6.夜半の侵入者
***
何かが、体の上に乗っている。
(重い……)
ずっしりとした、分厚い毛布だ。いや――獣?
あたたかくて、少し硬い感触。かすかに乾いた匂いがする。草と枯葉の混じった香り。だが、嫌なものではない。
胸元を圧迫されて、ステラは小さく身じろいだ。
見ると、カーテンの閉め切られた部屋の中に何かがいた。
巨大な黒い固まりが、ベッドの上に乗っている。
正確に言えば、ステラの上に。
黒い固まりはステラの上で、健やかに寝息を立てている。その様子は疲れているようにも、安心し切っているようにも見える。柔らかな呼吸に合わせ、ゆったりと背中が上下する。寝息も落ち着いていて、目を覚ます気配はない。
だがそれは獣ではなく――どう見ても成人した男性だった。
「…………」
悲鳴を上げるべきか蹴り飛ばすべきか少し迷い、ステラは男を揺り起こした。
「……あの、部屋が違います」
「ん……」
「もしかすると、寮も違います。誰かに見つかる前に、出て行ってください」
「んんー……」
「あの……」
何を言っても男は目覚めない。
それどころか嫌々をするように首を振り、肩口に顔を埋めてくる。思わずびくりとしたが、まったく邪な気配はない。ほどなくして、ふたたび彼は寝始めた。
すうすうと、心地いい寝息が聞こえてくる。
「…………」
どうしよう。
狭いベッドに男女二人、おまけに相手は多分成人。普通なら大問題どころの話ではないが、ステラは身に覚えがないし、男性もその気はないだろう。それならば、騒ぎになる前に解決したい。
先ほどよりも密着した体勢に困惑しつつ、ぽんぽんと背中を叩く。
「あの、起きてください。このままだとまずいです」
「……んーん……」
「今なら誰にも言いませんから、出て行ってください。あの……聞いてます?」
顔はよく見えないが、まだ若い青年だ。
ステラの忠告を聞いているのか、「んん…」とむにゃむにゃ返事をする。
「さっさと出て行ってくれれば、大事にはしません。あの、ほんとに起きてください。重い……」
その時だった。
背後で何かが光った、と思う間もなく、すさまじい音が響き渡った。
――ギィン!!
間一髪でオレッセオの剣を止めたのは、先ほどまで熟睡していた青年だった。
「――何をしている、お前は」
青年に斬りかかったのはオレッセオだった。
彼はステラに目をやり、「すまない、ローズウッド」と謝罪した。
「話は後だ。まずはお前に問う。――彼女に、何をした?」
その声はゾクリとするほど冷ややかだった。
対する青年はまだ目が覚めていないのか、どこかぼうっとしたままだ。
「……。……。……。何が」
初めて聞いた青年の声は、少しかすれて色っぽかった。
「第四騎士団に所属する人間は、すべて私の管轄だ。その上で問う、カイル・リバーズ。私の部下に何をした?」
「……。……。……。……。何が?」
本当に分からなかったのか、カイルと呼ばれた青年が首をかしげる。
こてん、と音がしそうな仕草に、オレッセオは青筋を立てた、
「お前という奴は……」
「あっ、あの、団長! 私なら大丈夫です。この方、寝ぼけていただけなので。何もありませんでした!」
「ローズウッド、しかし」
「問題ないです。今出て行ってくれれば、何もなかったことにします」
それで勘弁してほしいと言外に告げる。彼は眉間に深いしわを寄せたが、それが一番いいと判断したのか、「すまない」ともう一度謝罪した。
「さっさと出ろ。女性の部屋だ」
「んー……」
剣を腰に戻すと、青年はあいまいに頷いた。そしてそのままベッドに倒れる。
――つまり、ステラの真上に。
「!!?」
「馬鹿か、お前は! さっさと出ろ!」
オレッセオに襟首をつかまれるようにして引き起こされ、手加減なしで放られる。それでも青年は目覚めない。いっそあっぱれな寝起きの悪さだ。
揺すぶっても起きない事が分かると、ふたたび彼の首根っこをつかみ上げ、オレッセオは部屋を出て行った。今度は青年も抗わなかった。
静かになった部屋で、ステラが胸元に両手をやる。
「……び」
びっくりした……。
男性に押し倒されたのは初めてだったが、ベッドの上に上半身を起こしていただけなので、被害は最小限で済んだ。頭をぶつけないでよかったと思う。
そこでふと、オレッセオが口にした名前を思い出した。
「カイル・リバーズ……?」
それは確か、近く戻ってくる副団長の名前だった。
「……あれが……」
騎士団長殺し?
答える声はどこにもなかった。