‐ 第23話 ‐ 夢と現 美生
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「ダメダメ、遊べねぇ。バイトがある。俺誕生日来たらそっこーでバイクの免許取るんだ」
道理で優士はバイトを増やしたわけだ。
今まであたしのことを無理にでも遊びに連れ出したくせに、優士はきっぱりと断った。バイクに乗りたいのはどうやら本気らしい。
「ふーん。バイクねぇ……。じゃあ、あたしもバイト増やそっかなぁ」
「あ? なんで?」
「いいじゃんバイク。あたしも免許取って乗りたい。そしたら、ツーリングだっけ? 一緒にできるじゃん」
不意に思ったそれが、口に出しながら凄く良いと感じた。優士はそんなあたしにポカンと口を開けている。
「お前変わってんなぁ。大抵の女子は、『あたしっ優士君のバイクの後ろ乗りたぁ~い』とか言うもんだと思うぜ?」
優士は大袈裟に優士の思う女子高生を真似した。そんな可笑しな女子高生もそういないだろう。滑稽で、あたしはゲラゲラと笑った。
「でもいいな、それ。うん。お前はそれがいいよ」
優士は一人納得したように頷き、行ってしまった。
ペタペタと、履き潰した上履きが廊下を駆ける音がする。
すれ違う友人たちの呼び掛けにも手を上げて、「おぅ」と返事をするだけで、颯爽と行ってしまった。
それほどまでに、この頃の優士はバイクに夢中だった。
ピアスに、ネックレスに、大きく着崩した制服、優士は校則違反だらけの生徒だった。
「優士の言う通りだよ美生。男はね、普通後ろに女の子乗っけたいもんだと思うよ?」
教室の窓枠に頬杖をついて、会話を聞いていた友人が云った。
「ということは、残念ながらあたしは普通の女じゃないんだわ」
「優士のどこが好きなの? 嫌いだったじゃん不良」
「……あいつも普通の不良じゃないんじゃない?」
「私はどこが好きなのかと聞いている」
「…………や、優しいところかな。……あいつは誰も見捨てない」
「……はいはい! 捨て猫とか放っておけなさそうな感じするもんね! いるいる!」
「ふふ、正解。あいつんち猫だらけ」
友人は手を叩いて笑った。
我ながら小恥ずかしい回答をした。このありきたりで、嘘偽りのない答えを出すのが困難であることを、友人は知っているのだろうか。
「ところであんたのバイト先、今バイト募集してる?」
そう聞くと友人は手を叩くのを止め、目を丸くした。
(本気なのか? こいつ……)と顔に書いてあるので、あたしは大真面目に首を縦に振った。
優士は四月四日の誕生日を迎え、教習所に通い出し、ゴールデンウイーク明けには家の駐車場に中古のバイクがあった。ホンダの黒いバイクだった。名前や型式なんてものはあたしにはわからないが、どうしてもそれが欲しかったらしい。あたしの誕生日は八月で、お金も溜まっていなかったから、ツーリングの夢はまだまだ先のことだった。
一度だけ、「乗っけてやろうか」と優士は云ったが、あたしは頑なに拒んだ。
ここで乗ったらあたしじゃないと、無意味な意地を張った。――乗っておけば良かったのだ。本当に、あたしは可愛らしさの欠片もない。優士はあたしが拒むとわかっていても聞いてくれたのに。
十月、予定より二ヶ月遅れてあたしが教習所に通いだした頃、優士が病気になった。
入院している優士に会いに行くと、悪いようには見えなかった。余命が直ぐそこに迫っているようになど、決して見えなかった。
「お前の父ちゃん、バイク乗ってて死んだんだろ? だからお前の母ちゃん、あんなに免許取るの反対したんだ……。……それでも、お前がどうしても乗りたいんなら、俺のバイクやるよ。ちょい厳ついけど、美生なら似合うぜ?」
ベッドから白い腕を出し、優士はあたしにバイクの鍵を握らせた。
