‐ 第15話 ‐ RMSへ
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
RMSの車は運転席のない指紋認証式の最新型トラックで、デックスが手のひらを車にかざすとドアが開き、音もなく自動発進した。
中は車内という概念が無く、室内に近かった。窓は後方に一つしかなく、あとは白い壁で覆われている。壁には何やら英文が映し出されているが、滑るように壁を移動するので読めたものではない。
窓一つでも閉鎖的に感じることはなく、寧ろ広々としていて寛ぐことができる。海沿いの駐車場で乗り捨てたあたしの車とは、天と地ほどの差だ。
前方に小部屋があり、デックスはあたしにそこで着替えるように云った。用意されていた服は、黒いズボンに白いTシャツ。そして何故だろうか、背中に舞子の刺繍が立派に施されたスカジャンが用意されていた。あたしが京都府民であることを配慮してくれたのだろうか? 何がどう配慮なのか自分でもわからないが、兎に角、サイズはぴったりだった。
「似合ってるな」
着替え終えて皆のいる部屋に戻ると、デックスはあたしに一言そう云った。一体誰の趣味で用意された衣装なのかはわからないが、あたしも嫌いではなかった。
「ねぇ、なんで甫仮はまたスーツ着てんの?」
「知らねぇよ。用意されてたのがこれだったんだ。血だらけじゃなけりゃなんでもいい」
甫仮はシャツのボタンを二つ外し、着崩していた。高級そうなシートにも、長い脚を伸ばして横柄に座っている。最初に甫仮に会った時のかっちりとした印象は、中身を含めてすっかり激変していた。
凱は灰色の半ズボンに白色のポロシャツという子どもらしい恰好ではあるが、それはまるでピアノの発表会のような、育ちの良い子どもの恰好だった。デックスもスーツ姿のため、恰好で云えばあたし一人が完全に浮いていた。
「社長のチョイスだ。それぞれ似合うように選んだんだろう」
デックスはあたしの方を見て答えた。与えられた服への疑問を、あたしは顔に出していたらしい。
「社長ってのは、RMSの社長か? 誰なんだそいつは」
甫仮はシートにもたれ、瞼を閉じたまま訊ねた。シートの座り心地は余程良いようだ。
「――王だ」
「……え? 王さん? 王さんってあの王さん? 社長だったの? 本当に?」
デックスの予想外の答えに、あたしは思わず何度も聞き返した。そのまま眠りに就いてしまいそうだった甫仮も、今は目を見開いている。
デックスは無言のまま腕時計を操作し、あたしたちに見やすいようホログラムを壁に飛ばした。同時に部屋の照明が薄暗くなり、壁を滑っていた英文は流れるように消え、大きく三つの文字が現れた。
―― RMS ――
このたった三文字が、物物しい雰囲気を漂わせた。
「すでにわかっていると思うが、RMSが人材派遣会社というのは表向きだ。実際は大鳳教という宗教団体から被検者を保護することを目的とした秘密結社だ。この大鳳教というのがかなりイカれた宗教団体でな、俺たちはその信者共と戦っている。被検者とは一体誰のことか……。主に、そこにいる凱のことだ。この車は今RMSの本部に向かって進んでいる。本部まで時間もかかる。その間に何でも聞けばいいさ」
デックスはRMSの文字を背に、大雑把な説明をした。腕組みをして険しい顔を浮かべる彼は、恐くもあるが心強さが窺える。
「じゃあまず、被検者とか適合者とか、なんなんだ? あの夜工場で、宇智田は本来死に至る怪我を負ったのに、直ぐに傷が塞がり始めて、元通りになった。……しかもそれだけじゃなく、俺の怪我まで治すことができた。……そんなことができる人間がいるなんて思ってなかったし……でも実際いたし……俺は、知らなかった……」
甫仮は勢いよくデックスに疑問を投げかけたものの、風船の空気が抜けるかのように、徐々に弱々しい声になった。デックスの強面な顔付きのせいではなく、あの夜の情景を思い出してのせいだと、あたしが治した腕の傷に触れているのを見て悟った。
「知らなくて当然だ。一般人が得る情報源には取り上げられていない。公にすることは禁じられた。禁じられなければならなかったんだ……。完全にな。――今から十年前、ある母親と、三歳の息子が病院に訪れた。母親が目を離した隙に、息子がポットに入った熱湯を頭から被ってしまったと。ところが、病院に来た子どもには火傷一つなかった。どういう訳か医師が母親に訊ねると、熱湯を被ったときは間違いなく肌が爛れ、勿論子どもも泣き叫んでいた。だが、焼け爛れた肌は直ぐに元通りに再生していったと云う。思い返せば、子どもは転んだことだってあるはずなのに、小さな傷一つない。産まれてから一度も、病気どころか風邪も引いたことがない。――自分の息子は他の子どもと違う。そう思い、母親は病院へと足を運んだ。これが親子にとって最初の間違いだった。医師はこの子どものことを学会で発表した。子どもの噂は医師たちの間で忽ち広まり、研究させてほしいと多くの者が名乗り出た。――その医師の中に、大鳳教の幹部がいた。イカれた宗教団体ながら、大鳳教は医療研究者を始めとする医療関係者が多いのが特徴だ。お前たちは知らないだろうがかなり大きな力を持っている。詰まる所、大鳳教によって強制的に子どもは被検体された。生命の研究のためなら拉致することも奴等にとっては容易い。遺伝子の関係もあるとし、子どもの両親も被検体となった。――もうわかるだろう。その子どもが凱だ」
