63.エピローグ
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そして、それから――。
神殿長はなおもわめき立てていたが、やがて疲れたのか息が切れ、がっくりと膝をついた。動けなくなった彼を、神官達が無言で抱えていった。
まだ注意は必要だが、とりあえずは問題ないだろう。
ガロルド達はまだ動けない様子だったが、誰も注意を払わなかった。
彼らがつけを払うのはこれからだ。
それを分かっているのかどうか、彼らは呆然自失の状態だった。
彼らに対する処分が言い渡されたのは、それからほどなくしての事だった。
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ガロルド達は一連の責任を問われ、騎士見習いの資格を剥奪された。
今後、彼らには厳しい道が待っている。
たったひとりの女性である騎士見習いの少女に対し、彼らが行ってきた嫌がらせの数々。
度重なる暴言・暴力に加え、召使いのような扱いに、心無い蔑称。あまつさえ、口にするのもはばかられるような卑劣な行為は、あっという間に世間に広まった。
弱者を守るはずの騎士見習いが、仲間の少女を辱めようとしたのだ。それも、集団で。
また、自らの立場を利用して、その身を思うままにしようとした。
貴族という地位を盾にした脅迫は、平民だけでなく、同じ貴族の怒りも買った。その中には一癖ある人間も多く、今後、彼らは厄介な連中から目をつけられる事となるだろう。
彼らの行った様々な仕打ちが、想像以上に生々しく語られている事も噂の広がる一因だった。特に、獣の血を浴びせて魔獣の出る森に置き去りにした行為は、一斉に人々の非難を浴びた。
ガロルドの家は後ろ指をさされ、社交界から急激に距離を置かれた。
権勢を誇っていた子爵家はあっという間に勢いを失い、物笑いの種となっている。
息子を甘やかしてきたつけが、こんなところで回ってきたらしい。
他の人々についても、今までの行為が次々に明るみに出た。その中にはステラが覚えていないような事さえあり、逆に驚く始末だった。
子爵家に逆らえず、言いなりになるしかなかった人達はともかく、一緒になって楽しんでいた者達にも相応の罰が下される事となった。彼らの行為は知れ渡り、次々と白い目が向けられている。
特に、娘を持つ親からは要注意人物とのレッテルが貼られ、一気に警戒網が広まった。今後、彼らが良い縁談を組む事は難しくなるだろう。
ガロルドは相当ショックだったのか、完全に燃え尽きていた。
あれ以来、顔を合わせる事もない。仲間達も同様で、完全に遠巻きにされている。
騎士見習いの立場がなくなれば、彼らは騎士生に逆戻りだ。
本来なら座学からやり直しだが、彼らに下されたのは、騎士学校の指定科目の再履修及び特別授業の単位取得に加え、なぜか「他の騎士団での下働き」というものだった。
彼らは今までステラが押しつけられていた雑用を行い、腰が痛い、腕が疲れたと泣き言を言いながら、騎士としてのありようを一から叩き込まれている。
そういえば、一度だけ、ガロルドから言われた事があった。
――なんで黙ってたんだよ! お前さえ話してくれてれば、俺たちはっ……。
王宮寮出身だった事か、第三王子や三強と知り合いだった事か、光魔法が使える事か。
あるいはその全部かもしれない。
彼の気持ちも分からないでもない。ただし、ステラにも言いたい事はあった。
――言ったよ。卒業できなかったけど、落第でもないし、留年でもないって。
第二寮でないとも言った。
ステラがいたのは王宮寮だが、第二寮は別棟であり、ステラは主に第一寮で暮らしていた。何も間違った事は言っていない。第五寮だと勝手に勘違いしたあげく、下に見ていいと判断したのはガロルド達だ。
それに、ステラの年齢は十七歳だ。
飛び級でもしない限り、卒業年齢の下限ぎりぎりなのだから、落第や留年のはずがない。
ガロルドの服の裾はほつれ、袖口がすり切れている。
シャツはくしゃくしゃで、何の染みか分からない汚れもついていた。
以前ならステラに押しつけていたが、今は全部自分の手でやらなければならない。
それだけでなく、正騎士の身の回りの世話や、騎士見習いの手伝いもしなければならないのだ。仕事は山のようにある。
