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無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第1章 ◆ 2075年
12/87

‐ 第12話 ‐ 親愛なる母へ

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 研究室の扉を三回ノックする。

 扉の向こうから母さんの高い声が聞こえ、それから自分で開けて入る。


「あら慧さん。素敵なスーツね」


 母さんは来客用の机に懐中時計を置き、そこからホログラムに映し出される映像を鋭い目で見ていた。映像は僕が予め送ったものだ。果たして素敵なスーツは何秒目に入っただろう。


「コーヒーでも飲む?」


「あぁ、自分でやるよ」


 コーヒーサーバーのある棚の横に、母さんの仕事机がある。見るとかなり散らかっている。母さんは自分自身を綺麗にするのは得意だが、こういったことは昔から苦手な人なのだ。


 母さんはとても若々しい姿をしている。今年で五十八歳になるのに、見た目年齢は三十三歳とロボットに診断されている。見た目だけで云えば僕とそう歳も変わらない。横に並べば、誰も僕たちが親子だとわからないだろう。この施設と同様に、それももしかすると奇妙なのかもしれない。


 ホログラムから聞こえる音声があるところで止まり、同じ音声を繰り返している。どうやらずっと同じところを再生して見ているようだ。


 コーヒーを入れて母さんの正面に座る。

 母さんはやっと映像を止めた。


「さぁでは、聞かせてもらいましょうか」


 母さんはにっこりと、期待を寄せる目で僕を見た。


「うん。まず、あの夜工場に残っていた従業員は全部僕が片付けた。本社の人間は僕の部下を使って片付けさせたよ。研究用に若くて丈夫そうなのを三人と、社長だけは何かに使えるかもしれないから、総本部の地下に監禁しているよ」


「ふんふん。その若くて丈夫な人に、あなたの弟さんは入っているの?」


「まさか、片付けたよ。で、僕が複製した地下の鍵と改造した懐中電灯で」


「結論から云うと()()()は、いつここに来るのかしら?」


 母さんは僕の説明を遮って首を傾げた。母さんは苛立ち始めるとあからさまに首を傾けて問い質す癖がある。それ以上同じようなことをベラベラと喋ると、さらに機嫌が悪くなる。


「……ちょっとしたアクシデントがあって、従業員の二人が凱を連れて逃走したんだ。今部下達が追ってるんだけど、何せ彼らは運転に時間が掛かるから」


「それでいつになりそう?」


 我ながら、理解はしているはずなのに学習しない。結論から端的に報告するべきだった。


「五日以内ってとこかな。発信機は取り付けてあるし、何ならその従業員の家族を脅迫したら、きっと直ぐだよ」


「五日以内ね。わかったわ」


 あの夜僕は、『何か、手伝えます?』と上からものを云ってきた宇智田美生を、()()()()使()()()()()()と思ったのだ。邪魔になる従業員達を僕と部下が皆殺しにする間に、宇智田に地下三階の冷凍庫を開けさせようとした。あそこの扉を開けば必ず非常信号が出るに違いない。すると責任者たちが凱の眠る冷凍庫まで慌てて飛んで来るだろう。鉢合わせになった奴等は揉め合うなり殺し合うなりしてくれたらいい。どうせ殺すのだから、この女に一仕事させてから、最後に殺して、凱を回収しようと思った。


 宇智田を地下三階へ向かわせたことは良かったのだ。映像を見るかぎり、凱を外へ出させまいと奮闘する工場長が想定外に厄介だったから。問題は本社の制圧に部下を割かれ、こちらに人手が足りなかったことだ。従業員に扮した部下二人と僕のみでやり切らなくてはならなかった。これが全く使い物にならない部下で、実質僕が殆ど片付けたようなものだった。制圧の応援は来ないくせに、使える死体の回収には馬鹿げた人数の信者が駆けつける。大鳳教の信者は研究に魅入られた変態が多いせいか、非力で狡賢い者ばかりだ。


 そしてあの夜、誰も予想だにしない、大きな問題があった。……いや、降ってきた幸福。


「それと母さん。その映像でわかったと思うけど、適合者が出たんだ。子どもを連れて逃げているうちの一人だ」


「あぁこれね。これはね慧さん、素晴らしいわ……。二人の適合者と銃を持っている男に対し、慧さん一人だから取り逃がしたというわけね。見たらわかるわ。応戦してもゾンビみたく生き返られちゃ勝ち目ないものね。でも結果的に、これは喜ばしいことよ」


 母さんは女神のような眼差しで微笑んだ。やはり、降ってきたのは幸福。

 母さんは映像をもう一度再生させた。


「これね、ここ、よく見てご覧なさい。彼女階段で転んだ拍子に口に手を当ててるいでしょう? これをもう少し戻して、拡大してみると……ほらこれ、何かわかる?」


 ホログラムに顔を近づけ、母さんが指で示した箇所を凝視した。

 宇智田の顔の前に、小さな白い物体が映っている。拡大しなければ発見できなかっただろう。


「子どもの歯よ。こんなところに子どもなんて凱しかいないんだから、凱の歯で間違いないでしょうね。恐らく彼女はこれを飲み込んだから適合したんだわ。慧さんがくれた宇智田美生のデータを見たけれど……ごく普通の一般人みたいね。凱のように生まれつき再生能力があるわけじゃないわ。今までに凱の体の移植手術は散々行ってきたけど、どれも全くダメだった。それなのにどうして、こんなただの田舎娘が歯を誤飲しただけで適合できたのかしら。不思議よねぇ……。誰が飲んでもこうなるとは思えないわ」


