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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第5章(最終章)

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58.あなたとは結婚しない(ガロルドへの返答-2)


「なっ……」

「馬鹿なっ……」

「ほう?」


 国王がわずかに目を見張った。


「聞いてもよいか。なぜだ?」

「どちらも選びたくないからです。神殿に行くことを望まなかったから、私は魔力を封じました。今回の件で、やむを得ず封印を解いてしまいましたが、今さら行く必要を感じません。私は神殿に行きません」


「結婚の方は?」


「もっと望んでいないからです。私は彼のことを愛していないし、今後一生、愛することはないでしょう。友人としての好意も持てない相手と、一生を共にすることはできません。その理由は、彼が一番よく分かっているはずです」


 彼、のところで顔を上げると、ガロルドと視線がぶつかった。

 驚愕したようにこちらを見る彼は、間抜けな表情で固まっている。ステラが自分の要求を()ねつけるとは思っても見なかったらしい。


「お前、俺の提案を……」

「提案?」


 あれは提案ではなく脅迫であり、こちらに選択の余地はなかったはずだが、そんなものはどうでもよかった。


 怒りに顔を赤くしたガロルドが、何か言おうと口を開ける。だが、国王の前で言うべきセリフではないと気づいたらしく、ぱくぱくと口を開閉させる。

 騎士寮の中ならともかく、ここは王城だ。高位貴族や各騎士団長が集まる場であり、周囲には人の耳目がある。いくら小声とはいえ、聞こえたらまずいと思ったのだろう。


 だが、そんな事はどうでもいい。ステラはまっすぐにガロルドを見返した。


「さっきの言葉、ひとつだけ訂正するね」

「え?」


「愛することはないでしょうって言ったけど、訂正する。今後一生、愛することは絶対にない。少なくとも、あなたと結婚することはありえない。私は絶対承諾しない」


「な……っ」

「婚約の話は、この場で正式にお断りします。私はあなたと結婚しない」

「お前、俺にそんな口利いていいと……」


 目を血走らせたガロルドは、今にも殴りかかりそうな顔をしている。以前ならへらっと笑って謝ってしまうところだったが、ここで引き下がるつもりはなかった。


(だって)


 きっと、副団長ならこうしている。


「……っ、なら、陛下! 俺はカイル・リバーズの厳罰を求めます。あいつが全部仕組んだんだ。あいつさえいなければ、ローズウッドは俺と結婚してっ……」

「ガロルド、何を……」

「うっせえ!」


 ぎらぎらした目でステラをにらみつけ、ガロルドはいびつな笑いを浮かべた。


「俺の提案を蹴ったこと、後悔させてやるよ。取りすがって謝ったってもう遅い。俺は貴族で、あいつは平民だ。貴族に逆らった罰として、身の程知らずの平民を破滅させてやる」


 その目には弱者を嬲る(よろこ)びと、ゆがんだ欲望が浮かんでいる。

 ステラへの怒りと相まって、感情が抑えられなくなっているようだ。


 その中でも一番強いのは屈辱だろう。ステラに婚約を拒否されたあげく、絶対に結婚しないと宣言されたのだ。彼のプライドはズタズタになっている。

 このままだと、カイルに何をするか分からない。


 そのカイルは興味なさげな顔で、「…平民、ねぇ」と呟いている。それがガロルドの怒りに油を注いだらしい。彼はぎりぎりと拳を握った。


「平民のくせに、生意気な……!」

「ガロルド、もうやめて。嘘だと分かったら、あなただって……」

「うっせえって言っただろ!」


 ステラの忠告に耳を貸さず、「命乞いか」とせせら笑う。


「貴族に逆らったことの意味、たっぷり思い知らせてやるよ。岸無しの(ノーショア・)役立たず(デッドヘッド)。せいぜい後悔すればいい」

「ガロルド!」

「もう遅いって言っただろ。あいつはもうおしまいだ。泣いて俺の妻になるって誓えば、少しは考えてやるかもな」


 歯をむき出しにして笑ったガロルドが、国王に陳情しようとする。

 止めようにも、貴族が正式に申し立てれば無視はできない。その場合、有利になるのは貴族側だ。一体どうすればいいんだろう。

 ステラが胸元を握りしめた時だった。



「――それは、困るな」



 ふわりと風が巻き起こったかと思うと、何かが目の前を横切った。

 驚く間もなく、次々に三つの影が後に続く。

 一陣の風が過ぎると、目の前には見慣れぬ人々が立っていた。


 全員年若い青年だ。マントの色は様々だが、皆同じ形状の衣服を身に着けている。その服装には見覚えがあった。あれは騎士団の制服だ。

 そして、現れた彼らの色鮮やかさに、集まっていた人々は目を惹かれた。


 黒髪に赤目、水色の髪に青い目、茶色の髪に緑の目。そして、砂色の髪に黄金の目。


「――お呼びとうかがい、第三騎士団のアデルハイド、以下三名。参りました」


 その中にいた黒髪に赤目の人物が、代表として挨拶する。


「よく来た。……だが、王城に入る際は、少々手加減してやれ。衛兵が気の毒だ」

「陛下の仰せであれば、いかようにでも」


 そう言うと、茶目っ気たっぷりに礼をする。国王はやれやれと嘆息した。

 (たしな)める口調であったものの、それ以上咎める気はないらしい。それを彼らも分かっているのか、特にうろたえる様子はなかった。


 周囲の人間も驚いていたが、それよりも黄色い声の方が早かった。


「アデルハイド様!」

「レンディルロット様! 私の薔薇!」

「ウィリー様! ウィリーザ・ラズ! 最高の風使い!」

「もうひとりは、イアン・クイール? 見て、あの黄金色の瞳! なんて素敵なの!」


 ドレスを着た貴族令嬢がきゃあきゃあとはしゃぐ。


 国王の前だというのに、互いに手を取り合い、顔を寄せ合って目を輝かせている。その様子は普通の町娘のようだ。厳しい礼儀作法を受けたはずだが、完全に地が出てしまっている。


 アデルハイドと呼ばれた彼がにこやかに手を振るので、余計に騒ぎがおさまらなくなっているようだ。あちこちで歓声が上がり、華やかな声が向けられる。

 そして、彼らの事ならば、騎士なら誰もが知っていた。


「さ、三強だ……」

「もうひとりは大型新人だろ? すげえ、超有名人だ!」

「背高い、顔いい、オーラがすごい……」


 同期達が興奮したように囁き合う。

 それもそのはず、彼らは国中で知らぬ者がいないほどの有名人だ。


 第三騎士団最強と呼ばれる、三名の魔法騎士。そして期待の大型新人と呼ばれる一名。


 彼らを束ねる騎士団長を除き、その実力に並ぶ者はいない。彼らの武勇は優に百を超えており、「三強」、「最強」、あるいは「四宝」と(たた)えられている。


 ガロルドもぽかんとしていたが、彼らの顔は知っていたらしい。

 王国の英雄とも称される彼らを前に、驚いた表情を浮かべる。だが、これをチャンスと悟ったのか、自信満々で話しかけた。


「お会いできて光栄です。同じ騎士として、ぜひお近づきに――」

 差し出そうとした手を、アデルハイドと呼ばれた青年は一蹴した。


「必要ない」


 それだけで興味の対象から外れたらしい。マントをひるがえし、一(べつ)も与えずに背を向ける。ちなみに、残りは視界にも入れていない。

 羞恥に震えるガロルドをよそに、彼らはぐるりと周囲を見回した。

 そして、そこにいた人物に目を留める。



「ステラ!!」



 満面の笑みを浮かべた彼らが、ステラにわっと駆け寄った。

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