‐ 第30話 ‐ はじめての拷問
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「着替えてよかったでしょう? そうじゃなかったら、今頃スーツが吐瀉物まみれだ」
顔を洗う僕の後ろで、拷問の準備をしているタオが云った。
あそこは地獄だ。あんなこと常人では思いつかないし、やろうと思わない。間違いなく教祖はどうかしている。どうして母さんは奴を崇拝しているのか、理解ができない。
「まぁ、気持ちはわかりますよ。どうかしていますよね。何が一番どうかしているかって、あそこの墨をそのまま再利用しているところですよ。だから僕は香雲館の書道教室に通わないんです。嫌ですもん。あそこの墨で作品を作るの」
「……あんなところに、よく行くんですか?」
「よくは行きませんよ。良い被検体がないとき、使えそうなものがないかたまに見に行く程度です」
やはりこの男もどうかしている。極力手を借りたくなかったが、今は仕方がない。
「さて、では始めましょうか。拘束はしていますが、必ず暴れますので尾澤さんは抑えつけていてください」
タオは手術台に乗せられた男の口元の拘束を解いた。男は全身墨汁に染められており、片足は落下した時に折れたのか、変形している。既に精神が壊れかけているのか、男は死んだ魚のような目になっていて、口元は跳ねるように痙攣している。
それもそうだろう。僕たちが男をあの場所から出したとき、男は救われたと思ったはずだ。それが今ビニールシートを敷いた手術台の上に乗せられ、目の前の男はメスを持っているのだから。男の本当の地獄はこれからなのだ。
「こんにちは。鍛えられた良い体をしていますね。これからあなたに質問をしますので、速やかに答えてください。でなければ麻酔なしであなたの臓器をいただきますので、よろしくお願いしますよ?」
タオはいつもと変わらない様子で男に話し始めた。僕にできるのは暴れる男を抑えて、男が吐く情報を聞き逃さないことだ。
「まず、あなたは誰の命令で、大鳳教に潜入したのですか?」
一、二……五秒経った。
「言えな」
その瞬間、タオは容赦なく男の腹を切った。男の叫び声は耳を劈き部屋中に響き渡る。シートには男の血液が滴り落ちる。
「遅いです。もっと早くおっしゃっていただかないと。誰に命令されたんです?」
一、二、三秒経った。
「慧さん!」
タオが珍しく僕を下の名で叫んだ。同時に男が何をしようとしているのか理解し、口の中に手を突っ込み阻止した。咄嗟の行動だった。
「あっぶない……。ナイスです。慧さん」
男は舌を噛み切ろうとした。たった三秒の間によく決断できたものだ。精神は壊れてなどいなかった。只者ではない。しかしこの状態だと男が話すことは不可能だ。かといって僕が口から手を抜くと、男は舌を噛み切る。
「はぁ……。時間はかけたくないんですよね……。慧さんはそのままにしていてください」
気怠げにそう云うと、タオは男の耳元に顔を近づけた。
「あの! 急いでますので! もう切りますので! その状態で話すか指で書いてください!」
耳の遠い老人に大声で話すように、残酷なことを云ってのけた。
「ではいきます」
男に告げた通り、躊躇うことなく続きから腹を切り始めた。
男の顎に物凄い力が入り、自分の力は易々と負け、手が潰されそうになった。拘束された男の手は痛みに堪えて拳を握ったり、逆にこれでもかというくらい開いたりして、文字など書く素振りは微塵もなかった。このままでは情報を聞き出す前に男が死んでしまう。それだけは避けたい。
僕は男の口内に入れた手を拳にして、もう片方の手でメスを握るタオの手を止めた。
「このままじゃ死ぬ。自白剤はないのですか」
「あれはドクターアンソニーだけが持っていまして、こんなこと程度で使ったなんて知れたら僕の株が落ちます」
「…………フ……ス」
拳から、男の歯が僅かに離れた。一か八かで男の口から手を抜く。
「ラ……ム……ス…………」
「指でも書けそうですか?」
ドクタータオの問いかけに、男はゆっくりとシートの上に書き始めた。
―― RMS ――
確かに男はそう書いた。見聞きした覚えがある。宇智田美生の所属する派遣会社の名前だ。宇智田のデータには何度も目を通したから間違いない。
「RMSか……。聞いたことがあるな」
何故だかタオはそう云った。研究一筋のこの男が知っているとは思えないのに。
しかし記憶の中から探り当てたのか、タオは不敵な笑みを浮かべ始めた。この笑みはもう、確信あってのものだ。
「慧さん良かったですね。もう少し協力できそうですよ」
僕が知るRMSの情報以外に、何か情報があるのだろうか。僕だけがわかればよかったものを……。
男に目を向けると、涙を流し気絶していた。涙が伝った部分と口元だけ墨が落ち、男本来の肌になっていた。腹は裂かれて酷い有様だ。可哀想に、死ねたら楽だっただろう。
「この男はどうするんですか」
タオは悩んでいるようだった。何にせよ、男を人ではなく物として考え悩んでいることには間違いなかった。
「臓器は高く売れるんですけどねぇ。研究のことを考えると、このまま腹を縫って被検体として扱った方がいいですね。この人頑丈そうですし」
僕は用もなくなり、手術用のガウンを脱ぎ捨てた。
そして、外していた腕時計から電話の音が鳴った。母さんかと思ったが、どういうわけか発信者は妹だった。出てやる気も起きないが、それが母さんに変に伝わったら後々面倒だと思い、仕方なく電話に出た。
タオは男の腹を縫いながら、僕が電話で話している内容を聞いているに違いない。そういう厭らしい男だ。
「どなたです? 拷問中に鳴らなくてよかった。危うく気が散るところだった」
電話を切るや否や、タオは嫌味を吐いた。
「妹ですよ。すみません」
「あぁ、あのたま~に来る妹さん。仲良かったんですか?」
「いえ全く。直接話したいことがあるから来い、と…………不愉快だ」
「え? 何です? 僕のことがですか?」
「いえ妹です」
両方に決まっている。
「まぁそんなこと言わずに、早く行ってあげてください。僕はRMSのことを調べておきますから。気になることがあって仕方ないんです」
タオはまた不敵な笑みを浮かべた。
痛む拳を摩りながら研究室を出た。手の甲に残った歯形は暫く消えないだろう。
一刻も早くシャワーを浴びたい。この穢れを取り除きたかった。




