‐ 第16話 ‐ RMSへ
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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
デックスは苦々しい顔で続ける。
「一度突撃したにも関わらず、何故大鳳教は在り続けているのか。一言でいえば宗教の力だ。罪を犯しても有耶無耶にできるだけの力がある。それを理解していたから、尾澤寛は日本の行政機関ではなく、俺たちのような国外の傭兵を雇った。が、結果的に凱の保護には失敗し、大鳳教を制圧できるだけの力は無く立て直すザマになり、今に至る……。兎も角、俺たち傭兵部隊は大鳳教を潰すには内側からだと学んだ。それで」
「で? それで? なんであたしだったわけ?」
話を遮ってでも問いたださないと、デックスはそのままあたしに触れない勢いだった。
「俺たち傭兵も人手不足でな。仮に潜入しても、尾澤寛の依頼を一度受けた身では悟られる可能性のある者ばかりだった。日本人はお優しいが、結局のところ外国人は警戒されやすい上、何かあった時一番に疑われるのが事実だ。傭兵部隊にいた唯一の日本人も、今は大鳳教に潜入中だ。だから人材派遣会社RMSを設立し、潜入できそうな奴を選ばせてもらったってわけだ。入社する前にあっただろう? RMSの適性検査が」
「……あぁ……あったねそんなの。なんか五十問くらいある面倒臭いアンケートみたいなやつだよね? ……え、あんなので選ばれたの?」
冗談じゃないと思った。ぼんやりとしか思い出せないが、自動車教習所でも受けたような、有り触れた適性検査だったはずだ。何よりまずいのは……。
「あぁそれだ。要はだな、適性検査の結果から、正義感の一番強い奴を選ばせてもらった。仕事に慣れてきたら後々金を弾んでお前に調査を依頼しようと思っていたんだ。母子家庭で育ってきた身なら金の話に乗る可能性は高いと踏んでいたし、もし断れば正社員登用制度の話を失くすだとか……美生には悪いが、美生の意識していないところで仕組ませてもらっていたんだ。――だが尾澤の息子に先手を打たれた。尾澤寛と奈須川美鈴が離婚して、尾澤慧は十一歳の時に父親に引き取られた。同時に母親に入らされていた大鳳教も脱会したと聞いていたが、どうも違ったようだ。尾澤慧はあの夜、残っていた工場の従業員を抹殺しているし、本社の従業員も信者を使って始末している。つまり完全に大鳳教の母親側に付いている。幹部の息子なら、教団内での地位もそこそこ高いだろう」
「えぇ! 本社の人間、殺されたのか! 社長も?」
「いや、遺体の中に尾澤寛はいなかった。他にも従業員数名の遺体が発見されていない。恐らくは大鳳教に監禁されているのだろう。被検体にするためにな」
「なんて奴等だよ……」
甫仮の顔は青ざめていた。もし京都出張でなかったら、と想像しているのかもしれない。こちらで起きた惨劇も、殺されたり被検体にされることに比べたら、大いにましなのだ。
「……お前たちがあの時地下にいなかったら、今頃凱は奴等の手に渡っていただろう。……礼を云う」
デックスは依然として苦々しい顔をしている。ただの一般市民であるあたしと甫仮を巻き込んだ申し訳なさ、傭兵でありながら凱を直接救い出せなかった不甲斐無さが、多少なりとも有るらしい。厳めしい顔が勝ってわかりづらいのだ。それともその厳めしい顔は、大鳳教への怒りに燃えているのだろうか。
「……なんで、尾澤は自分で地下に行かずに、あたしに行かせたんだろう。結局社長はなんで、凱を隠しておいたんだろう……」
「……カメラと盗聴器から確認させてもらったが、尾澤慧が自分で地下に行かず美生に頼んだのは、残っている従業員を殺す時間稼ぎかもしれない。それとも他に理由があるのか……。なんにせよ読めない男だ。尾澤寛が凱を隠した理由は、生きていれば是非本人に聞いてみたいものだな。だがあくまで俺の考えだが、こう考えたのかもしれん」
デックスは腕組みをして、視線を凱に向け直す。その瞳は只者を見る目ではない。ここにいないどこかの子どもの話ではなく、今度はしっかりと凱を語ろうとしている。特別な子だということを、こちらまで意識させられてしまう。
