56.偽りの英雄
ざわっと同期の間にざわめきが走る。
「こら、不敬だぞ!」
「す、すみません」
すぐに衛兵から怒られて黙ったが、ざわざわとした気配はおさまらない。
それも当然だろう。彼らにとって、ガロルドは仲間を見捨てて逃げた裏切り者だ。いや、囮にしたといった方がいいかもしれない。
結局他の騎士団によって助けられたが、全員半泣きで抱き合っており、ひいひいと喘いでいた。それを見て、怒りがおさまらなかった同期の面々も矛を収めたのだ。
その彼らが、なぜ?
「なんでガロルドが……」
「どうして?」
ざわめきは未だに続いている。そんな中、ガロルドは胸を張って進み出た。
「お声がけいただき光栄です、陛下」
仲間も次々に後に続く。どうやらこの展開を知っていたらしい。驚く同期達の表情をものともせず、ガロルドは堂々と周囲を見回した。
ざわめきが静まるのを待って、国王がふたたび口を開く。
「そなたたちは仲間を助けるため、たった四名で森の奥へ向かったそうだな。騎士見習いという身でありながら、その勇気には感服する。そなたたちは騎士の鑑だ」
「もったいないお言葉です、陛下」
ガロルドが自信満々に礼をする。その表情には後ろめたさのかけらもない。嘘をついている自覚がないのか、ばれるはずがないと高をくくっているのか。
おそらく後者だろう。違うと証明する手段がなければ、彼らの嘘を暴けない。
「一応確認するが、その内容に間違いはないな?」
「もちろんです。陛下に嘘を申し上げるはずがありません」
フンと息を吐き、ガロルドはステラに目をやった。その目つきに嫌な予感を覚えたのは束の間、彼はわざとらしくため息をついた。
「そもそも、我々がそうすることになったのも、そこにいるステラ・ローズウッドのせいなのです」
「ほう?」
国王が興味を覚えた顔になる。
「彼女は実力もないくせに身勝手で、自信過剰で、生意気で。常日頃から、我々は手を焼いておりました。今回の一件も、ステラ・ローズウッドの暴走です」
ガロルドが言葉を切ると、後を仲間達が引き継いだ。
「我々の制止を無視し、彼女はひとりで森の奥へ向かいました。おそらく手柄を立てたかったのでしょう」
「彼女を助けるため、我々は森の奥へと向かいました。すべて彼女の行動がきっかけで起こったことです」
「まぁ結局は、ひとりでちゃっかり仲間と合流していたわけですが」
「な……」
ステラはあんぐりと口を開けた。言うに事欠いて、そのでたらめな内容はなんだ。
「ちっ、違います! ローズウッドはっ……」
誰かが言いかけたが、「無礼だぞ、黙れ!」と言われて黙り込む。他の面々も悔しげな顔をしていたが、言い返す事はできなかった。
「魔獣の集団発生が起きた時、我々はもう一度彼女を捜しにいこうと思いました。騎士として、そうすべきだと思ったからです。彼女が戻ったことに気づかなかったのは不注意でしたが、それだけ必死だったのです。仲間を守るため、女性である彼女を守るために、この身がどうなろうと構わないと思いました」
よくもまあそんな嘘が出るものだと思いつつ、ステラは呆れた表情を浮かべた。
そもそも、最初の時点で置き去りにされたのだし、獣の血をかけられて囮にされた。あれは殺人未遂といってもいいほどの悪質な行為だ。
その後も自分達が助かるために、仲間を見捨てて逃げた。彼らがした事はそれだけだ。間違ってもこの場で表彰されるようなものではない。
だが、その決定的な瞬間をオレッセオも第二騎士団の人間も見ていない。魔獣との戦いにかかりきりになっていたせいだ。目撃者はいるが、身分的に信用度は低い。彼らの証言を覆す決定的な証拠にはならない。
「――ローズウッドは、たったひとりで戻ってきた。魔獣に襲われた俺たちを助けるために、迷うことなく、危険な場に。お前たちが逃げたのはその後だろう」
その時、ラグラスが口を開いた。
