっていなかった。
明日はミラとレイトショーだ。




