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7.副団長の挨拶


    ***



 その日の午前中、青年が皆に自己紹介した。


「カイル・リバーズ。二十三歳、副団長。どうぞよろしく」

 気の抜けた声で告げた人物は、ふわぁと欠伸を噛み殺した。


「カイル・リバーズって、あの……?」

「本物か? あの騎士団長殺しの……」

「凶悪な大量殺人鬼……」


 ひそひそと交わされる単語が不穏だ。その当人はやる気のない様子で、足元の小石を見つめている。


 ここは第四騎士団専用の訓練場。昨今は魔獣の被害が多く、訓練の場が設けられるようになった。討伐の回数は年々増え、今では月の三分の一か、それ以上かかる事も珍しくない。

 通常は数人から十数人ほどで当たるが、場合によっては一対一になる事もあり、その際、最低限死なないようにという配慮だ。


 カイルは飛びぬけて長身というほどでも、筋骨隆々としているわけでもない。むしろ、優男という方がしっくりくる。

 ぱさついた小麦色の髪に、灰混じりの青い瞳。顔だけは恐ろしいほど整っているが、他に目立ったところはない。筋肉自慢の騎士団において、拍子抜けするほど普通だ。


 その目がふとステラを捉え、ほんのわずか静止した。


「……すいません、質問いいっすか」

 そろりとガロルドが手を上げた。


「あの噂って本当なんすか? その、騎士団長殺し、とかっての」

「ああ、あれ嘘」

 あっさりと答えられ、彼らの目が点になる。


「魔獣が出たのは本当だけど、俺は誰も殺してない。第四騎士団で無傷なのが俺だけだったから、妙な噂が出たんじゃないか?」

「で、でも、無期限謹慎処分って……」

「副団長が無事で団長が再起不能なら、責任を取るのは副団長だ。それだけだよ」


「じゃあ、鬼のように強いってのは?」

「副団長を任されるくらいだから、そこそこ強いとは思うけど。本当に強いなら、団長になってると思わないか?」

「……確かに……」


 オレッセオの前任者は、特別優秀な人間ではなかった。その下で働いていたのなら、彼の言葉はもっともだ。

 おまけにカイルは平民出身で、その点でも彼らに及ばない。

 新しい副団長が来ると知って緊張していた彼らだが、それを聞いてほっとしたようだった。

 だが、ステラは内心で首をかしげていた。


(あれ? でも、団長は物騒だって言っていたような……)


 それとも、あの寝起きの悪さが原因だろうか。

 だとすれば彼の発言も頷ける。あれは確かに…と思っていると、バチっと目が合ってしまった。


 青灰色の目がステラを捉え、わずかに細まる。

 その表情にどきりとし、ステラは慌てて姿勢を正した。


「とにかく、何かあったら言ってくれ。よろしく」


 雑に挨拶の最後を放り投げると、カイルはさっさと背を向けた。オレッセオの「おい」という声にも立ち止まらない。寝ている時と同様、マイペースは継続のようだ。


「まったく……。とにかく、あいつのことをよろしく頼む。あいつはああ見えて、物事をそれなりによく見ている。くれぐれも面倒を起こさないように」


 それはカイルに対してか、彼らに対してのものなのか、ステラにはよく分からなかった。






 カイル・リバーズが第四騎士団にやってきてから、今日で三日。

 最初こそ警戒感が勝っていたものの、あの気の抜けた挨拶に加え、彼自身の持つやる気のない雰囲気に、すっかり周囲の緊張はゆるんでいた。

 確かに剣の腕は立つが、それだけだ。それも、オレッセオに敵うほどではない。

 現に、模擬戦と称して彼と戦った相手はみなそれなりの手ごたえを感じているようだった。


「あれならそのうち勝てるかもな。そうしたら、俺が次の副団長だ」

「それは俺だ。絶対そのうち負かしてやる」

「騎士団長殺しなんて言うから、めちゃくちゃビビってたっつーのに……なんか、拍子抜けだよなぁ」


 違いない、と嗤う彼らの顔には、下卑た色が漂っている。

 名ばかりの副団長を貶める空気と、我こそはという野心だ。


 オレッセオは平民出身だが、恐ろしく腕が立つ。実力主義の第二騎士団でも誉れ高く、その剣技は群を抜いている。王家も彼に一目置いており、第一騎士団の面々とも親交がある。第一騎士団とは、つまり王族と高位貴族の集まりである。

 彼を軽んじる者は、そのまま彼らを軽んじる事にもつながる。そのため、オレッセオは第四騎士団の中でも別格で、逆らう事を許さない空気があった。


 だが、彼も万能ではない。

 どんなに規律で縛っても、心根の部分に巣食う悪意まではどうにもできない。


 その日も雑用を押しつけられ、ステラは防具の手入れを行っていた。


 一緒にやろうと言っても、彼らは鼻で笑うだけだ。ならばせめてやり方だけでも覚えてもらおうと思っても、ステラの言葉など聞いてくれない。食事は調理担当がいるものの、それ以外は自分達で行わなければならない。少なくとも、見習い騎士のうちはそうだ。

 今覚えておかないと、後で泣きを見るのは彼らなのに。


(手順を紙に書いておくとか……うん、破られて終わりよね……。ひとりひとりに説明して……ううん、そんな時間はないか。聞いてくれるとも思えないし……)


 そもそも、彼らが自主的にやろうと思わなければどうしようもない。無理にやらせる事はできないし、ステラ自身もその気はない。


 いっその事、自分が抜ければいいのだろうか。

 そう思ったが、すぐに首を振る。


 そんな事はない。

 たとえ自分が抜けたとしても、新しい女性騎士が入ったら同じ事だ。むしろ、何も知らない新人にそんな思いをさせるわけにはいかない。


 ――でも、どうしたらいいんだろう。


 オレッセオにはああ言ったものの、正直なところ、攻めあぐねている状態だ。

 彼が宣言した以上、いつまでも待ってはくれないだろう。実際、今までにも何度か忠告は受けている。それでも彼らは変わらなかったし、変わろうともしなかった。


 要は内面の問題なのだ。

 彼ら自身の意識が変わらない限り、どうにもできない。


 自分の手元を見つめ、ステラはかすかに息を吐く。それから、はっと気づいたように頬を叩いた。


 いけない、いけない。しっかりしないと、

 防具の砂を払っていると、「あれ?」という声がした。


「ローズウッドだけか。他はどうした?」

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