「死なないということは、隠さなくてはならない。隠さなくては凱を欲しがる連中が現れ、永遠に争いが起こる。凱はと云う幼い人間の能力は、兵器にも成りえ、戦争を巻き起こしても何らおかしくない。凱を誰の目にも触れさせず、永久に眠らせることができるのは、自分だけではないか。それに妻は大罪を犯している。凱さえいなくなれば、妻の暴走は止まるのではないか。――凱の存在を消すことこそ、自分の責務ではないか……とな」
まず、凱と戦争が結びつくことに現実味を持てない。それはあたしと戦争が結びつくことでもあるのだから。
あたしは想像してみる。あたしや凱と同じ能力を持つ人間が意図的に作られ、戦争兵器となったなら。……撃たれようが切り刻まれようが、爆破されようが再生する肉体は、無敵の兵士と云えるだろう。敵を殲滅させるまで立ち向かえるのだから。否、人間でなく兵器として扱われるのなら、『立ち向かうことしか許されない』の間違いだ。命令されれば、自分の意志とは関係無しに他者を癒さなければならないのだろうか。再生する肉体は拷問にうってつけだと、迫害を受けるのだろうか。やがて心が壊れても、体が壊れることは永遠に許されないのだろうか。
……なんだこの想像は。心も体も酷く痛い。自分で想像しておきながら、胸の中で恐怖と怒りが混濁し、気持ち悪さを覚えた。
宗教とはなんなのか。一人の人間の命を何だと思っているのか。――死なない命なら、どう扱ってもよいというのか。
「…………胸糞悪い」
「え? 何か云ったか?」
「あ、ううん……。別に」
口から零れ出た言葉ははっきりと聞こえていなかったようだ。こんな汚い言葉が聞き取れていたら、甫仮は逆に静まり返っただろう。
「ところで、その大鳳教の教祖は一体誰なんだ? そいつが一番肝心なんだろ? 映してくれよ」
甫仮の問い掛けに、デックスはホログラムを切り替えなかった。
「教祖の名は、大鳳泰雲。それ以外はわからない。顔も年齢も、経歴も全て不明だ。公に出て来ない上に、信者の前でもいつもマスクを被っているそうだ。素顔を知っているのは恐らく幹部クラスのみ。これは内部告発した者たちのからの僅かな情報だ。ちなみにだが、内部告発をしたのはオザワフロンティアの工場長と腰野という男だ。元々大鳳教信者だったが、教団が恐ろしくなり、それなりに力のある尾澤寛に助けを求めたんだろう。教祖についての詳しい情報は、潜入している仲間からの連絡を待つしかない」
「……腰野さん、そうだったんだ……」
今は亡き腰野さんの姿が少しだけ頭に過ったが、もう随分と昔のことのように思う。
一度に沢山の話を聞き過ぎて、自分が理解しきれているのか、何だかわからなくなってきた。甘いお菓子でも口に入れないと、あたしの頭はそろそろ限界かもしれない。
「ねぇちなみにさ、あたしが凱と同じ力を持っちゃったのは、あたしが凱の歯を飲み込んだからなのかな?」
身に覚えがあるのはそれしかない。
「確証はないが、恐らくはな。RMSに一人医者がいる。念のため診てもらうといい」
「へぇ。お医者さんまでいるんだ。すごいね……。あ、そういえばさ、王さんって今、体悪かったりする?」
「……」
何気ないあたしの質問が、デックスの表情を大きく変えた。不審者でも見るような目であたしを見ている。
「何故知っている」
「知らないよ。昨日電話で話した感じがいつもと違うなと思っただけ」
デックスは少しの間黙った。何か迷っているようにも見える。あたしは軽はずみな発言でもしたのだろうか。
「いずれわかることだから云っておくが、美生の言う通り王は今、体が悪い。RMSにいる一人の医者というのは王の主治医だ。多少は王と電話で話すことはできるが、本部に着いても直接会うことは絶対にできない」
「はぁ? 俺たちを巻き込んだ張本人が会えないってどういうことだよ! こっちは死にそうになったってのに、ふざけてんじゃねぇぞ!」
「黙れ」
デックスは素早くスーツから銃を取り出し、甫仮に向けた。
「RMSの殆どは傭兵部隊で構成されている。今は、被検者の保護を目的とした組織だがな。あの人のように……王のように腰は低くないぞ。少なくとも俺はな」
云い終わると同時にデックスは銃を下ろした。
銃を向けられ思わず両腕を直角に上げた甫仮は、ゆっくりゆっくりと、慎重に腕を下ろした。
「王も苦労しているんだ。そう悪く云わないでくれ」
