表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無声凱歌  作者: 十田 實
◆ 第1章 ◆ 2075年
10/87

‐ 第10話 ‐ 逃走開始

<R15> 15歳未満の方は移動してください。

この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

 こうなっては会社の人間は誰も信用できない。

 兎に角、まっしぐらに階段を駆け上がる。


「お前、あんなに撃たれてあんなに血が出てたのに、大丈夫なのか? 死んだと思ったぞ」


 あたしの後ろを走る甫仮が、信じられないという顔であたしを見ていた。


「うん。なんかわかんないけど大丈夫」


 あたしも死んだと思った。なのに、こうして階段を駆け上がり、生きている。塞がった傷に痛みはない。あたしは一体どうしてしまったのだろう。死んでもいいなんて思った罰が当たったのだろうか。いや、生きているのだから、罰ではなく幸運と考える方が合っているのだろうか……。


 考えても自分では到底出ない答えに頭を悩ませている間に、一階に着いた。

 甫仮が一番疲弊しているようだった。見ると、腕に怪我を負っている。工場長の放った冷凍銃が腕を掠めたのだろう。あの時、本人は興奮していて怪我を負っていることなど気づきもしなかったのだろう。今になり痛みが出てきたのか、甫仮は腕を抑えて顔を歪ませている。早く手当てをしなければならない。そのためにも、ここから出なくては。




 人と遭遇することを避け、裏口から外に出た。

 いつの間にか外は暗く、三日月が昇っていた。いつもは綺麗に思える月が、何故だか、この世の全てを知っているような態度で見下ろされているような気がした。

 我ながら、月を相手におかしなことを思う。


 裏口からは遠くではあるが、正門の様子が窺える。


「おい。なんだ? あれ」


 正門の方を訝しげに見て甫仮が云った。

 門に大勢の人集りができている。人集りは工場の従業員ではないと一目でわかった。

 異様なのは、その集団の服装だ。白衣のような変わった白装束を着ていた。医者かと疑ったが、何だか、違う。

 誰かが声を張り上げているが、どうやら守衛のおじさんのようで、一人で白装束の対応に追われているようだった。


「奈須川院長の宗教団体だったりしてな」


 甫仮は殆ど確信しているような口ぶりで云った。


「何それ?」


「後で説明する。それより俺の車、正門の来客用駐車場に停めたのに、あれじゃあ……」


「まぁ無理よね。諦めてあたしの車で逃げよう」


 あたしたちは社員駐車場へ向かった。

 妙な感じもするが、誰にも見つかることなく車に辿り着けたのは幸いだった。

 既に、尾澤の車はなかった。


 助手席に甫仮、後部座席に凱を乗せて、急いでエンジンをかける。何処へ行けばいいかわからないが、あたしは車を走らせた。


 あたしはさっき甫仮が云っていた、奈須川院長の宗教団体とやらを聞いてみた。


「うちの社長の元妻が、奈須川美容クリニックの院長なんだよ。奈須川院長の入ってる宗教が原因で離婚したそうで、うちの会社はその宗教団体にいろいろ協力させられていたらしい」


 奈須川美容クリニックはコマーシャルでも目にするほど有名な大手美容クリニックだ。そして尾澤社長の元妻ということは、あたしの顔面を撃った、あの尾澤の母親ということになるわけだ。


「俺が思うに、こいつにはあの宗教団体が絡んでる」


 甫仮は後ろにいる凱をちらりと見た。あたしもバックミラーで見る。

 凱は座席で横になり、いつの間にか眠ってしまっていた。

 口を開けて寝息を立てる子どもらしい姿に、甫仮は重い溜息をついた。


「凱の入っていた冷凍庫に文字が書かれてた。『Reincarnation』って、如何にも宗教臭い」


「うん。で、それどういう意味? ()()()()()()()()()って」


「……輪廻転生」


「へぇ……」


「日本語にしてもよくわかってないだろ」


「うん」


「輪廻転生っていうのはさぁ……人間が生死を繰り返して、新しい命に生まれ変わるってことだよ……!」


「腕痛いのはわかるけどさ、もうちょっと優しく教えてよ。あたし今運転してるんだから」


 甫仮が苛立つのは無理もない。本社からたまたま京都工場にやって来て、こんなことに巻き込まれているのだから。甫仮は高そうなスーツに高そうな腕時計をしているから、田舎の工場勤めのあたしとは違い、東京の出世コースの人間なのだろう。だから階段で、あたしと凱を見捨ててまでも、自分の地位を守りたかったのだろう。今となっては、こんな危険な会社の地位に価値などないだろうが。