這いつくばって床を磨き、汚れた靴下や下着を洗い、声がかかれば即座に駆けつける。プライドの高いガロルドにとって、相当な屈辱だろう。
現に、彼を呼びつけるのは平民の騎士で、以前なら考えられなかった光景だ。
残りの面々も似たようなもので、毎日へとへとになるまで駆けずり回っている。
だが、彼らに「もうできない」という選択肢はない。
どんなに辛くとも、辞める事は許されない。もし逃げたら、彼らの家が責任を取る。
自らの家名を守りたい実家は、なんとしてでも不肖の身内を連れ戻すだろう。彼らに逃れる術はない。
騎士だけでなく、年下の騎士生達からも軽蔑のまなざしが送られ、彼らは肩身の狭い思いをしている。
ちなみに、下働きの期間は十年。
それが終わるころには、騎士学校に入学したばかりの生徒が立派な騎士になっている。そうなって初めて、「見習い」という身分に戻れるらしい。
気の長い話と見るか、それまで頑張ろうと思えるのか。
どちらにせよ、彼らにとっては針の筵だ。
そして、ステラはと言えば――。
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「こんなところにいたのか、ローズウッド」
声をかけられて、ステラは目を丸くした。
「副団長!」
「お帰り。元気そうだな」
立っていたのはカイルだった。稽古帰りなのか、シャツを軽く着崩している。
「ただいま戻りました。副団長もお変わりありませんか?」
「いつも通りだな。お前がいなくて暇だった」
「それはどうも……」
どういう意味かは微妙だが、一応頭は下げておく。カイルはよしよしと頭をなでてくれた。
あれから三か月が経った。
ステラの能力を隠す必要がなくなったため、ステラは月の半分ほどを第三騎士団で過ごすようになった。魔法の訓練も兼ねた、勉強の一環だ。
完全に移籍してしまう案も出されたが、ステラがそれを断った。
国王に告げた通り、ステラは第四騎士団の一員だ。光魔法が使えるとはいえ、今まで剣一本でやってきた。できれば今の所属のまま、彼らの役に立ちたいと思う。
意外な事に、第三騎士団もそれに賛成してくれた。
ステラの能力は便利だが、それに頼り切るのは問題がある。また、あの力は魔力持ちでない人間にこそ必要なもので、今のままが望ましい。その方が能力を向上させやすくなるだろうと口添えしてくれた。
けれど、光魔法自体には分からない事も、使い道も多い。そのため、訓練と並行して、研究にも協力する日々だ。
また、神殿の在り方も多少変わった。
今までのように光属性の持ち主を囲い込むのではなく、自由に過ごさせ、その中で力を伸ばす方向に変化したのだ。とはいえ、光属性の持ち主自体が少ないため、どこまで効果があるかは未知数だが。
ともあれ、次に光属性の持ち主が見つかっても、神殿に閉じ込められる事はなくなりそうだ。
何にせよ、ステラの毎日は充実している。
仲間のためにできる事を、ひとつでも多く。
今はその目標に向かい、必死に勉強する日々だ。
「それにしても、驚いたな。まさか魔力持ちだとは思わなかった」
「す……すみません、黙っていて」
「いいさ、別に。言えなくて当然だ」
ステラの秘密を知っても、カイルの態度は変わらない。その事に少しだけほっとした。
以前、「魔法が使えない」と言った事は嘘ではない。あの時はまだ魔力が封印されていた。この先も使おうとは思わなかったのに、あの日、すべてが変わってしまった。
けれど、その変化は決して悪いものじゃない。
「で? あいつら未だに構ってくるのか、お前のこと」
「ええと……まあ、そうですねぇ……」
大っぴらにやり取りできるようになったせいか、アデルハイド達の浮かれっぷりが半端ない。お茶にお花に高級菓子にと、様々な贈り物とともにやってくる。
第三騎士団にお邪魔しているとはいえ、彼ら単独の任務もあるはずだが、なぜか毎日のようにステラの元を訪れる。
特にすごいのがイアンで、毎日欠かさず朝昼晩隣国から戻ってきたと聞かされた日には、思わず説教してしまった。
「いつ聞いてもすごいな、お前の保護者たちは」
「そのうち落ち着くとは思うんですけど。みんな心配性なんですよ」
「それだけじゃないと思うけどな……」
カイルがぼそりと告げたが、ステラの耳には届かなかった。
「そんな過保護なのに、よく今まで黙って見てたな、お前のこと」