優士が死んで、結局あのバイクには一度も乗っていない。
一緒に走らなければ、意味がない。生きている意味さえ……。
ケイトに体を揺さぶられ、夢から覚めた。
七年も昔のことなのに、つい最近のことのように感じた。体は少し汗をかいていた。
「すみません。魘されていたので具合が悪いのかと。大丈夫ですか?」
魘されていた? 悪夢でもないのに? 何処でも熟睡できるあたしが魘されるなんて、滅多にないことだった。
「大丈夫。ごめんね。目ぇ覚めちゃった」
ケイトは青い瞳であたしを心配そうに見て、黙って台所へ向かった。
何故台所へ行ったのかわからないでいると、ココアを二人分入れて戻って来た。
出来た女の人だなと思った。
「いろいろあったでしょうから、ストレスが溜まっているのかもしれませんね」
「ストレスか。そうなのかなぁ……」
ケイトは自分で淹れたココアを口にした。あたしは猫舌だからまだ飲むことができなかった。それでもマグカップを包む手は温まり、甘い香りと共に気持ちが落ち着いてきた。起こしてしまった上にこんなことに付き合わせ、申し訳ないと思った。
「……ケイトは、綺麗な日本語を話すよね」
あたしが話し始めると、ケイトは揃えて座っていた足をベッドに上げ、胡坐をかいた。
「王が元気だった頃に教えてもらったんです。それまでは汚い言葉も使っていましたよ」
「やっぱり、似てると思ったもん」
ケイトは微笑を浮かべた。ベッドの上で胡坐をかきココアを飲む彼女の姿は、昼間の姿と全く違った。案外、打ち解けやすい人だ。女同士の夜中の談笑は、自分を軽くしてくれる。
「ケイトはいくつなの?」
「二十七です」
「へぇー。あたしとそんなに変わらないんだ。……なんでケイトは、傭兵になろうと思ったの?」
「私の家は代々傭兵だったんです。なりたかったというより、ならなくてはいけないものだと思っていました。五人いる兄弟も皆、何処かで戦っていることでしょう。私も、祖父や父、兄弟たちと共に同じ地で戦っていましたが、段々と、彼等とは目的にズレを感じるようになってきました」
「ズレ?」
ケイトは頷いて、一呼吸置く。
「自分が戦って守りたいと思える争いを選んで戦えるのって、自分が納得できていると思いませんか? 私や私の傭兵は、金銭が得られれば何処にでも雇われるわけじゃないんです。選んでいるんです。私は不毛な争いに、自分の命を捧げられる人間ではありません」
そのように思える事情が彼女にもあったのだろう。詳細を語らないのは、戦いに親しみのないあたしが理解できる範囲を考慮してくれているのもあるが、率直に云えば話しづらい内容なのかもしれない。
「じゃあ、RMSは選んだんだね」
「はい」
「RMSは大鳳教に勝てるの?」
「正直なところ、護衛で精一杯なところはあります。でも、ここに凱君と美生さんがいるというだけでも、数年前に比べたら大きな一歩なんですよ」
「そう……。あのさ、もしかして王さんって、凱の」
「はい」
あたしが言い切る前に、ケイトはそうだと言い切った。
「美生さんは気づいていると思っていましたよ。凱君は、幼すぎて覚えていませんね。残酷なことに大鳳教の者と過ごした時間の方が、あの子にとっては長いですから」
やはり王さんは、凱の母親だった。
ここまでのことが出来るのは、母親の力だったのだ。
漸く飲める温度になったココアを口に入れる。ミルクが入っていて優しい味がする。
「同じ場所にいるのに、二人は会えないの? そんなに王さんの容態は悪いの?」
「体はギリギリの状態だと世良先生に聞いています。旦那さんも同じような状態で亡くなっていますから。無理な移植を何度も繰り返したせいで体はボロボロなのに、息子を取り返すという不屈の精神だけで生きているように、私は思います。電話も、特殊な機械を使って健康そうに聞こえているだけです。デックスから聞きました。美生さんはそれでも気づいたのですから、すごいです」