「ところで、この車は自動運転に切り替わらないのか?」


「なんないわよ。古い車で悪かったわね。安全運転を心掛けてるわよ」


「いや……悪かった。ところでこれ、何処に向かってるんだ?」


 行先など考えていなかったが、自然と自宅の方向に走ってしまっていた。

 もし、あたし達がオザワフロンティアの人間や、あの白装束の宗教団体に追われている身だとしたら、このまま家に帰るのは危険ではないだろうか。ママやお姉ちゃんにも、被害が及んでしまうのではないだろうか……。あたしたちは、何処に向かえばいいのだろう。


 答えが出ないまま車を走らせていると、腕時計が鳴った。車に置きっぱなしにしている、以前使っていた腕時計からだった。


 発信者は 

 ―― 発信者 RMS王さん ――


 王さんに罪はないが、とんでもない会社を紹介してくれたものだ。

 運転しながら腕時計をつけ、あたしは通話のOKボタンに触れた。


「お世話になっております。RMSの王でございます」


 いつもと変わらない口調だった。

 思わずさっきまでの死闘が夢だったかのように思える。


 だがそれは、次の一言で現実へと引き戻された。


「単刀直入に申し上げます。南へ車を進めてください。地図をお送りします」


 黒のダイヤルから発せられる王さんの言葉に、あたしと甫仮は耳を疑った。

 そして瞬時に地図が送られてきた。


「どういうこと? 王さんは何を知ってるの?」


()()()知っています。宇智田さんのお隣に甫仮様がいらっしゃること。そして、オザワフロンティアから救出した凱君がいることも知っています」


 王さんの口調は変わらなかった。工場での出来事が全てわかっていたかのように落ち着いている。


「おいなんでわかるんだよ。盗聴器でも付いてるのか?」


 甫仮は不躾に王さんに訊ねた。


「はい。恐れながら、宇智田さんの制服の第二ボタンにカメラを装着させていただいております」


 そう云われ、あたしは片手でハンドルを握り、もう片方の手で上着のボタンに触れた。が、かなり小さい物なのか、よくわからなかった。


「あんたは敵なのか? 味方なのか?」


 甫仮は声を荒げて王さんに訊ねる。そうだ。これ以上あんな危険な目に遭うなんて懲り懲りだ。


「味方です。安心してください。どうか車をそのまま走らせながら聞いてください。今あなた方は、大鳳教という宗教団体に追われている状態です。今乗っていらっしゃる車には大鳳教の発信機が取り付けられている可能性があります。ですので、あと二十キロ程スピードを上げていただければ幸いです。お送りした地図の目的地に我々RMSの専用車両がありますので、まずそちらで車を乗り換えてください」


 次に取るべき行動がわからないあたしは、云われるがまま車のスピードを二十キロ上げた。その勢いとエンジン音で眠っていた凱が起きてしまったのが、バックミラー越しに見えた。


「信用できるわけないだろ。門で見たその大鳳教も怪しいが、あんただって怪しすぎる。納得できる説明をくれよ!」


 甫仮は十分大きい声なのに、ホログラムの地図に鼻がぶつかりそうなほど顔を近づけて怒鳴った。


「そうですね。それではまず、宇智田さん。運転中すみませんが、片方の手で直接、甫仮様の腕の傷に触れてみてください」


「あぁ? 何意味わかんねぇこと」


「わかりましたやってみます」


 勿論あたしとてその行為に意味があるのか疑問に思ったが、反抗する甫仮を遮り王さんの云う通りにすることにした。

 あたしは何故だか、いつもと変わらず王さんを信用することができた。三日月のような印象を、王さんに抱いたからかもしれない。――この人は全てを知っている。この人に会わなくてはならない。