「私が頼んだからだと思います。でもまさか、全部筒抜けだとは思いませんでした」
彼らはステラの受けていた仕打ちを知っていた。その上で、ステラの意思を尊重してくれた。
多少痛い目に遭っても、自分の力で切り抜ける。そう約束したからこそ(内心はどうあれ)、静観を貫いてくれたのだ。
だが、さすがにここ最近の行いを見かね、取り返しのつかなくなる前に介入するつもりだったらしい。
幸い、その前にすべてカイルが助けてくれたが、もしそうでなかった場合、どうなっていたかと想像するとちょっと怖い。
「倍返しするためだけに耐えてたよね!」
あはははっと笑った風の騎士の言葉は、聞かなかった事にする。
「で、今度はいつまでいられるんだ?」
「とりあえず、三週間ほど。そのあとは少し長めに第三騎士団にお世話になるので、しばらくお会いできないですね」
「よかったら会いに行くぞ」
「えっ?」
「そんなに離れてないし、干し肉持って行ってやる。好きだろ、お前?」
どうだと聞かれ、ステラはこくこくと頷いた。
「すっ、好きです!」
「俺も好きだ。旨いよな、あれ」
「すごく好きです!」
向こうに行ってもカイルに会える。
その事がなぜか嬉しくて、ふわふわした気持ちになる。
知らずに頬がゆるんでいたらしい。「どうした、ローズウッド?」と聞かれ、ステラは慌てて顔を引きしめた。
「なんでもありません、副団長」
「そうか。ならいいけど」
カイルは何を考えているのか、特に反応せず横を向く。
その横顔はやっぱりひどく整っている。けれど、彼の魅力はそこじゃない。
じっと見つめているうちに、胸の奥がむずむずする。
なんだか落ち着かなくて、ステラはぺちぺちと頬を叩いた。
「何してるんだ、ローズウッド?」
「な、なんでもないです」
態度が変な事に気づかれただろうか。
ふたたび顔を引きしめて、ちらりとカイルの顔を見る。偶然カイルもこちらを向いて、二人の視線が交わった。
途端、どきんと胸が飛び跳ねる。
そんな様子を見ていたカイルが、ふと気づいたように口を開いた。
「そういえば、前に言ってたな。俺が嫁さんを見つける時は、証言してくれるって」
「は……はい。言いました」
そこでステラは思い出した。以前、カイルに告げた事を。
(そうだった……)
カイルはいずれ可愛いお嫁さん候補を迎え、自分はそれを推薦するのだ。この人はいい人ですよ、とっても素敵な方ですよ、と……。
あれ、とステラは胸を押さえた。
なんだか悲しい。胸の奥がしくしく痛む。
だがそんな事はおくびにも出さず、「大丈夫です」と頷く。
「ちゃんとやります。責任もって、副団長のいいところを並べ立てて――」
「あれ、やっぱいい」
「えっ?」
「証言しなくていい。必要なくなった」
さらっと言って歩き出す。目を瞬くステラに、彼はひらりと手を上げた。
「昼飯食いに行ってくる。じゃあな、ローズウッド」
「ま、待ってください、必要なくなったってどういうことですか?」
「言葉の通りだ。もういらない」
「まさかお相手ができたんですか? 私の知ってる方ですか? あっ待って、待ってください、私も行きます!」
「お前仲間と食ったらいいんじゃないか?」
「行きますったら行きます!」
慌てて後を追うと、彼は面白そうな顔になる。青灰色の目が細められ、からかうように口にした。
「そんなに気になるのか?」
「当たり前じゃないですか」
「心当たりはないのか?」
「ないですよ!」
「へー、そう」
彼はますます面白そうな顔になり、ステラの髪をくしゃくしゃとなでる。
「心当たりもないなら、当分教えてやれないな。まあ、お前が困ることはないさ」
「困りますよ!」
「なんでだよ」
言い合う二人を、すれ違う人々が見つめている。
にぎやかな声が遠ざかっていく。
ささやかな攻防は、食堂に到着するまで続いた。
***
――騎士団長殺しの心を射止めた「見習い女性騎士」の噂が広まるのは、もうしばらく後のお話。
了
お読みいただきありがとうございました!
*カイルはその後、ちょくちょく干し肉を持ってステラの元を訪れます。たまには二人で出かける事もあり、それなりに楽しくやっています。
ものすごく据わった目のイアンに淡々と二人の関係性を聞かれまくるのは、割とすぐのお話です。
いいね・ブクマ・評価など、どうもありがとうございます。毎度励みになっております。またどこかでお会いできたら幸いです!