デックスに怯え切ってしまったかと思いきや、甫仮は不貞腐れた顔で口を噤んでいた。なので、あたしが聞いてみる。
「病気なの?」
「……そうだな……そんなところだ。……それから、お前たちの家族はRMSが必ず守るから安心してくれ。家族は既に仲間が保護している」
デックスから伝わる王さんへの忠誠心のせいか、それ以上踏み入ることはあたしにできなかった。それに、
「……そっか。安心した」
ママとお姉ちゃんが無事で良かった。
しかし、言葉とは反対に、不安に駆られている自分がいる。もう二度とママたちに会えないんじゃないかと、何故だか一瞬にして思ったのだ。
甫仮は一点を見つめ、変わらず黙ったままだ。きっと家族のことを考えているのだろう。
あたしはふと気になったことを、小さな声でデックスに訊ねた。
「凱の両親は、その、今どうしてるの?」
「死んださ。移植手術っていうのはそう何度もしていいものじゃない」
その場に凱がいるにも関わらず、デックスは変わらない声の大きさで云った。
「三歳だったんだ。覚えていない」
またあたしの頭の中を読んだように、デックスはそう云った。王さんを庇って甫仮に銃を向けることはできても、凱を思いやる気持ちはないのだろうか。
「他に、気になることはあるか」
「…………傭兵部隊って……お前らも凱を欲しているんじゃあ………………」
甫仮が下を向いてごにょごにょと何か云っているのが聞こえた。今までのデックスを見て、あたしは決してそうは思わない。甫仮からすれば、あたしは浅はかかもしれないが、あたしからすれば、甫仮の心が醜いだけなのだ。
「なんだ?」
「いや。そ、そういえば、RMSの本部は何処にあるんだ?」
「島の端だ。他にないなら、俺は向こうの部屋で仲間と連絡を取る。ゆっくり休め」
デックスはかなり大雑把な場所を言い残し、ドアを閉めた。
一度に膨大な話を聞いた気がする。疲れた。糖分を取って休まないと、どうにかなりそうだ。未だ現実味もない。RMSの本部に着いたら、嫌でも現実味が湧くのだろうか……。
「甫仮は、家族は?」
「実家に親父が一人で住んでる。宇智田は?」
「母親と姉と三人で、一緒に暮らしてる」
「そうか……。母なしと父なしだなぁ」
本当だ、と思い、大したことでもないのにあたしは笑った。やはり疲れている。
「ねぇ甫仮。あたしさ、さっきデックスに云えなかったことがあって、云わない方がいいかなと思って黙ってたんだけどさ」
あたしは我慢できなくて、少し笑いながら云った。
「RMSの適性検査ね、五十問も真面目に答えるの面倒臭くてさ、『はい』か『いいえ』で答えるんだけど、考えずに殆ど『はい』にしたの。それなのに正義感が強いってさ、笑っちゃうよ。そんなので人間がわかるわけないじゃん。アッハハハハ……」
馬鹿みたいで、あたしはついに声を出して笑った。こんな事態、一度思い切り笑わないとやっていられない。
「間違ってねぇな、お前のこと見てる限り。あんな気味の悪ぃ寒い地下に一人で行こうとしたり、得体の知れねぇ子ども抱えて逃げたり、俺と凱を庇って銃に撃たれたり……なんでそんなことができるのか、俺にはわかんねぇと思った……。びっくりするよ、お前。助けてもらっといてなんだけど、命は大事にしろよなぁ……ふあぁ~……」
甫仮も共感して「馬鹿みてぇ」と笑うかと思ったが、そうじゃなかった。
「寝なよ。あたしは車で爆睡しちゃったけど、ずっと寝てなかったじゃん」
「……んあぁ……」
甫仮は今にも眠ってしまいそうだった。
「甫仮の下の名前って、イサナって云うんだね」
着替えた血塗れの服の上に、無造作に置かれた社員証ICカードには、
【株式会社オザワフロンティア 国際課長 ISANA・HOKARI】と、書かれてある。
「……あぁ」
辛うじて返事をした後、直ぐに寝息が聞こえてきた。子どもみたいだ。
目が覚めたら元の生活に、なんてことは、もうないのだ。あたしもこの男も、現実を生きなければならない。現実を。――嗚呼昔、全く同じことを思ったはずだ……。
車に用意されていたお菓子箱を持って、凱の方へと歩み寄る。
「凱」
呼ぶと、あどけない少年が振り返った。この子が、あたしが、兵器だなんて笑わせる。
「一緒に食べよ」
甫仮を起こさないよう、小さな声で囁いた。




