53.ステラの過去
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「団長は知っていたんですか」
ザシュッ!! という音とともに、斬り裂かれた魔獣の毛が宙を舞う。
魔獣による攻撃をしのいだ後、ラグラスは隣にいるオレッセオに問いかけた。
オレッセオだけはステラの魔力に驚いていなかった。それどころか、真っ先に体調を心配していた。そして、ステラもそれを自然に受け入れていた。
ちらりと背後に目をやり、オレッセオは頷いた。
「一応はな。あの子……ローズウッドとは、もう十年の付き合いになる」
「十年?」
目を丸くしたラグラスに、「正確にはもう少しか」と付け加える。
「もうずいぶん昔の話だが。腹を空かせてぼろぼろのあの子を見つけたのは、王宮寮の近くだった」
ステラと名乗った少女は、当時七歳の子供だった。
根気よく話を聞き出すと、継母との折り合いが悪いようで、その日も食事抜きで家を追い出されたという。着ているものもひどく、靴には穴が空いていた。
「かなりひどい暮らしをしているのは明白だった。最初は家に戻す予定だったが、色々あって――そうだな、そのあたりは省略するが、反吐が出るような理由だ――とにかく、全員で相談した結果、あの子を匿うことになった」
名目上は幼い騎士見習いとして。
多少強引ではあったが、ステラの家の了解も取りつけた。
だが、ひとつだけ予想外の事があった。
「彼女は魔力持ちだった。それも、光属性の持ち主だ」
光属性の魔力持ちは少なく、その価値は王族にも匹敵する。
それだけでなく、彼女は光魔法を使えるだけの魔力を有していた。この国でも数名しかいない、貴重な使い手だ。
今まで発覚していない事が不思議だったが、継母の嫌がらせにより、七歳を過ぎた子供に与えられるはずの祝福を受けていない事が判明した。神殿での華やかな行事も、神官に見守られて行う魔力検査も、すべて参加させていなかったのだ。
神殿に見つかれば、おそらく無理やり奪われるだろう。それをステラが望まない事は明らかだった。
「彼女には夢があった。今の家を出て、自分の力で生きたいと。毎日食事の心配をせず、清潔な服を着て、あたたかいベッドで眠りたいと」
そしてそのために騎士になりたいと、オレッセオ達に言ったのだ。
「正直、仲間の誰も、あの子を可愛がらない人間はいなかった」
神殿に報告義務がないのをいい事に、彼らはステラの魔力を口外しない事を決めた。そして、彼らの寮に匿いながら、彼女の身を守る事を決断した。
ステラはそこで魔法をはじめ、騎士として必要な知識のほとんどを教わった。
男性と比べて体格の劣るステラのために、何かされた場合の回避術、特に受け身の練習が重点的に行われた。怪我をしないようにという親心だが、過保護なのは否めない。ちなみに、オレッセオが剣を教えたのもこのころだ。
ステラは筋がよく、呑み込みも早かった。オレッセオのようにとまではいかなかったが、剣さばきはかなり上達した。ラグラスとの戦いでも、その片鱗はかいま見えたはずだ。
十三歳のころには卒業資格を手にしていたが、卒業が認められるのは十七歳からだ。年齢の足りなかったステラは、そのまま寮に留め置かれた。ただし、座学も実技もとっくに合格をもらっている。足りなかったのは年齢だけだ。
それを知らなかったガロルド達はステラを落ちこぼれと馬鹿にしていたが、とんでもない。その時点で、ステラの方がはるかに彼らの上を行っていたのだ。
だがその一方で、新たな問題が勃発した。
「彼女が十五歳になったころ、魔力が強くなってきた」
このままだと、周囲に隠し切れなくなる事は明白だった。元々、いつまでも隠し通せるものでもない。いずれ何かの折に見つかってしまう危険は十分にあった。
当時の仲間は既に全員が寮を出ており、いざという時に守り切れない。
悩んだ末、彼らはひとつの方法を選んだ。
「魔力の封印だ。魔法が一切使えなくなる代わりに、魔力持ちだと分からなくなる」
ただし、それには大きな副作用があった。
「魔力を無理に封じれば、当然体に負荷がかかる。血液を無理にせき止めるのと同じことだ。体の感覚がおかしくなり、今までできていたことができなくなる。それだけでなく、反射速度、体力、体の重さ、剣の腕も格段に落ちる。騎士としては致命的だ」
ただでさえ体格の劣るステラが、さらに不利な状況となるのだ。彼らは反対したが、ステラがそれを押し切った。
かくして、ステラの魔力は封じられた。
それを行ったのは、当時でも最強の呼び声が高かった三名だった。
魔力を封じられた後、ステラはさすがに苦労していたようだった。
だが、彼女はあきらめなかった。ふたたび剣を取り、初めから基礎を学び直したのだ。
今の体に慣れるため、体力をつけて、教えられた訓練を繰り返し、騎士生として認められるレベルにまで復活した。それはぎりぎり合格点というレベルだったが、ステラにとっては快挙だった。
そしてステラは彼らと離れ、今に至る。
「君と試合で戦った時は、一時的に制御が外れたのだろう。そのせいで、わずかに昔の感覚を取り戻していたのかもしれない。だが、魔力が使えない以上、長くは続かない。決勝の後、彼女が倒れたのはそのせいもあったのだろうな」
無防備な体では、薬の影響をまともに受けてしまう。後遺症がなくて幸いだったが、本当に危ないところだったのだ。もしステラが負けていれば、どんな目に遭ったのか。
「ローズウッド……」
「封じられた魔力を使うには、相当な負荷がかかる。正直、今でもぎりぎりだろう。だが、それでもいいと判断したんだ。他でもない、我々のために」
「…………」
「守るぞ。いいな」
ラグラスは顔を引きしめた。瞳に強い光が宿る。
「騎士の誇りに懸けて、必ず」




