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返品人形

作者: 狸田ぽん太

 はじまりは3年ぐらい前のことです。

 そのころ私はネット通販の会社に勤めていました。とても小さな会社で正社員は社長・上司・私の3人だけです。他にもパートさんがいらっしゃいましたが、それを含めても従業員は十人もいませんでした。

 そんな小さな会社ですから、社長と上司が外出していて事務所に正社員が私一人だけという状況がよくありました。パートさんたちは何かあると基本的に私に報告や質問をしてくるため、平社員ながらも私が独断で何かを決めることも日常茶飯事でした。

 その日はパートさんがクレームの電話を受けていました。商品にひどい傷があるという内容です。長引いていたのでパートさんから電話を代わってもらいましたが、そのお客様は率直に言うならば面倒臭そうな方でした。

 商品の検品は入荷時に私がしていて、小さな傷ならともかく大きな傷を見逃すようなことは基本的にありません。たぶん運送中の傷だろうと思いました。それなら保険が下ります。

 面倒なお客様だったこともあり、私は深く考えずに着払いでの返品を提案しました。本来なら傷の写真を頂く手順があったのですが、この時はそれを忘れていました。

 激高していたお客様はそれで納得してくれて、思ったよりもあっさり電話が切れました。

 厄介そうな話が思っていたより早く終わったことから私はすっかり安心し、この件のこともすぐ頭から消えました。


 この件を思い出したのは電話から数日経って着払いの荷物が届いた時です。

 届いた段ボールを開けて中の商品を見ました。中に入っていたのは女の子の人形で、特に傷らしいものはありませんでした。

 ああ、きっと実物を見たら気に入らなかったからイチャモンをつけて返品したんだろうなとため息が出たのを覚えています。

 上司にこの件を報告すると、どうして先に傷の写真を送ってもらわなかったんだとこっぴどく怒られました。

 上司は怖い人でしたが社長はもっと怖い人で、機嫌が悪い時は些細なことでも一時間以上理不尽に怒られることもあります。金銭に関わる損失は社長に報告する義務があったので、この件を報告することを考えると憂鬱になりました。

 上司も同じ気持ちだったようで、ひとしきり私を叱った後は黙りこくっていました。

 それから、私にこう提案しました。

「運送中に破損したことにすればいい。人形の腕を折れば見分けはつかない」

 そんなことをして良いのかと思いましたが、私が発端になった事案だったため反論は出来ませんでした。

 私は人形の腕をへし折りました。物を壊すというのはストレスがかかる行為なのだとこの時初めて知りました。特に人型のモノだったため余計にそう感じたのかもしれません。

 壊れた人形は運送屋さんに見せました。運送屋さんは不満げな顔をしながら「結構丈夫そうな腕ですけどねぇ……」と呟いていました。

 運送屋さんは経験的に何かおかしいと思っていたのかもしれませんが、それ以上は特に反論してきませんでした。

 私は罪悪感を抱えながらも同時に地雷案件を処理し終えてほっとした気持ちもありました。


 それから奇妙なことが起こるようになりました。

 入荷された人形を検品してみると腕が折れていることが度々あったのです。

 毎回折れているのは人形の右腕です。前に私が折ったのも右腕だったので、何となくそれを見ると嫌な気持ちになりました。

 検品時に不備があった商品はメーカーに送り返します。最初は申し訳なさそうに対応してくれたメーカーの担当者も、それが何度も続くとこちらを疑うようになりました。

「御社以外でこういった報告はあまり出てないんですけどね……」

 そう言われても実際に商品に不備があるのは間違いはありません。

 どう考えてもメーカーか運送会社に責任があるとは思いますが、何となく私が前に人形の腕を折ったことと関係があるような気がして、強く反論出来ませんでした。

 妄想じみているとは思いますが、人形の呪いのようなものが降りかかっているのではと不安になっていました。

 上司も検品時に人形の腕が折れているのを見るたび不安げな表情をしていたので私と同じ気持ちだったのではないでしょうか。

 こういった検品時に不具合があるとまたメーカーから新品を発送してもらう必要があり、お客様に発送が遅れる旨を連絡しなくてはいけません。それが原因でクレームやネット通販サイトの低評価に繋がる多く、この人形を売ること自体がリスクになってきていました。

 最終的には不良品が多いからという理由で人形の取り扱いをやめることになりました。

 それが決まった時、とてもほっとしたのを今でも覚えています。


 それから取りやめる前にその人形の最後の注文がありました。

 いつものようにメーカーに発注して、いつものように入荷して、いつものように検品しました。

 そして、いつものように人形の腕は折れていました。

 また、メーカーに送り返しました。

 もうよくあることだったのでメーカー側も最近はそのまま新品を送ってきてくれていたのですが、この時はメーカー担当者から確認の電話がかかってきました。

「返品頂いた人形なのですが、特に破損などはありませんでした。このまま送りなおしても構いませんか?」

 私が検品した時は確かに右腕が折れていたはずです。担当者が言い訳しているのだと思った私は少し声を荒げてしまいました。

「そんなわけありません。右腕がまた壊れていましたよ。他の新品を送りなおしてください」

 結局メーカーから新品を送ってもらい、それをお客様に発送して、それからこの人形を触ることはなくなりました。


 しばらくはこの話を忘れていたのですが、壊れていた人形をメーカーに返品したら壊れていなかったという話の流れは最初に受けたクレームと似ているなぁ、とある時にふと思いました。

 それで、最初にクレームを対応していたパートさんにあの人形の話を覚えているか確認しました。

「ああ、結構前のですよね。激しいクレームだったので覚えていますよ」

「本当に人形が壊れていたかって分からないですよね?」

「メールで写真貰ってたと思いますよ。腕がポキって折れていましたね。そういえば〇〇さん(私)に転送してなかったかも」

 私は当時に確認を取らなかった自分と転送してくれなかったパートさんの両方に呆れながらも、その時のメールを探して見せてもらいました。

 添付された写真にはちゃんと右腕が折れた人形が映っていました。

 合成写真などでないならお客様が壊れた人形をこちらに返品したら何故か直っていて、その直った人形の右腕をまた私が折ってメーカーに更に返品したことになります。

 今まではなんとなく私が人形の腕を折ったことが発端で奇妙なことが発生しだしたと思っていたのですが、この写真が本当ならそれより前から奇妙なことが起きていたことになります。

 自分が原因ではないのかもという安心感と、もっと別の未知の何かだという漠然とした不安感で今までに感じたことのないような気持ちになりました。

 それからしばらく経って前にクレームを入れてきた人が別の商品でもクレームを入れてきました。私はどうしても関わりたくなくて頼み込んで上司に対応してもらいました。

 それから会社をやめました。これ以上会社にいると何かに巻き込まれるのではという表現できない不安があったからです。

 未知の何かが何なのかは私にはまだ分かりません。

お読みくださいましてありがとうございました。

お気に召しましたらいいねやポイントを頂けますと幸いです。

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