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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第2章 ◆ RMS
28/87

‐ 第28話 ‐ 水族館

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 RMSに来てから三日が経った。自分の身が危険に冒されているとわかっていても、仕事がないと退屈で仕方がない。おまけに男三人のむさ苦しい部屋は苦痛そのものだった。つまるところ、俺は外に出たくて限界だった。コンクリートで作られたこの建物は、解放感がない。


 凱はよく眠る子どもだった。布団をいつも頭まで被り眠った。

 朝の八時になり、いい加減起きるよう体を揺する。


「……なんだよぅ」


 凱は不機嫌そうに目を擦った。地下の冷凍庫から出てきた時も、こうだったなと思い出した。白く冷たい子どもは宇智田の腕に抱かれ、眠そうに目を擦っていたのだった。


 ふと異変が目に入る。

 丸坊主だった凱の頭は、一センチほど髪が伸びていた。伸びるスピードが速すぎやしないだろうか……。


 また眠ろうとしたので布団を引っぺがす。


「…………なんか、お前でかくなってないか……?」




 寝ぼけたままの凱を引き摺り出し、世良先生に診てもらうために医務室までやってきた。

 明らかに凱は急成長している。ぴったりだった凱の寝巻はみすぼらしく裾足らずになっている。成長期だとしても、これは尋常ではない。


 だが、世良先生は俺の期待した反応はしなかった。


「大きくなりましたねぇ」


「……」


 あまりにあっさりと云ったので返す言葉が無い。久し振りに会った親戚の子どもを見て云う感覚と同じだった。筍医者ではないと思っていたのだが……。


「冷凍保管されていた間ある程度成長が止まっていたのでしょうが、凱君は本来ならば今年で十三歳ですから、追いつこうと体が急成長しているのかもしれませんね。このまま見守っていてあげてください」


 凱が十三歳? ということは、こいつは中学生のはずなのか……。

 改めて、閉じ込められていた時の長さを感じた。


 世良先生と他愛のない会話をする凱を見る。十三歳はそこにいない。

 世良先生にはよく懐いている。俺と違って穏やかで優しい人だからだろう。


 最初に凱を見たとき、死体のようだと思った。それが今では成長を再開し、他者と関わりを持って生きている。

 普通の子どもなのだ。崇められ奪われる存在では決してない。


「では、僕はそろそろ(ワン)先生のところへ行かないといけないので」


「ちぇ~。また暇になるなぁ」


 愚痴を溢す凱を世良先生は上手くなだめ、俺たちは医務室を出た。医務室を出るとデックスが相変わらず腕組みをして待っていた。ご苦労なことだ。


「……なぁ凱、水族館行ってみないか? ここに来る前に見た水族館ほど立派じゃないけど、淡路島の水族館も結構いろいろいると思うぜ?」


 俺は自然と口が開いていた。


「……いいの? 行く行く!」


 凱は目を爛々と輝かせた。


「待て。いいわけないだろう」


 当然デックスが止めに入る。わかりきったことだ。


「じゃあお前も来たらいいだろ。俺たちを護衛してくれよ。何も起きないってことは、大鳳教にここは見つかってないんだろ? で、根元を叩きたくても人員不足で大鳳教に攻め込むわけでもない。いつまであのむさ苦しい部屋にいればいいのやら……。退屈すぎて死にそうなんだよ。子どもがこんなところに籠りっぱなしっていうのも、良くないと思うぜ?」


「しかしだな……」


 デックスは目を輝かせる凱の視線に困っていた。デックスとて凱のことを考えると、思うところがあるのだろう。体の成長もだが、凱の好奇心は日々増してくように見えた。


「……大尉と王の許可がいる。待ってくれ」


 デックスは申し訳なさそうな顔でケイトに連絡を取った。

 荒っぽいが悪い奴ではない。心を持った奴ということは、共に過ごす中でわかってきていた。




「いいですね。大鳳教の動きも今のところなさそうですし、美生さんももう少し揃えたいものがあるとおっしゃっていましたから、()()()よしとしましょう。大勢では目立ちますのでそちらの護衛はデックスに任せます。私は美生さんと共に外出します。ただ、王の許可が下りればの話ですけどね」


