58.あなたとは結婚しない(ガロルドへの返答-2)
「なっ……」
「馬鹿なっ……」
「ほう?」
国王がわずかに目を見張った。
「聞いてもよいか。なぜだ?」
「どちらも選びたくないからです。神殿に行くことを望まなかったから、私は魔力を封じました。今回の件で、やむを得ず封印を解いてしまいましたが、今さら行く必要を感じません。私は神殿に行きません」
「結婚の方は?」
「もっと望んでいないからです。私は彼のことを愛していないし、今後一生、愛することはないでしょう。友人としての好意も持てない相手と、一生を共にすることはできません。その理由は、彼が一番よく分かっているはずです」
彼、のところで顔を上げると、ガロルドと視線がぶつかった。
驚愕したようにこちらを見る彼は、間抜けな表情で固まっている。ステラが自分の要求を撥ねつけるとは思っても見なかったらしい。
「お前、俺の提案を……」
「提案?」
あれは提案ではなく脅迫であり、こちらに選択の余地はなかったはずだが、そんなものはどうでもよかった。
怒りに顔を赤くしたガロルドが、何か言おうと口を開ける。だが、国王の前で言うべきセリフではないと気づいたらしく、ぱくぱくと口を開閉させる。
騎士寮の中ならともかく、ここは王城だ。高位貴族や各騎士団長が集まる場であり、周囲には人の耳目がある。いくら小声とはいえ、聞こえたらまずいと思ったのだろう。
だが、そんな事はどうでもいい。ステラはまっすぐにガロルドを見返した。
「さっきの言葉、ひとつだけ訂正するね」
「え?」
「愛することはないでしょうって言ったけど、訂正する。今後一生、愛することは絶対にない。少なくとも、あなたと結婚することはありえない。私は絶対承諾しない」
「な……っ」
「婚約の話は、この場で正式にお断りします。私はあなたと結婚しない」
「お前、俺にそんな口利いていいと……」
目を血走らせたガロルドは、今にも殴りかかりそうな顔をしている。以前ならへらっと笑って謝ってしまうところだったが、ここで引き下がるつもりはなかった。
(だって)
きっと、副団長ならこうしている。
「……っ、なら、陛下! 俺はカイル・リバーズの厳罰を求めます。あいつが全部仕組んだんだ。あいつさえいなければ、ローズウッドは俺と結婚してっ……」
「ガロルド、何を……」
「うっせえ!」
ぎらぎらした目でステラをにらみつけ、ガロルドはいびつな笑いを浮かべた。
「俺の提案を蹴ったこと、後悔させてやるよ。取りすがって謝ったってもう遅い。俺は貴族で、あいつは平民だ。貴族に逆らった罰として、身の程知らずの平民を破滅させてやる」
その目には弱者を嬲る悦びと、ゆがんだ欲望が浮かんでいる。
ステラへの怒りと相まって、感情が抑えられなくなっているようだ。
その中でも一番強いのは屈辱だろう。ステラに婚約を拒否されたあげく、絶対に結婚しないと宣言されたのだ。彼のプライドはズタズタになっている。
このままだと、カイルに何をするか分からない。
そのカイルは興味なさげな顔で、「…平民、ねぇ」と呟いている。それがガロルドの怒りに油を注いだらしい。彼はぎりぎりと拳を握った。
「平民のくせに、生意気な……!」
「ガロルド、もうやめて。嘘だと分かったら、あなただって……」
「うっせえって言っただろ!」
ステラの忠告に耳を貸さず、「命乞いか」とせせら笑う。
「貴族に逆らったことの意味、たっぷり思い知らせてやるよ。岸無しの役立たず。せいぜい後悔すればいい」
「ガロルド!」
「もう遅いって言っただろ。あいつはもうおしまいだ。泣いて俺の妻になるって誓えば、少しは考えてやるかもな」
歯をむき出しにして笑ったガロルドが、国王に陳情しようとする。
止めようにも、貴族が正式に申し立てれば無視はできない。その場合、有利になるのは貴族側だ。一体どうすればいいんだろう。
ステラが胸元を握りしめた時だった。
「――それは、困るな」
ふわりと風が巻き起こったかと思うと、何かが目の前を横切った。
驚く間もなく、次々に三つの影が後に続く。
一陣の風が過ぎると、目の前には見慣れぬ人々が立っていた。
全員年若い青年だ。マントの色は様々だが、皆同じ形状の衣服を身に着けている。その服装には見覚えがあった。あれは騎士団の制服だ。
そして、現れた彼らの色鮮やかさに、集まっていた人々は目を惹かれた。
黒髪に赤目、水色の髪に青い目、茶色の髪に緑の目。そして、砂色の髪に黄金の目。
「――お呼びとうかがい、第三騎士団のアデルハイド、以下三名。参りました」
その中にいた黒髪に赤目の人物が、代表として挨拶する。
「よく来た。……だが、王城に入る際は、少々手加減してやれ。衛兵が気の毒だ」
「陛下の仰せであれば、いかようにでも」
そう言うと、茶目っ気たっぷりに礼をする。国王はやれやれと嘆息した。
窘める口調であったものの、それ以上咎める気はないらしい。それを彼らも分かっているのか、特にうろたえる様子はなかった。
周囲の人間も驚いていたが、それよりも黄色い声の方が早かった。
「アデルハイド様!」
「レンディルロット様! 私の薔薇!」
「ウィリー様! ウィリーザ・ラズ! 最高の風使い!」
「もうひとりは、イアン・クイール? 見て、あの黄金色の瞳! なんて素敵なの!」
ドレスを着た貴族令嬢がきゃあきゃあとはしゃぐ。
国王の前だというのに、互いに手を取り合い、顔を寄せ合って目を輝かせている。その様子は普通の町娘のようだ。厳しい礼儀作法を受けたはずだが、完全に地が出てしまっている。
アデルハイドと呼ばれた彼がにこやかに手を振るので、余計に騒ぎがおさまらなくなっているようだ。あちこちで歓声が上がり、華やかな声が向けられる。
そして、彼らの事ならば、騎士なら誰もが知っていた。
「さ、三強だ……」
「もうひとりは大型新人だろ? すげえ、超有名人だ!」
「背高い、顔いい、オーラがすごい……」
同期達が興奮したように囁き合う。
それもそのはず、彼らは国中で知らぬ者がいないほどの有名人だ。
第三騎士団最強と呼ばれる、三名の魔法騎士。そして期待の大型新人と呼ばれる一名。
彼らを束ねる騎士団長を除き、その実力に並ぶ者はいない。彼らの武勇は優に百を超えており、「三強」、「最強」、あるいは「四宝」と讃えられている。
ガロルドもぽかんとしていたが、彼らの顔は知っていたらしい。
王国の英雄とも称される彼らを前に、驚いた表情を浮かべる。だが、これをチャンスと悟ったのか、自信満々で話しかけた。
「お会いできて光栄です。同じ騎士として、ぜひお近づきに――」
差し出そうとした手を、アデルハイドと呼ばれた青年は一蹴した。
「必要ない」
それだけで興味の対象から外れたらしい。マントをひるがえし、一瞥も与えずに背を向ける。ちなみに、残りは視界にも入れていない。
羞恥に震えるガロルドをよそに、彼らはぐるりと周囲を見回した。
そして、そこにいた人物に目を留める。
「ステラ!!」
満面の笑みを浮かべた彼らが、ステラにわっと駆け寄った。




