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61.私を守ってくれる人(前編)


「――さて、それじゃあ本題に入ろうかな」


 今までのが長い前振りだとばかりに、第三王子は姿勢を正した。


「改めて申し上げます、陛下。彼女の存在を今まで公にできなかったこと、心よりお詫び申し上げます。ですが、それは彼女の身を守るためのこと。どうかご容赦いただきたく」

「どういうことだ?」


「詳しくは控えますが、彼女の出自に関わることです。我々は彼女を元の家に戻すことも、神殿に預けることもできなかった。いずれ明かさなければならないと分かっていても、今ではないと思ったのです」


「詭弁だ!」

 そこで神殿長が割って入った。


「光魔法の存在を知りながら、その上で陛下に隠し事をするとは。王家に対する反逆も同じ。陛下! いくらご子息とはいえ、さすがに見過ごすことはできませんぞ」

「ふむ……」


 国王が思案する顔になる。


「それに加担していた者も同罪だ。この娘が王宮寮に匿われていた期間、手を貸した者も処分の対象としていただく。厳罰を求めますぞ、陛下」


 神殿長は憎々しげな顔で周囲を見回す。

 十年前に手に入るはずだった少女が、その存在ごと隠されていたのだ。もし神殿で保護していれば、今ごろは自分の思い通りになっていたのに。そう思っているのが丸分かりの様子だ。


 あまりにも腹が立っているせいか、表情を取り繕う事もできなくなっている。ステラの返答とも相まって、苛立ちが抑えられないようだ。


 それが嫌だからステラは拒否し、彼らも力を貸したのだが、根本的に分かっていない。彼の頭には神殿の利益しか浮かんでいない。

 興奮する神殿長をよそに、集まった人々もざわついている。


 神殿長の言い分はもっともだが、結果的には少女のためになり、それを少女も望んでいた。ならば処分というのもどうだろう。それが大半の意見であり、率直な感想だ。


 そもそも、彼らのした事は罪ではない。

 行く当てのない少女を保護し、大切に育ててきただけ。それも少女の身を守るためなら、騎士として称賛されるべき行いだ。


 彼らがあの少女を慈しんでいたのはよく分かる。少女も彼らに心を許し、家族のようにふるまっていた。両者がいい関係を築いていたのは疑いようもない。


 だが、神殿と対立するのは得策ではない。何かしらの落としどころは必要だろう。

 場合によっては、第三王子の王位継承権の返上か、騎士団の再編成、もしくは騎士団長の退団か。その中で神殿の息のかかった者を潜り込ませる事は造作もない。最悪、神殿が騎士団を掌握する可能性も出てくるだろう。


 そんな事になれば、王国がめちゃくちゃになってしまう。

 周囲の気配を察したのか、神殿長がさらに声を張り上げた。


「陛下、今一度申し上げます。この娘を神殿へ。さすれば今回の話、なかったことにしても構いません」

「だが、それは」

「そうでないなら、関わった人間すべての処罰と、騎士団長の降格、及び騎士団の再編成を。私はどちらでも構いません」


 そう言いながらも、彼がステラをあきらめる気などないのは明らかだ。

 ちらりと目をやり、「安心するがいい、娘よ」と鼻を鳴らした。


「そなたは神殿勤務にしてやる。そうすれば、騎士として働くこともない」

「なっ……」

「それとも自分から申し出るか? そうすれば、多少は手加減してやろう。数年に一度、神殿の外に出ることを許してやってもいい」


 ここでステラが断れば、神殿長は行動を起こすだろう。

 国王に対する不信をあおり、不満を焚きつけ、王国に争いの種をくすぶらせる。一度まいた種を刈り取る事は容易ではない。国王の求心力は落ち、王家の地盤が揺らいでしまう。何よりも、彼らに対する敬愛の念が薄れれば、王家の存続さえも危うくする。


(そんなことになったら……)


 最悪、内乱だ。

 だが、国王が受け入れた場合、彼らに多大な迷惑がかかってしまう。


 第三王子をはじめ、現役の騎士として活躍する彼らは、王国の守りの要である。騎士を辞めさせられる事はないにせよ、何の処分もなしというわけにはいかない。ここで神殿の思い通りになるのは、どう考えても望ましくない事のはずだった。


