9.夜のひと時
「ならどうぞ。あんまり荷物はないけどな」
招かれた部屋は、ステラより幾分か広い間取りだった。
角部屋のオレッセオよりは狭いが、生活するには十分だ。
窓にはシンプルなカーテンがかかり、簡素なベッドが置かれている。部屋の片隅に積んである荷物は、カイルが持ち込んだものだろう。よく分からない葉っぱや枝、動物の鱗のようなものが置かれていたが、残りは紐で縛られたまま、ろくに荷解きもされていない。
「椅子がないから、床で悪いな。これ敷いて」
「これはなんですか?」
「魔獣の毛皮」
小さな敷物を手渡されて、え、と戸惑う。
「魔獣?」
「敷物にちょうど良かったんで、見よう見まねで作ってみた。汚れも弾くし、座り心地がいい。毛布にも最適だ」
どうぞと促され、おそるおそるお尻に敷く。思ったよりもふかふかで、座り心地もいい。確かにこれは敷物として最高だ。正直、自分の部屋にもひとつ欲しい。
「とりあえず、飯食ってくれ。俺も適当に何か食う」
「あ、じゃあ半分――」
「俺はもう夕飯食ってるから。飲み物は水でいいか?」
そう言うと、水差しから水を注いでくれる。コップは木製だ。
かいがいしく世話を焼かれ、どうしようかと思ってしまった。
(何か……甘やかされている……)
同期と一緒の食事では、気が休まる暇がなかった。
彼らはステラに命令し、できなければ罵倒した。面倒な事はすべてステラの仕事になった。そんな日常を過ごしていれば、自然と食事の時間が苦痛になった。
こんな風に世話を焼かれるのは、本当に久々だ。
「干し肉しかなかったな……。お前も食っていいぞ」
荷物をごそごそと探ったカイルが戻ってくる。さっさと食えと目で言われ、ステラは慌てて包みを開けた。
今日は魚のフライを挟んだパンだ。野菜もたっぷり詰め込んであるので、シャキシャキした食感が心地いい。甘辛いソースがパンに染みて、じゅわじゅわカリカリのハーモニーだ。内側に塗ったバターがいい味を出している。
パンを頬張りながら、ステラはしみじみと考えた。
(なんだか、変わった人だなぁ……)
でも、嫌な感じはない。
視線の先で、カイルは干し肉を齧っている。白い歯が肉を噛み千切る様子は、野性の獣を思わせる。そして彼はそんな姿がよく似合う。
「……。食う?」
じっと顔を見たのを誤解されたらしい。口に運びかけた干し肉を示される。
何気なく頷くと、そのまま口に押し込まれた。
「よく噛めよ。旨いぞ」
「……ひははきまふ……」
舌に載せた瞬間、そのおいしさに目が丸くなる。
煙で燻された肉は香ばしく、噛みしめると旨味が広がった。
食べた事のない味だが、超絶においしい。噛むほどに旨味が増していく。臭みはなく、歯ごたえがある。その奥に食欲をそそる風味があり、シンプルなのにやめられない味わいだ。
「ほれはんですか(これなんですか)?」
「マダラワニトカゲの肉。俺の好物」
その名前はステラも知っていた。
魔獣に近いとされる獣で、気性が荒い事で知られる。
頭と尾に猛毒があり、全身が毒々しい色の斑点で覆われていて、見た目がとにかくえげつない。食べるのは絶対にやめておけと、騎士学校の授業でも言われていた。
よく噛んで飲み込んでから、ステラはしばらく黙っていた。
「どうした、大丈夫か?」
「……いえ、私の体は大丈夫かなと思いまして」
「平気平気。頭と尾の処理さえ間違えなければまず死なない。まぁ俺はぎりぎりまで攻めるタイプだけど、見誤ったことは一度しかないな」
一度あるんだ……。
「あれは限界まで腹減ってたから仕方ない。人にやる分はもっと慎重に処理してる」
「……これは?」
「俺用だからまぁまぁ攻めてる」
「…………」
「どうした、ローズウッド?」
「……お代わりください」
とりあえず、マダラワニトカゲの肉はおいしかった。