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62.私を守ってくれる人(後編)


 あっさり拒否され、神殿長が唾を飛ばしてわめく。


「そなたに拒否権などないわ! 愚か者め!」

「いや断るって言ってるだろ。聞こえてるのか?」


 カイルはまったく動じていない。神殿長を相手に、まるで酒場の酔っぱらいを相手にしているような口ぶりだ。実際にそう思っているのかもしれない。面倒そうな顔をしていたが、「大丈夫か、じいさん」などと言っている。


「女神の代弁者である私に対して、なんたる態度! もう許さん。陛下! ご裁可を!」

「ふむ……」

「陛下!!」


 顎に手を当てた国王が、考え込むように目を伏せる。


「命令を出すことは可能だが――」

 そこで言葉を切り、カイルへと目をやる。


「その場合、どうなる?」

「拒否する」


 即答した後で、横にいるオレッセオに「敬語だ、馬鹿者!」と脇腹を小突かれる。カイルは素直に言い直した。


「拒否します」

「なっ……!?」


 神殿長が驚愕の表情を浮かべる。


「それは、なぜだ?」

「必要ないから」

「だから敬語を使え、馬鹿者!」


 ふたたびオレッセオに脇腹を小突かれ、「必要ないからです」と言い直す。神殿長に対するものと違い、素直に言う事を聞いている。どうでもいいが、オレッセオの肘の動きが速すぎる。鉄拳制裁というには軽いが、単なる注意というには重い。その上、妙に手慣れた動作である。

 急所のひとつだというのに、ダメージを綺麗に流しているカイルはすごい。そして、正確に攻撃を命中させるオレッセオもすごい。


「必要ないとはどういうことだ?」

「いやもう必要ないんで……いえ、なんだ、です、ます? ので……あと頼むオレッセオ」


 改まった口調で行う説明に、ややこしくなってきたらしい。敬語に変換する作業を放棄したカイルが、一応上官のオレッセオに丸投げする。ちなみに、本来は団長であるオレッセオが説明責任も担っているので、この行動はぎりぎりで許容範囲である。

 小さくため息をついたオレッセオが、仕方ないとばかりに目を閉じた。


「――陛下。僭越ながら、私が代わってもよろしいでしょうか」

「許す。申してみよ」


「陛下もご存じの通り、六年前に起こった魔獣の集団発生。その際に竜も出現したのですが、それを単独で撃退したのが、ここにいるカイル・リバーズです」

「ふうむ? 続けよ」

「その時は残念ながら、竜を取り逃がしてしまいました。カイルが辺境に留まっていたのはそのためです」


 いつか戻ってくるはずの竜を倒すために、辺境で待ち続けていた。

 名目上は上官を殺しかけた罰として、侯爵家に対する目くらましも兼ねて。


 だが、六年を過ぎるころには、さすがに警戒もゆるんできた。そのため、カイルに新たな辞令を出して、辺境から呼び戻す事にした。

 とはいえ、いつまた竜が現れないとも限らない。そのため、いつでも辺境に戻れるように準備を整えてあった。


「ですが今回、ふたたびあの竜が出現し、カイルはそれを討伐しました。これ以上、カイルがあそこにいる理由はありません」

「なるほど……」

「それどころか、我々は彼に借りがあります。六年前と今回、二度も危機を救ってもらったのですから」

「いや借りはもう返してもらっただろ」

 すぐにカイルが口を挟む。


「『借り』?」


 ステラが首をかしげると、彼は「なんでもない」と肩をすくめた。

 目を瞬いていたステラだが、ふいにひらめくものがあった。


(もしかして……)


 ガロルドとの婚約を凍結してくれた時。

 どうやったのだろうと思っていたが、あれは、もしかすると。


「きっ……聞いておらんぞ、そんなことは!」

 神殿長が大声でわめく。


「たとえそれが本当だとしても、私への無礼な態度は許しがたい! 陛下! この男を辺境への追放処分とし、生涯幽閉を! そして強制労働をさせるのです。そして娘を神殿へ! それが最低限の条件です!」


「いやだから、もう行く必要がないんだって」

「うるさい、黙れ!」

「困ったじいさんだな。どうどう」


 怒りで顔を真っ赤にした神殿長が、わなわなと体を震わせている。その口が大声を出すより早く、カイルはあっさり言い放った。


「戻ってもいいけど、何もしないぞ」

「――は?」

「ローズウッドに何かするつもりなら、辺境に行っても何もしない。もちろん、魔獣の討伐もな」


 とんでもない発言に、大きく広間がどよめいた。


「何を言っている!? 許されるはずがないだろう、そのようなこと!」

「そう言われてもな。しないものはしない」

「ふざけるな!!」

「――神殿長」


 そこで国王が口を開いた。

 逆らう事のできない威圧感に、ピリッと空気が引きしまる。


「少し静かに。……カイル・リバーズよ。ひとつ聞いてもよいか」

「どうぞ」

「その『何もしない』というのは……『竜』に対しても同じか?」

「!!」


 それを聞いた瞬間、その場にいた人間すべてが戦慄した。

 同時に理解した。

 ここに立っている若者は、単身で竜を討伐した英雄なのだと。


 平民も、貴族も関係ない。

 彼が一言「否」と言えば、それだけで王国は強大な盾を失う。それだけの実績と強さがある。


 そして――これが何よりも肝心だが。


 ()()()()()()()()()()()