「私は……」

 ステラが拳を握った時、場違いな声がした。



「――で、俺はなんでここに呼ばれたんだ」



 気負いのない、ごく普通の声だった。


「無礼だぞ、控えよ!」

「よい、許す」


 神殿長が叫んだが、国王がそれを制する。顔色を変えた周囲に合図し、咎めないようにと命じる。その上で、国王はひとつ頷いた。


「第四騎士団副団長、カイル・リバーズ。またの名を【竜殺し】の英雄。こたびの武勲を称え、そなたに褒美を取らせる。望みのものを言うがよい」

「望み?」


 カイルはちょっと首をかしげた。


「特には」

「ないのか?」

「まあ、特には」


 肉かな、と呟く声は、ごく近くの人間にしか聞こえなかっただろう。魔導具で声を拾ったとしても、大半の人間は意味が分からなかったに違いない。まさか本当にただの肉だなんて思うはずがない。


「地位、名誉、金、宝石、なんでも構わない。それとも――仲間の救済でも」


 そこで国王の目が光る。だがカイルはあっさりと蹴った。


「却下」

「副団長!?」


 思わずステラが叫んだが、「いや却下だろ、普通に考えて」と返されて唖然とする。さらに、「どうでもいい」と付け加えられて、聞き間違いかと思ってしまった。


「どうでもよくないですよ。みんないなくなっちゃうかもしれないんですよ?」

「ならないだろ。なってもいいけど」

「よくないですよ!?」


 ステラの悲鳴に合わせ、周囲からもざわめきが起こる。いくらなんでも不遜な発言だと思ったらしい。

 だがカイルは気にも留めず、小さく欠伸を噛み殺した。


「――強いて言うなら、可愛い部下を取られるのは困る」

「え……」

「だから、望むことはひとつだな」


 そしてそのまま口を開く。


「お前がしたいようにしろ、ローズウッド」


 いつも通りの声音で、いつも通りの口調で、まっすぐに視線を向けてくる。何も強要してこない、それなのにすべてを見透かす目で。


「部下の希望を聞くのは上官の役目だ。ついでに言うと、責任を取るのもな」

「副団長……」

「いいから、言いたいことを言え」


 ――あるんだろう?


 言外に聞かれ、ステラは胸元を握りしめた。


 ――なんで、この人は。


 どうして分かってくれるんだろう。いつも、いつでも、どんな時でも。

 見えない手が背中を押す。何も心配いらないと、その表情が語っている。それだけで、何も怖くなくなった。


 ふたたび深呼吸し、ステラは神殿長を見据えた。

 琥珀色の目に見つめられ、びくっと痩せた体が揺れる。


「――私は、神殿に行きません。理由はさっきと同じです。何を言われようと、あなたの思い通りにはならない」

「な、このっ……」

「私はそれを望んでいない。どんなに脅されても、神殿のものにはなりません」


 だって。


「私は、見習い騎士です!」


 きっぱりと言い切ったステラに、「よくやった」というようにカイルが微笑む。オレッセオも表情を和らげ、ラグラスもひそかに頷いている。


 他の同期達もそれぞれ拳を握りしめ、「やった」、「偉い」、「がんばった!」と褒めてくれる。あちこちから伸びてきた手に背中を叩かれ、肩を押され、頭や腕を小突かれて、ステラはふたたびもみくちゃにされた。


「こっ、小娘が……生意気な!」

 神殿長が怒りに震えた顔になる。


「陛下! よもやこのままで済むとはお思いになっていらっしゃらないでしょうな。私は、この男の処分と小娘の身柄を求めます!」

「処分?」


「聞けば、この者は辺境の森に六年も謹慎処分になっていたというではありませんか。いい機会だ、二度と王都の地を踏むことのないよう、生涯辺境の森に追放し、魔獣退治を科すべきです!」


 ハァハァと肩で息をする神殿長に、カイルは言った。


「断る」

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