‐ 第14話 ‐ デックス
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
睡眠なしの長時間の運転で、俺も宇智田もかなり疲れていた。途中で腹が減ったと凱が愚図りだし、宇智田の車にあった飴玉で何とかもたせたが、宥めるのに骨が折れた。
追われている身で何処か店に入るのはリスクが高かった。第一、俺と宇智田は血だらけで、凱は俺の上着を着させているものの、殆ど裸の状態だ。こんな恰好で車から降りることは誰もできなかった。
凱の体つきは小学校中学年程に見えるが、言動はそれよりも幼く感じる。
歳を聞いても凱はわからないと答える。閉じ込められていた時間に関係しているのだろうか。王の説明が不十分だった分、デックスという男に会ったら一切合切答えてもらわなければならない。
「ねー、まだなの?」
「もう直ぐだ。何回も聞くな」
「もう飽きたよう」
子どもなんて、それも小僧なんて、ちっとも可愛くない。子どもを持つなら絶対に娘が先だ。
「わ~! 何あれ!」
窓に頬をくっつけ、凱が弾んだ声を出した。
同じ方向に目をやると、巨大な鮫のオブジェが見えた。近くに水族館があるのだろう。
「あれはジンベイザメだ。近くに水族館があるんだ」
「何? それ」
「鮫の種類だ。鮫なのにとても穏やかなんだ。鮫の中じゃ一番大きくて、それなのに食べる物はプランクトンとか小魚が殆どで」
「じゃなくてさ、スイゾクカンって何なの」
「…………えぇ⁉ 水族館を知らないのか?」
驚きのあまり振り返って言うと、凱は口を噤んでしまい、外の景色を眺めるのを止めてしまった。
もし、凱が幼い頃から、ずっとあぁいった場所に閉じ込められていたら、水族館を知らないのも無理はない。――……もしじゃなく、そうなのだろう。確か王も云っていた。『大鳳教は凱で、研究に研究を重ねた』と……。
途端、この子を不憫に思った。
「魚は、わかるだろ? 食べたことあるんじゃないか? 世界にはいろんな魚がいて、水族館に行けばたくさん見られるんだ。珍しいのがそりゃあたくさんいるんだぜ? あとイルカとかペンギンとか、こいつらは魚じゃなんだけど、兎に角いろんな生き物がいるんだ」
「知ってるよ魚。僕好きだもん」
可愛気なく、当然のことのように云った。無知かと思いきや、全くそうというわけでもないようだ。柄にもなく、子ども相手に必死で説明してしまった自分を些か恥ずかしく思う。
「そっか。いいなぁスイゾクカン……」
凱は遠い目で、もう一度外に目をやった。
地図を見ると、目的地は水族館の裏辺りだった。あと数分で到着することを示していた。
「宇智田は最後に水族館行ったのいつ?」
隣を見ると、宇智田は口を半開きにしたまま眠っていた。道理で大人しかったわけだ。もう直ぐ着くから起こさなくてはならないが、気持ちよさそうな寝顔を見ると気が引けた。
後部座席から身を乗り出し、凱は人差し指を口元に立てた。
本当に、俺が思うほど幼くないのかもしれない。
デックスとの待ち合わせ場所は、水族館の裏から一キロ程離れた海沿いの細道だった。
辺りは怪し気な老人たちが等間隔で釣りをしている。真横を通り過ぎた後、老人たちはこの車に目を向けるが、また直ぐ釣り竿に目を戻す。道にはゴミや、それを漁るカラスや野良猫が群がっていて不衛生だった。さらにこの細道には何台ものオンボロ車が一列に不法投棄されている。非常に運転し辛い道だが、宇智田の車が小型だったことが幸いした。
慎重に運転しながら放置された車を横目で見ていると、中に人が乗っていたりもする。いや、住んでいると云うべきなのかもしれない。こんな治安の悪いところに、本当にデックスという奴はいるのだろうか……。
一先ず何処かに車を停められないか悩んでいると、前方に停められていたオンボロセダンのドアが前触れなく開いた。
「あ」
と、いつしか目を覚ましていた宇智田が、セダンから出てきた男を見て小さく声を上げた。
其れは其れは大きな体躯の、漆黒のスーツを身に纏った男が出てきた。こちらに向かって歩いてくるだけで、凄まじい迫力がある。
男はボンネット間近のところで歩みを止め、フロントガラス越しに俺たちをじっと見詰めた。二メートルはありそうな巨躯と、スーツを着ていてもわかる逞しい筋肉に、ハンドルを握ったまま俺はただ呆然とする。目の前の男に圧倒的存在感を感じているのに、昨日から蓄積された疲労のせいで腑抜けになってしまっている。
確証はないが、この男がデックスだと思った。
男は一切口を開かず、険しい顔をしたまま車の後ろに回った。そして三歩下がり、ナンバープレートの辺りをまじまじと見た。堀の深い目元がさらに窪む。男が何をしたいのかわからず、俺たちは車の中で硬直する。
僅かな沈黙の後、男は突然ナンバープレートを素手で剥ぎ取ったかと思うと、それを海へ思い切り放り投げた。
ナンバープレートはハンマー投げの如く舞い上がり、回転を繰り返しながらゆっくりと海へ落下した。釣りをしていた老人たちは、ナンバープレートが水面に叩きつけられるまで、不思議そうな目でそれを追った。
呆気に取られている間に男は後部座席のドアを開け、凱の隣にぬっ、と乗り込んだ。
「…………狭い」
怯えの混じった声で凱は窮屈そうに呟いた。小型車の後部座席二人分を、殆ど男が占領してしまっていた。セットされた髪も天井に触れている。関取を乗せているかのような圧迫感さえあるのに、乗り込まれた今でも俺たちは呆気に取られている。
「発信機だ。これで俺たちの居場所は奴等にわからなくなる。このまま真っ直ぐ進んだところにRMSの専用車両があるから、そこで乗り換える」
男は日本語を淡々と話した。それにより、この男も同じ人間だという、わかり切った認識を今頃する。
王の云っていた通り、大鳳教の発信機がナンバープレートに取り付けられていたようだ。工場の社員駐車場から出る前に、尾澤に仕込まれたのかもしれない。
「えっと、あなたがデックス?」
宇智田が恐る恐る男に尋ねた。
「そうだ」
デックスは何処のメーカーかわからない、厳つく頑丈そうな腕時計からRMSの社員証をホログラムに映し出した。俺は社員証の名前と顔写真を念入りに見て本人であるか確認したが、一方で宇智田は目の前に突き出された腕の太さに目を丸くしていた。
「デクスター・ロドリゲス……。デックスはあんたの愛称か」
「そうだ。それにしてもお前たち、酷い恰好だな。車に着替えと食料、必要な物は全て用意してある。早く休みたきゃ向かってくれ」
王と違って態度のでかい奴だと思ったが、黙って言われた通りに車を発進させた。自分たちの血生臭ささに大方鼻は慣れたが、腹が空いていた。長時間の運転のせいか歳のせいか、腰も酷く痛む。
それにしても、アクセルが先程までと違い、重く感じる。従ってエンジン音も大きい。
――車は左後ろに深く傾き、悲鳴を上げながら進むのだった。
第一章、完
第二章へ続く