 恐る恐る、左手で甫仮の痛々しい傷口に触れてみた。早く手当てをしてやりたい……。

 すると、あの時自分が再生したのと同じように、甫仮の傷は見る見るうちに元通りに再生していった。

 あたしも甫仮も唖然とした。

 自分のしたことなのに、自分がそうさせているとは思えなかった。


 驚きのあまり、再生した甫仮の腕に夢中で、車線を越えてしまった注意喚起のセンサー音が車内に鳴り響いた。その耳障りな音で我に返り、ハンドルを両手で握り直した。


「同じ力を、凱君も持っています」


 王さんの声が微かに低くなったのを、あたしは聞き逃さなかった。


「自身の体は勿論、意志を持って他者の傷に触れると再生させることができます。そんな力を持った子どもが十年前に初めて日本で発見されました。それが凱君です。そんな神のような力を欲して、または増やしたくて、大鳳教は凱君で研究に研究を重ねますが、研究は成功せず、同じ力を持った人間が再び現れることもなく、時が経ちました……。ところが今夜、同じ力を持った二人目が発見されてしまいました」


「…………」


「……あ、あたしのことか。そういえばあいつら、『適合者』ってあたしのこと呼んでた」


 察しの悪いあたしに甫仮は肩を落とした。自分の身に起こっていることなのに、実感が持てないのだ。


「そうです。脅すようで申し訳ありませんが、大鳳教の信者たちはあなたたちを死に物狂いで捕らえに来るでしょう。彼らは宗教上決まった順路でしか追ってくることがでないので、直ぐに追いつかれることはないかと思いますが、今は兎に角車を走らせてください」


「いや、そういう能力を持った奴がいるっていうのと、それを狙う宗教団体いるっていうのはわかったけどさ、あんたらを信用できる話が今どこにあった?」


 甫仮は変わらない態度で王さんに訊ねた。


「……目的地に、デックスという私の部下がいます。申し訳ございませんが詳しくはその部下に直接聞いてみてください。デックスは十分に訓練を積んでいますので、あなた方を必ず守ります……。ですから今はどうか、デックスがいる目的地まで急いでください」


「そんな無責任な」


「わかりました急ぎます」


 あたしはまたしても甫仮の言葉を遮った。目を丸くしている甫仮からは、直ぐにでも文句が飛んできそうだ。


「……お願いします。甫仮様、あの場にいたあなたも命を狙われているということ、お忘れなく……。それでは、失礼致します」


 そうして、王さんからの電話は切れた。


「なんで終わらせるんだよ。殆ど何も聞けてねぇじゃねぇか」


 切れた途端、やはり文句をぶつけられる。


「そうだけどなんか、王さんの声、いつもより張りがないというか、なんというか……」


「それがなんだよ」


「だから、いつもと違うから具合でも悪いのかなって、長電話させたら可哀想だと思ったんでしょ!」


「そんなこと云ってる場合か!」


「いちいち怒らないでよ!」


「ねー、お腹減った」


 凱の声で、ピタリと口論が止まった。大人しくしていたものだから、存在を忘れかけていた。全ての発端はこの子だと云うのに。


「こいつもお前も、そんな神みたいな力があるなんて信じられないぜ……」


 甫仮はあたしと凱の顔を交互に見て、深く溜め息をついた。頼りにもならなければ、失礼な男だ。こちらまで溜息が出てしまう。


「目的地は? 大阪……の、港の方か。結構かかるな。適当なところで停まってくれ」


「は? なんでよ」


 聞いてからあたしはハッとした。今度こそ逃げる気だ。


「俺が運転する。腕も治してもらったし、俺が運転した方が多分早く着く。こいつも腹減ってるみたいだしな……。デックスっていうのはどんな奴なんだか」


 あたしはほっとしてしまった自分がいることに、気恥ずかしくなった。

 同時に、ほっとするという感覚を思い出し、懐かしさを感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