54.決着
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――いいかい、これは封印だ。
どこかで遠い声がする。
――この封印をすれば、魔法が一切使えなくなる。それでも本当に封じる気か?
聞いてくれたのは、黒髪に赤目の青年だった。色気のある顔立ちで、艶やかな声の持ち主だ。
うん、とステラは頷いた。
――魔法だけじゃなく、魔力もです。まして、あなたは光魔法の使い手でしょう。本当に後悔しませんか?
そう言ったのは水色の髪の人だった。黒髪の人物とは対照的に、清廉な雰囲気をまとっている。
案じるような声を受け、ステラはふたたび頷いた。
後悔なんてしない。神殿に閉じ込められるより、自分の力で立っていたい。
――いざとなったら、第三騎士団に来ればいいよ。そしたら守ってあげられる。今からでもそうしたら?
今度口を開いたのは茶色の髪の人物だった。人なつっこく、明るい性格の青年だ。
いいの、とステラは首を振る。
その提案は魅力的だけれど、彼らに迷惑がかかってしまう。それに、表立って魔法が使えない以上、第三騎士団に入るわけにはいかない。ステラ自身も、その気はない。
ステラの意思が変わらない事を悟ったのか、彼らはそれ以上言わなかった。
――いいよ、ステラ。君がそう望むなら。
小さな左手に、次々と手が重ねられる。
そこから強い魔力が流れ込み――ステラは、気を失った。
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ほんのわずか、意識が遠のいていたらしい。
はっと気づくと、ステラは軽く首を振った。
「ローズウッド、大丈夫か?」
「平気です。すみません」
どうやら魔力を使い過ぎてしまったらしい。頭がぐらぐらして、気を抜くと倒れそうになる。
(危なかった……)
この感覚は久々だ。魔力のコントロールができなかったころ、よく彼らに「この状態になったらやめろ」と言われていた。今の感覚はあの時のものだ。
だとすれば、もう長くは保たないだろう。
(でも、このままじゃ……)
魔獣は次から次へと現れる。
魔素が高まっている事により、周辺の森からも魔獣が集まってきているようだ。【妖精の鳥籠】が発動する前に集まった魔獣は、そのまま結界の中に閉じ込められる。
空に輝く光を見上げ、ステラは唇を噛みしめた。
――せめてあれを壊せれば。
魔素が薄まり、結界がなくなれば、全員で生還できる可能性が高まる。
けれど、そうするには莫大な魔力が必要だ。少なくとも、魔力持ちが十名以上。いや、もっと必要かもしれない。
(だけど……)
ステラの持つ光属性は、魔素に対抗できる唯一のものだ。これなら、もしかしたら。
「団長」
呼ぶ声に、オレッセオが振り返った。
「あの結界を壊します。時間を稼いでいただけますか」
「できるのか?」
「やってみます。それに――いつまでもこうしているわけにはいきません」
ステラの視線の先で、激しい炎がはじけ飛ぶ。
カイルと竜との戦いは、さらに激しさを増していた。
だが、【妖精の鳥籠】が発動した以上、圧倒的に有利なのは竜の方だ。魔素を補充できる上、力もいつも以上にみなぎっている。対する人間にとって、魔素は毒だ。長く戦い続ける事はできない。今は互角でも、長引けば長引くほど不利になる。
そんな事になれば、どのみち全滅だ。
そうなる前にと、ステラは瞳に力を込めた。
「成功する確率は?」
「分かりません。低いかも。ううん、かなり低いと思います。でも」
やってみる価値はある。
その言葉に、オレッセオは頷いた。
「協力しよう。――聞こえたな、全員! 全力でこの場を守り抜け!」
「了解!!」
彼らの声は張りつめていたが、そこに焦りの色はない。
「頼むな、ローズウッド」
「無理すんなよ。でもちょっとだけ頑張って。ちょっとだけな」
「終わったら昼飯おごる!」
「いや食事支給だろ」
あっそうかと言いながら、へへっと照れ笑いする声が混じる。それと同時にかすかな笑い声が起こり、「ローズウッド」と名前を呼ばれた。
「やるだけやってくれ、後は任せろ」
「失敗しても元々だろ。気楽にやれよな」
「無事に戻ったら、俺好きな子に告白するんだ」
「お前それ死亡フラグ……」
ふたたび照れ笑いする声がして、どっと彼らの輪が沸く。ちなみに、好きな子に告白すると告げた彼は、食事をおごると言った人間と同一人物だ。
それを聞いたら、ふっと体の力が抜けた。
「緊張感がないにもほどがあるだろう、あいつら……」
いつの間にか隣に来ていたラグラスが、呆れた顔で嘆息する。
「うん、でも、緊張が解けた」
「解けすぎだ。まあ、でも、いいだろう」
ちらりと横目でステラを見て、かすかに目元を和らげる。
「全員で帰ろう。騎士寮へ」
「うん」
頷くと、ステラは両手を組み合わせた。
幼いころからずっと行ってきた魔法の手順。魔力を失ってからも、鍛錬を怠るなと言われていた。その意味が今なら分かる。
たとえ封じられていても、魔力は自分の中にあった。途絶える事なく続けられていた一連の流れが、馴染みのある感覚を伴ってよみがえる。金色の粒がひとつひとつ、ゆるやかに全身に行き渡る。
ふわり、とかすかな風が吹いた。
胸の辺りに光がともる感覚があった。
体の隅々まで広がった魔力は、やがて左手に施された封印に行きつく。今まで自分を守ってくれた、大切な守護と親愛の証。
――でも、もう大丈夫。
パキン、と澄んだ音がした。
見えない力が封印を壊し、力を解放しようとしている。
パキン、パキ、パキ、パキン。
左手に複雑な術式が浮かび上がり――そして、光とともに砕け散った。
「――いきます」
強い風が巻き起こる。
光をまとった金色の粒が、魔力のうねりとなって表れる。
粒はやがて帯となり、帯は膨大な波となって、ステラの全身を覆っていく。
――あの結界に、風穴を。
途端、すさまじい魔力が炸裂した。
放たれた力は奔流となって、空の一点を駆け上がる。目指すのはその中心だ。
白く禍々しい真昼の星に、清廉な光が突き刺さる。
次の瞬間、星は粉々に砕け散った。
「副団長! 今です!」
その声が聞こえたのか、それとも。
ステラの声に、カイルがふと首をめぐらせたように見えた。
気のせいか、先ほどよりも動きが軽い。
遠くでふっと笑う気配を感じた。
そうだなと告げた声は、空耳なのか、現実か。
――次の瞬間、竜の首に深々と剣が突き刺さった。
お読みいただきありがとうございます。大型竜編、決着です。