彼の実家は男爵家だ。爵位こそ低いものの、れっきとした貴族の一員である。ぴくりとガロルドの眉が動いた。
「そっ……そうだよ。お前たちが逃げた時、ローズウッドは戻ってた!」
すぐに同期が擁護に入る。
「ローズウッドは身勝手じゃない。自信過剰でもないぞ!」
「そもそも、俺たちが助かったのはローズウッドのおかげじゃないか!」
「魔獣を見て逃げたくせに! 嘘つき!」
「ええい、黙らんか、お前ら!」
ふたたび衛兵に怒鳴られたが、彼らは引き下がらなかった。それを遮ったのはオレッセオだ。
「――静かに」
その話はもういいとばかりに首を振られ、彼らは愕然とした顔になった。
「証拠はない。口を慎め」
「でも、団長!」
「いいから、黙っていろ」
平民とはいえ、こういった場に一番馴染みがあるのはオレッセオだ。その彼に言われれば、全員押し黙るしかなかった。
ガロルドは勝ち誇った顔でステラを見ている。広がった鼻の穴から、息の漏れ出る音がした。
「ですが、私は彼女の婚約者です。将来の伴侶として、このままにはできません。そのため、今からでも徹底的にしつけ直そうと思っております」
「なっ……!?」
今度こそステラの目が見開いた。
「ほう、婚約者とな?」
国王がさらに興味を惹かれた顔になる。ガロルドは大きく頷いた。
「そう、婚約者です。家の了解も取りつけましたが、とある事情により、その話が進まなくなってしまったのです。他でもない、カイル・リバーズのせいで」
「ふうむ? どういうことか、余に説明してみよ」
「実は彼女との関係を、そこにいるカイル・リバーズ副団長に邪魔されておりました。どんな卑怯な手を使ったのか、彼女との婚約を凍結させ、私と彼女の仲を邪魔したのです。平民の分際で、貴族の結婚に口を出すのは不敬。厳重な処罰を求めます」
指さされたカイルは平然としていたが、ステラは一気に青ざめた。
貴族であるガロルドにそんな証言をされれば、平民のカイルはひとたまりもない。
「ガロルド、あなた何を言って……」
「場所をわきまえろよ、ローズウッド。ここは陛下の御前だぞ」
鋭く糾弾され、ぐっとステラは黙り込んだ。
ガロルドは優越感いっぱいの顔をしている。にやにやとした口元が嫌らしい。その目がステラの胸元を舐め回すように見つめ、ぞっと全身に鳥肌が立った。
「ステラ・ローズウッドとの再婚約と、カイル・リバーズへの不敬罪。そなたが望むのはそれだけか」
国王が思案気にガロルドに問いかける。
「そうですね……できれば騎士見習いでなく、正式な騎士になれればと。それから、将来は団長の席を約束していただければありがたいのですが」
どう見ても不遜な申し出だったが、反対の声は出ない。国王が何も言わないせいか、周囲もその言動を咎めないようだ。
ガロルドはますます得意げになり、鼻息が荒くなっている。
騎士見習いのうちは立場も低く、給与もそれほど多くない。ここで正式な騎士になっておけば、二年の時間短縮ができる上、将来は安泰だ。手に入る金もぐっと増える。まして、仲間の危機を救った勇者という触れ込み付きなら、国民からの人気も間違いない。彼の経歴は輝かしいものとなるだろう。
だが、それはすべてでたらめの、口先だけのまやかしだ。
「なるほど。そなたの功績が真実であれば、そのくらいは当然だ」
「ありがとうございます、陛下」
ガロルドは勝利を確信した顔だ。これで彼はステラを手に入れる事ができる。それだけでなく、邪魔なカイルの排除にも成功し、将来の座も手に入れた。もはやガロルドに敵はいない。
あんな男の妻なんて絶対に嫌だ。だけど、打開策が見つからない。
(どうしたら……)
何か、方法を。
その時だった。
「おっ……お待ちください、陛下!」
焦ったような声とともに、国王の前に進み出た人物がいた。
「その娘は貴重な光魔法の使い手です。ぜひ神殿で保護し、その力を役立ててもらわねばなりません」