 そう云うとケイトは俺たちから少し離れて王に連絡を取った。

 ケイトは反対するかもしれないと思ったが、俺が思うほど頭の固い人ではなさそうだ。ロボットのような話し方が、そう思わせただけだったのかもしれない。


「王の許可が下りました。門限は五時です。ただし当たり前ですが、脱走しないこと、護衛の言う事は必ず聞くこと、必ず無事に戻ってくることが条件です。銃も忘れずに持って行ってください」


 凱と美生は互いに顔を見合わせて喜んだ。デックスは何とも云えない表情をしている。


「ねぇ、美生は行かないの? 水族館」


「うん。そっちはそっちで楽しんできて。あたしも楽しんでくるから。ちゃんと勇魚とデックスの言うこと聞くんだよ」


「はいはい。わかってるよ」


 心なしか、言葉遣いまで成長しているような気がした。思春期の、反発が混じりはじめたような。


「何なのそれ。勇魚みたい」


 美生は凱に云う。俺の影響だった。




 RMSから水族館までは車で十五分程度だった。許可が降りたのは水族館まで近いからというのもあるのかもしれない。水族館なんて何年振りだろう。毎日魚に触れる仕事なのに、水族館だけは親父がよく連れて行ってくれた記憶がある。逆に云えば、水族館以外の子どもが喜びそうな場所に連れて行ってくれたことはなかった。俺も親父も、水族館が好きだったのだろう。今まで忘れていた。


 水族館に入るや否や、凱は目の前にあるクラゲが漂う水槽に目を奪われていた。一人で何処かに行ってしまわないよう俺が追いかける。その俺をデックスが追いかける。


 初めて見る海の生き物たちに、凱は夢中なようだった。連れてきて正解だった。存分に見ればいいと思い、好きなように館内を回らせ、その後を追った。


「なんだあいつ」


 凱は頭上を泳ぐ、鮫の腹にくっついた小さな魚を指差した。


「親子なのかな?」


「違う違う。あれはコバンザメっていって、背中の吸盤で鮫の腹にくっついて、そいつの餌のおこぼれを貰って生きる魚だ」


 もしくは微生物、もしくは排泄物を貰って。

 賢く哀れな魚だ。

 説明しながら、あの会社で働く自分の姿に重なって、何だか切なくなってしまった。


「ふーん。でも親子みたいで、いいな」


「そうかぁ?」


「だってあの鮫、コバンザメと一緒にいるのが当たり前みたいな感じで泳いでんじゃん。優しいし、守ってあげてるように見える」


「……そうか。お前には、そんな風に見えるんだな」


 心が純粋すぎて、こちらは胸が締め付けられる。いつの間に俺の心は廃れてしまったのだろう。悲しいがこれは、蓄積されたもので元に戻ることはない。


「まぁそもそも親子って俺わかんないけど~」


 凱はコバンザメから目を離し、別の水槽に向かった。


「お前は、父ちゃんと母ちゃん覚えてないのか」


「う~ん……覚えてない。全部ぼんやりしてるって感じ」


「そうか。会いたいか?」


「なんでそんなこと聞くの? デックスが死んだって言ってたじゃん」


「そうだな。悪かった」


 俺と凱がデックスの方を見たので用があるのかと勘違いし、デックスが駆け寄ってきた。


「どうした?」


「いや、なんでも」


 出発する前にケイトが、『今日はよしとしましょう』と云ったのを思い出した。そう何度も外出許可は下りないだろう。いつ何時、何が起きるかわからないのだから。


 館内に、十五時の「ペンギン大行進ショー」が始まるアナウンスが流れる。門限も迫っている……。


「……デックス、金持ってるか?」


 俺は少し、廃れた心を綺麗にできるんじゃないかと思った。

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