あたしは床に臥せる優士のことが頭を過った。
「そんなに悪いんなら、尚更凱に会っておかなきゃダメだよ。後悔するよ」
「私もそう思います。だから説得したんです。それでも王は首を縦に振ってくれませんでした。会う資格もないし、こんな自分の姿は見てほしくないと……」
それは自分が凱を病院に連れて行った自責からだろうか。デックスは病院に行ったことが親子にとって最初の間違いだったと云った。しかしそれは、子どものことを思えば誰だってそうする。
死に瀕しても、息子を取り戻そうとする恩愛があるのに。そこに凱はいるのに。
家族が大鳳教によって引き裂かれたために、王さんは今も尚苦しんでいるのだ。
途端、強烈な憎しみが湧いた。
「美生さんは、RMSの正式名称をご存じですか?」
ケイトは唐突に話を変えた。
「正式名称?」
Rはリクルートから取っていると直感したが、あとは思いつかない。
悩むあたしにケイトはヒントを与えた。
「RMSは大鳳教に憎悪を込めて、頭文字を取った社名なんです」
……憎悪。なんだろうと考えてみたが、あたしの英語力では結局思い浮かばなかった。
「―― Return My Son ――『私の息子を返せ』です」
ケイトの口から発せられた言葉なのに、そこに王さんが座っているかのように感じた。あたしは王さんの声しか知らないというのに、彼女の憎悪をしっかりと感じ取っている。
鳥肌が立った。急に喉が渇いた気がして、ココアを一気に飲み干す。
「ふふ。こんな話をしていたら眠れませんね……。そうだ、明日お見せしようかと思っていたんですが、今見た方がいいかもしれません」
ケイトは何か思いついたようで、眠っている間も外さなかった腕時計を操作し始めた。
「美生さんが眠った後に部下から届いたんです。安心できるようにと」
ケイトはホログラムを出し、部下から送られてきたという映像を流した。
あたしはそれを見て目を疑った。
「美生、あんた元気? あたしとお姉ちゃんは元気よ」
ママだった。いつもと変わらない。もう会えないと思っていた。
驚いてケイトの方を見るが、ケイトはホログラムに集中してと、顔で訴えた。
「こっちは心配しないでね。なんかすごいムキムキの人たちが守ってくれるって云うから。お姉ちゃんなんか喜んでるわよ」
そう話すママの後ろには、デックスと同じような体つきをした護衛にお姫様抱っこをしてもらっているお姉ちゃんが、満面の笑みで映っていた。
「本当に心配しないでね。あんたはちゃんと生きて帰ってきてくれたらそれでいいから、あたしたちの心配なんかしないでね。それからもし今、あんたが何かしようって決意してるんなら、それはちゃんとやり切りなさいね。元気に帰ってきてくれたらそれでいいから。それだけだから。約束ね!」
そう云い切って、自分で映像を切るママの指が最後に映っていた。あれ以上は泣いてしまうと思ったからだろう。泣いてはあたしが心配してしまうと思ったのだ。よく見れば、まだアメジストの指輪をしている。一週間は同じアクセサリーが被らないよう徹底している人なのに。
いつも通りじゃない。いつものママではいられなかったのだ。
あたしの目からは涙が出た。
久し振りだ。もしかすると、優士が死んで以来かもしれない。
「決意、していることがあるんですか?」
あたしのママはやはり偉大だ。そんなことまでお見通しとは。
「うん。凱を守ろうって」
彼や彼女を苦しめる根源を断ち切りたい。断ち切らなくてはならない。
ケイトは黙ってあたしのベッドに腰掛け、肩を抱き寄せてくれてた。




