55.王城へ
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その後――。
結界が消えた事により、騎士団の面々はそろって森から脱出する事ができた。
魔獣の暴走状態もおさまり、当座の脅威は遠ざかった。
理性を取り戻したとはいえ、本来なら人間を襲うはずだが、魔獣の群れがこちらに襲いかかってくる事はなかった。どうやら酔いが醒めた状態に近いらしく、逃げる方が得策だと思ったようだ。
こちらとしても、重症者の手当てをしなければならない。深追いはしなかったが、次に相対する時は、互いに全力でやり合う事になるだろう。
彼らは魔獣の本能として、こちらは人々の暮らしを守るために。
ちなみに、ガロルド達は逃げた先で別の魔獣に遭遇し、死ぬほどの目に遭ったらしい。
一応書き添えておくと、全員無事に助け出され、死者はひとりも出なかった。よかったと告げた時、ラグラスにはなんとも言えない顔をされたが。
怪我を負った人間は多かったが、竜と暴走状態の魔獣が相手だ。しかも集団発生とくれば、生きている方が奇跡に近い。再結成されたばかりの第四騎士団の功績は瞬く間に国中に広まった。
特にカイルは、この討伐で【竜殺し】の異名を得た。
騎士団長殺しよりはましだろうか。いや、余計に物騒になった気がしないでもない。
カイルはどう呼ばれようと気にしないのか、今日も欠伸を噛み殺している。とてもあの戦いをした当人とは思えない。
ちなみに、辺境の方に出た竜は、敵わないと見るや逃げ去ったそうだ。活躍したのは第三騎士団で、こちらよりも小型の竜だった。
騎士団も日常を取り戻し、訓練や演習が始まっている。
そんな風に、のんびりとした日々が過ぎた。
第四騎士団が王城へ呼び出されたのは、それから数日後の事だった。
「き、緊張する……」
ごくり、と誰かが息を呑む。
「俺こんなすごいとこ来たの初めて。マジ吐きそう」
「俺ちょっとチビりそう」
「俺はその吐き気と緊張感が、かえって妙な快感に……」
アホか、と盛大に突っ込まれ、彼はへへっと照れ笑いした。
彼らがいるのは王城の広間だ。
周囲には着飾った人間が集まり、華やかな様相を呈している。飾り気のない面々は、護衛の騎士と衛兵だろう。他にも重臣らしき人の姿や、第一騎士団をはじめとした騎士団長、高位貴族もずらりと並ぶ。
ひときわ壮麗な衣服に身を包んでいるのは神殿の人間だろう。神殿長をはじめ、十名を超える神官がいる。
一段高い場所に席が設けられ、そこには王族が揃っていた。
王妃に加え、第一王子、第二王子が並ぶ中、一段と目を惹くのは第三王子だ。金髪に深い翠の瞳、麗しい外見もさる事ながら、凛々しい騎士服姿が目を奪う。
彼も王宮寮の出身であり、今日は第一騎士団の副団長として列席している。そのため、ひとりだけ離れた場所に立っている。人目につきにくい位置だが、誰よりも目立っている。
オレッセオとは同期であり、先ほども視線を交わしていた。
「あっ第三王子こっち見てくれた」
「俺も目が合った」
「俺も」
「俺も」
「……いやあれもしかして、騎士団の方見てるんじゃね?」
その中のひとりが何かに気づいたらしく、背後にいる第一騎士団の方へ目を向ける。
「いや騎士団じゃなくて俺たちだろ」
「角度がほんのちょっと違う」
「絶対こっち見てた。間違いない」
「でも見つめられる心当たりがない……」
ひそひそと囁き交わしていたが、結論は出なかったらしい。うーんと言いながら口をつぐむ。気のせいでも、第三王子に見つめられたと思うだけで嬉しいのだ。
何せここにいる人々のほとんどは力のある貴族であり、王家とのつながりを持っている。
下級貴族はもとより、平民出身の彼らには、文字通り、雲の上の存在だ。
だが、彼らは今日の正式な招待客だ。その証拠に、集まった人々から向けられる目はあたたかい。みんな先日の活躍を知っているらしい。それが分かったのか、彼らも少しは落ち着いた。
全員いつもの騎士服姿だが、精いっぱい磨き立て、留め具も靴もぴかぴかだ。ガロルドなどの貴族階級は、この日のために新しい服を仕立てたらしい。大層な事である。
その輪には加わらないラグラスが、ちらりとステラの方を見た。
「大丈夫か、ローズウッド」
「え? うん、もちろん」
「嫌なら不参加でも良かったんだ。目立つのは嫌なんだろう?」
「そんなわけにはいかないよ。国王陛下からの命令でしょう?」
「だが、お前の身の安全が……」
その時、ぽんと頭を叩かれた。
「どうした、お前ら?」
「副団長!」
振り返った二人が声をそろえる。
そこにはカイルが立っていた。
今日はカイルも正装している。見習い騎士と違い、団長のオレッセオとカイルは正式な騎士だ。そのため、一段格式の高い恰好をしている。
襟の詰まった上着に、肩にかかった深紅のマント。凝った装飾がスラリとした体躯に合って美しい。オレッセオのマントは濃紺で、対照的な色合いがよく似合う。
通常の礼服は黒か紺だが、王城に呼び出される時は白を着用するらしい。オレッセオはともかく、カイルが正装している姿を見るのは初めてで、なんだかどきどきしてしまった。
「どうした、ローズウッド?」
「な、なんでもないです」
「そうか。よく似合ってるぞ、その恰好」
ついでのように言われ、ステラは赤面した。
ステラも騎士服姿だが、細部が男性用とは異なっている。ガロルドに斬られた稽古着と違い、こちらは正装だ。使われている布も上等で、とんでもなく着心地がいい。ステラの細い腰を引き立てるように、体のラインに沿ったデザインをしている。自分ではとても買えないものだが、登城前に届いたのだ。
思わず頬に手をやると、さらりと長い髪が揺れた。
顔を赤くしたステラに、ラグラスが小さく息を吐く。
「……まぁ、頑張れ、ローズウッド」
「え?」
「なんでもない」
そう言うと、彼は前を向いてしまう。不思議に思ったが、ステラはそれ以上聞かなかった。
カイルも斜め前に場所を移し、その位置で待機する。
やがて、空気がピンと張りつめた。
「国王陛下のご到着!」
朗々とした声が響き、全員が一斉に跪く。
そうしないのは護衛の兵士と、ごくわずかな例外くらいだ。具体的に言うと、足の悪い老人や、神殿の関係者など。彼らも深く頭を下げ、胸に手を当てている。
「――よい。楽にせよ」
現れた人物は、ゆったりとした口調で告げた。
国王が手を振ると、人々は音もなく立ち上がる。
ステラも教えられた通りの作法を守ったが、同期の中にはわずかにタイミングを外した者もいた。
ぐるりと広間を見回して、国王はおもむろに玉座についた。
「こたびの災害、よくぞ防ぎ切った。礼を言うぞ、我が国の勇敢なる剣たちよ」
その声には深みがあり、人を従わせる響きを持っていた。
「ありがたきお言葉です、陛下」
第四騎士団を代表し、オレッセオが答える。国王は無言で頷いた。
確か五十は過ぎているはずだが、思ったよりも若々しい。この国の誰よりも高貴な彼は、続けて口を開いた。
「褒美を取らせなければならぬが、その前に、若き勇者をたたえようではないか」
「勇者?」
オレッセオが不思議そうな顔になる。国王はうむ、と頷いた。
「ガロルド・ハーヴェイとその仲間。計四名、前へ」