「んー……」


 カイルは即答せず、しばらく考え込んでいる。

 ややあって、にやりと笑った。


「当然」

「きっ……貴様ぁっ!!」

 神殿長がわめき立てる。


「さらに問う、三強よ。そなたたちを呼んだのはこのためだ。カイル・リバーズが討伐した竜、そなたたちなら単身で倒せるか?」

「難しいでしょうね」


 アデルハイドがあっさり言う。神殿長など意に介していないのか、完全に聞こえていないようにふるまっている。


「そもそも討伐方法が違います。ですから、単純に戦闘力だけで問うことはできませんが――少なくともそこにいる男は、我々と丸腰で渡り合えます」

「なっ……!?」

「強いんですよ、その男。何せ、うちの団長を斬り殺しかけたくらいでしてね」


 目を剥いた神殿長には構わず、さらっと問題発言を口にする。


「あれは事故だろ。わざとじゃない」


 カイルが心外そうに反論したが、「うちの団長が腰をやったらどうしてくれる。実際あの後ちょっといったぞ」と言われて口をつぐむ。一応悪いとは思っているらしい。

 ちなみに、彼らよりはるか後方で、各騎士団長のいたたまれない視線に晒されて、「あいつら…」と顔を引きつらせる第三騎士団長の姿があったが、それはまた別の話である。


「そんな男と対立しても、得になることはありません。ついでに言えば、我々も神殿長ご執心の少女には並々ならぬ思い入れがある。彼女が望まない道は、我々も決して望まない。場合によっては、その男に肩入れする所存です」


「王国を裏切るということか?」

「とんでもない。私の忠誠は、今でもこの王国へ。ですが、我々が愛してやまない少女もまた、王国の住人なのですよ、陛下」


 彼女が泣く事はしないでほしいと、やんわりとした口調で願い出る。

 残りの三人も静かに目を伏せる。騎士として国に仕える彼らの、紛う方なき本音だった。


「私からもお願いいたします、陛下」

 オレッセオが声を上げる。


「どうか、彼女に自由な未来を。望む道へ進む権利を。第四騎士団を預かる身として、彼らの幸福を切に望みます」

「ふむ……」

「お……俺たちも……」


 同期の面々も口々に言う。


「お願いします。ローズウッドと一緒にいさせてください」

「もっと話したいし、訓練もしたい」

「一緒に強くなりたい。仲間だから」

「それに、友達だから」

「……みんな……」


 彼らの言葉に、ステラは驚いた顔になった。慌てて瞬きし、込み上げてきた感情を飲み下す。視界の端がゆらぎ、鼻の奥がツンとした。


 ガロルドにさえ逆らえなかった彼らが、国王に意見をぶつけている。おっかなびっくりではあるけれど、ステラを守るように輪を作り、壁となってくれている。その姿は頼もしくて、凛々しくて――純粋に、嬉しかった。


「……私も、みんなと一緒にいたい」

「ローズウッド……!」

「第四騎士団にいたい。ここで強くなりたい」


 みんなと一緒に、どこまでも遠くへ。

 大切な人達に囲まれて、この先もずっと頑張っていきたい。


「――ああ、そうしよう」

 ラグラスがステラに微笑みかける。


「みんなで強くなろう。一緒に」


「結論は出たようだな」


 国王の言葉に、神殿長が「お待ちください!」と口を挟む。それを遮ったのはカイルだった。


「次に竜が出た時、神殿の真上に落とすぞ」

「……っっっ!?」

「あきらめろよ、じいさん。そのうちトカゲ肉ご馳走してやるから」


 慰めるように背中を叩かれ、神殿長の額に青筋が立つ。

 ちなみに、神殿では基本的に菜食である。ごくたまに肉や魚も口にするが、爬虫類は食べない。特に魔獣の肉は禁忌であり、猛毒扱いされている。トカゲや竜などもってのほかだ。


 カイルの口ぶりから、単なるトカゲ肉でない事を察したのだろう。ぎっ!! とにらみつけた顔が、いたずらっ子のような笑みに(とら)われる。


「牛と豚と鶏もいるぞ。どれにする?」

「きっ……貴様っ……」

「あいつも大好物だしな、トカゲ肉」


 その言葉に、神殿長の顔が驚愕に染まる。

 ステラにマダラワニトカゲの干し肉をご馳走したのはカイルである。ちなみに、とてもおいしかったという返事も得ている。神殿で禁止されているとは知らなかったが、辺境ではとびきりのご馳走だ。

 光魔法の使い手に、神殿で禁忌の食物を与えた男。


「き……きっ……貴様ぁぁぁっ!!」


 もはや我慢の限界を超えたらしい。

 神殿長の叫び声が空しくこだました。

お読みいただきありがとうございます。あと1話です。

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