デックスはホログラムを切り替え、何故か日本の国旗を映し出した。だが、本来赤色であるはずの日の丸がそれは黒丸で、それだけだというのに忌まわしさに似たものを感じた。
「日の丸じゃないぞ。これは大鳳教のシンボルマークだ」
デックスはあたしの頭の中を読んだかのように云った。
「大鳳教は大阪に総本部を置く宗教団体だ。どんな宗教団体か説明してやると、簡単にいえば、そうだな、『心身を病んだ者に教祖が手を触れることで治った気がする』……ってことをやっていた連中だ」
あたしはピンときてしまった。
まさに、車の中であたしが甫仮にやったことではないか。
「他者の傷まで治せることがわかったのは、病院に行ってから数日経ってのことだった。母親の指を凱が握ると、指にあった擦り傷が消えていた。母親がこれまで意識していなかっただけで、もう何度も凱は、他者の傷を癒していたのかもしれない。――この能力は知られてはいけない。そう思った時には遅かった。どんなに傷を負っても治る体に加え、他者の傷まで癒せる能力を持った人間がいたら、その宗教団体はそいつが欲しいに決まっている。嘘臭かった宗教が本物になるわけだからな。大鳳教に拉致された親子はすぐさま研究された。凱を崇めるのではなく、連中は自分たちにその能力を移せないか、或いは増やせないか、移植を基本とした手術を研究と称して何度も親子に行った……。その非人道的研究行為を行った医師が、こいつらだ」
デックスはホログラムに二人の男女をを映した。
「アンソニー・ジェンキンス医師。違法だろうが何だろうが、研究のためならそれら全てに手を出す危険人物だ。有名な教授だったそうだが、公から姿を消して以来ずっと大鳳教で研究をしているようだ。教団内での位も高く、幹部であることは間違いない」
その顔は強烈な嫌悪感をあたしに与えた。大きな鷲鼻で、前頭葉は禿げている。歳は六十代と云ったところか。口角が上がっており、デックスが説明した非道を、この男は楽しんでいるのだと理解した。
あたしと同じ感情を抱いたのか、凱は背中を丸めて後ろを向いてしまった。デックスはまるで、ここにいないどこかの子どものことのように語るが、この子の身に実際起こった話なのだ。
構うことなく、デックスは説明を続ける。
「女の方は奈須川美鈴医師。日本じゃ有名人だな。奈須川美容クリニック院長にして大鳳教幹部で、アンソニー医師と共に研究をしている。それから、オザワフロンティア社長の元妻でもある。被検者の細胞や臓器の保管の質を高めるため、自身の夫の会社にあらゆる冷凍機器を作らせたりと、こいつもやりたい放題の危険人物だ。……覚えておけ。大鳳教ってのは利口で常人ぶっていても、まともな奴は一人もいない。皆教祖と研究に取り憑かれた者ばかりだ」
奈須川美鈴はテレビで見た通りの若々しい顔をしていた。堂々と公表している年齢は、確かもう六十近くだった気がする。一体何をどう細工すれば、こんな人形の顔になるのだろう。アンドロイドの女性デザインは奈須川美鈴がモデルになったかと疑うほど、万人が思う整った顔だろう。
だが、その人形の顔に温か味は皆無だ。きっと持ち合わせていないから、そんな研究ができるのだ。そりゃ離婚される。納得だ。しかし何故、宗教問題で別れた旦那の会社の地下に凱がいたのか……。
「一個質問いい? 尾澤社長は奈須川美鈴と離婚したし、凱が大鳳教じゃなくて工場の地下にいたのはなんでなの?」
「五年前に大鳳教団内で内部告発があった。凱の両親は疎か、一般人を攫い研究を行っているとな。その情報を得たオザワフロンティアの社長、尾澤寛から依頼を受けて、俺の所属していた傭兵部隊は一度、大鳳教総本部に突撃した。離婚しているとしても、尾澤寛は奈須川美鈴を止めたかったのだろう。元妻と違い、真面目で温厚な人物とされている」
淡々と話していたデックスは少しの間を空け、遠い目を凱の背中に向けた。いつの間にか凱は、窓から外の景色を大人しく眺めていた。
「……突撃したとき、凱の母親と父親は保護することができた。だが、凱だけは何処を探しても見つからなかった。ずっと探し続けたさ。死ぬはずがないということは、必ず何処かにいるということだからな。まさか俺は、被検者の保護を依頼した尾澤寛本人が凱を隠しているとは思わなかったが、王の予想は的中した」
「……おい。王は凱が、工場の冷凍庫に眠らされているのをわかってたって云うのか?」
「予想だ。それを確かめるには工場に潜入しなければいけなかった」
「できなかったのか?」
「できたさ。カメラと盗聴器を仕掛けさせてもらった」
デックスと甫仮は同時にあたしを見つめた。
――そういう、ことだったのか。