 停止を解除し、母さんは腰野に機関銃で蜂の巣にされる宇智田の映像を恍惚とした顔で眺めた。


「必ず、凱と宇智田をここに連れてくるよ」


「お願いね。……ところで、一緒にいるこの男は何なのかしら?」


 再生した宇智田の横で、無様に腰を抜かしている甫仮勇魚だった。


「見た通りだよ。ただの腰抜けさ」


「あらそう。この男もちゃんと()()()()おいてね。見てほしくない物を見過ぎているわ」


 宇智田美生という適合者の土産があったおかげで、母さんの機嫌は良く治まった。

 少し冷めたコーヒーを、僕は漸く口に運んだ。


「さっき、ドクターアンソニーに会ったよ。この話には興味無さそうだった」


「あぁ、決して興味が無いわけではないのよ。あの人は実物がそこにないとダメなの。今一つ燃えないというか、不完全燃焼が嫌なのね。まぁ話したら話したで、今にうずうずしだすのが目に見えてるわ」


 母さんはアンソニーを小馬鹿にした態度で云った。アンソニーと同じ大鳳教の幹部であり研究者であるが、アンソニーに大鳳生命研究所の最高権力者である『責任者』という役職を与えられていることが、母さんがアンソニーを快く思わない理由だった。だから僕も嫌いだった。


「今日は、大鳳教祖は?」


「今日()香雲館よ。今日もというか、大方香雲館にいらっしゃるわ。大丈夫よ。このことは私から報告するから」


 僕は集会以外で教祖と会ったことがない。会ったといっても、教祖は常に素顔を見せない。趣味の悪い、黒蛙のマスクを常に被っているのだ。そのくせ穏やかな口調で能弁な演説をするから得体が知れない。


 母さんは教祖に心酔している。その理由が僕にはわからないから、一度教祖と二人で話をしてみたい。だが頻繁に会えるのは幹部である母さんとアンソニーに限られている。素顔を知っているのもこの二人だけだ。僕は現在、幹部補佐にあたる。もしかすると、凱と宇智田美生をここに連れてきた暁には、幹部になれるかもしれない……。


 そんな未来を想像し、もう一口コーヒーを飲もうとした瞬間、何の前触れもなく研究室の扉が開けられた。


「ママ~! 今度ジオが顎削ってほしいんだって~。ママ次いつ空いてるぅ?」


 ノックもせず不躾に入って来たのは、母さんと再婚した馬鹿男との間に産まれた馬鹿妹だった。

 妹は数秒経ってから僕の存在に気が付いた。


「あ、どうも……」


 余所余所しい挨拶をされる。構わず僕は、飲みかけだったコーヒーをそのまま口にする。


麗奈(れな)ちゃん。お友達のためなのはわかるけど、ママ忙しいのよ。クリニックも半年先まで予約で一杯だから無理よ」


 母さんは呆れたようだったものの、勝手に研究室に入って来たことについては何も叱らなかった。


「え~。ママが忙しいのなんていつものことじゃん」


「本当に無理よ。これからママの人生の中で間違いなく一番忙しくなるから」


「でも前に夢露(めろ)はやってあげたじゃん。ジオだけ可哀想だよ。仲間外れじゃん」 


 母さんは妹のこの発言に考えるような顔をして少し黙ったが、また直ぐに口を開いた。


「仕方ないわね……。じゃあ優先してオペするようクリニックに連絡しておいてあげるから、これで最後にして頂戴よ」


「ありがと。ジオ喜ぶよ。じゃ」


「ちょっと! 遊びに行くんじゃないでしょうね? あなた香雲館でお習字の時間でしょう」


「あれ行く意味ある? 手書きの時代なんてとっくに滅んだじゃん」


「集中力が高まるでしょう。集中力はオペに大事よ」


「はいはい」


 聞く耳など持たず、妹はコーヒーサーバーのある棚から個包装の洋菓子を二、三個くすねた。


「麗奈ちゃん……。もう高校三年生なんだから……。少しは慧さんを見習ったらどうかしら?」


 母さんは溜め息交じりにちらりと僕の方を見た。


「いや、僕は高校生らしくて良いと思うよ。今だけだからね」


僕はアンソニーにしたのと同じように、妹に向けて軽く微笑んだ。


「……兎に角、電話よろしくね。じゃ!」


 妹は普段いないはずの僕がいて居心地が悪くなったのか、用件だけ伝えると嵐のように去って行った。

 居心地が悪いのは僕も同じだった。この妹とは一緒に過ごした時間が一切ない。歳もかなり離れている。母さんの邪魔ばかりするこの妹が、僕は憎たらしかった。


「じゃあ、僕も行くよ」


「あら、もう?」


「奴等を追っている部下達が心配なんだ。ちゃんとやってくれているか」


 どんな手を使ってでも、早急に二人を捕まえなければ。

 母さんと同様に、その日が僕も楽しみだった。

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