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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-3

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52.ステラの秘密


    ***

    ***



 次に起こった事が、彼らには信じられなかった。


「え……」

「あ……」

「……何?」


 全員が呆然と呟いている。

 それもそのはず、飛びかかってきたはずの魔獣が、すべて目の前で跳ね返されたのだ。それだけでなく、何かを恐れるように後退している。

 何が起こっているのか分からず、彼らは目を見交わした。


「――ローズウッド……?」

 その時、ラグラスが呟いた。


「お前、その体……?」

「――ごめんなさい、説明してる時間がないの」


 彼らが目をやると、華奢な少女がそこにいた。

 魔素で倒れた仲間のために走り回ってくれた同期の少女。第四騎士団唯一の女性で、ラグラスを倒した実力の持ち主だ。


 だが、これは……なんだろう?

 ステラの体は淡く輝き、金色の光に包まれていた。


「できるだけ集まって。結界の外に出ないで」

「なんで光って……それに、結界?」

「時間がないの。言うことを聞いて、お願い」


 よく見ると、周囲も金色の光に包まれていた。

 不思議な事に、魔獣はその中に入れないようだ。それどころか、怯えたように後ずさる。結界という言葉の通り、ここにいれば襲われないらしい。


 少し離れた場所にいた者達が、慌てたように集まってくる。オレッセオだけは剣を構えたまま、血相を変えて駆け寄ってきた。


「ローズウッド、無事か?」

「大丈夫です、団長。それよりみんなを」


 その両手はやはり淡い光を宿している。これとよく似た光景を、ラグラスは以前にも見た事があった。


 あれは確か、各騎士団を見学した時だ。第三騎士団の演習で、彼らは魔法を操っていた。

 この光景は、それによく似ている。


「ローズウッド、お前、魔力が……?」


 魔力を持つ者を魔力持ちといい、この国でも一定の割合で存在する。だが、その数は決して多くない。魔力持ち自体が珍しく、それを自在に操れる者はもっと少ない。一般に魔法と呼ばれる力は、強い魔力を有する者だけが使える特権だ。


 だが――この力は、なんだ?


 見た目は似ているが、第三騎士団が扱う魔法とは明らかに違う。もっと澄み切った、圧倒的な清らかさ。触れるだけですべてを浄化するような輝きが、ステラを中心に広がっていく。

 その清廉な力には、ひとつだけ心当たりがあった。


(まさか……光魔法か?)


 数少ない魔法使いの中でも、光魔法の使い手は特に希少だ。その魔力を持っているだけで奇跡と言われ、この国どころか、他国中探してもほとんどいない。


 見つかったが最後、その身柄は神殿預かりとなる。そして、その多くが生涯神殿のために働き、外の世界に出る事はほとんどない。


「お前……魔力持ちだったのか?」

「今は使えないはずだったけど。私も、使うつもりはなかったけど……。今は、そういうことを言ってる場合じゃないから」


 ステラを中心に、聖なる輝きが満ちあふれ、周囲の魔素を浄化する。

 地面に倒れていた者達が、次々にうめき声を上げて起き上がった。


「俺たち、一体……」

「ローズウッド、その光は……?」

「どうしたんだ……一体何が?」


 戸惑ったように頭を振り、きょろきょろと辺りを見回している。それを見ていたステラが、ほっとしたように息を吐いた。


「もう大丈夫。魔素は浄化できたみたい」

 でも、と顔を引きしめる。


「【妖精の鳥籠】がある以上、森からは出られない。それに、私の魔力も長くは保たない。いつまでもこうしているわけには……」

「ローズウッド!」

 その時、見習いを介抱していたオレッセオが声を上げた。


「もういい、十分だ。一度休め」

「ですが、団長……」

「第三騎士団の精鋭が十人がかりで起動するレベルの結界だ。体に負担がかかりすぎる」


 オレッセオの顔つきは厳しかった。それを裏づけるように、ステラは張りつめた空気をゆるめない。先ほどは気づかなかったが、その顔色は悪い。汗もびっしょりとかいている。

 それに気づいたのか、同期がざわざわと反応した。


「どうしよう、このままじゃ……」

「けど、結界が消えたらどうなるんだ?」

「そんなこと言ったって、ローズウッドが……!」

「――大丈夫」


 はっとみんなが黙るのと同時に、ステラが顔を上げた。


「体力には自信があるの。簡単にへばらないよう、副団長が特訓してくれたから。だから、大丈夫。心配しないで」

「でも、ローズウッド!」

「副団長も竜と戦ってる。邪魔になりたくない」


 それに、とステラはへらっと笑った。


「みんなのことも助けるよ。仲間だもん」


 その額から汗がしたたり落ちる。辛くないはずがないのに、ステラは笑みを浮かべたまま、大丈夫、と繰り返した。


「ここにいれば安全だから。心配しないで」

「ローズウッド……」

 そこで我慢できなくなったのか、ひとりが声を詰まらせた。


「なんでそんな、俺たちのために……」

「俺たち、ずっとひどいことしてたのに」

「仲良くなったのなんて、つい最近だろ。なのに、なんで……」

「――だって、友達だから」


 ステラは気の抜けた顔で笑った。


「助けるよ。同期だもん」

「……!」


「みんなで一緒に寮に帰ろう。大丈夫、ここには団長も副団長も、第二騎士団の騎士もいる。みんなで力を合わせれば、きっと無事に帰れるから」

「ローズウッド……」

「今は私の番。絶対に、手出しはさせない。誰にも――」


 その瞳には迷いがなかった。

 肩で息をついたまま、ステラが足を踏みしめる。だが、わずかに力が足りなかったらしく、かくりとその膝が崩れ落ちた。


「ローズウッド!」


 反射的にそれを抱き留め、ラグラスが短く息を呑む。

 ステラの体は燃えるように熱く、ぐったりとラグラスにもたれている。呼吸も浅く、立っているのもやっとに見えた。


「お前、こんな状態で……」

「無理やり魔力を使った副作用……だから、平気……」

 ふたたびへらっと笑われたが、ラグラスはぎゅっと眉を寄せた。


「平気なはずないだろう!」

 お前ら、と視線を巡らせる。


「大怪我をしたやつはいるか」

「…………」

「剣が握れないやつはいるか」

「…………」

「足が動かないやつは。それ以外にも、戦闘不能なやつはいるか」


 ぽつぽつと手が上がったが、彼らは悔しげな顔をしていた。


「でも戦闘不能じゃない。()き腕じゃなければ、まだやれる……!」

「分かってる。続きの質問だ」


 この中で、と声を張る。


「指一本動かせないやつはいるか」

「…………」

 いない、とどこからか声が返る。


「視線を動かせないやつは。声を出せないやつはいるか?」

「……い、いない」


「利き腕が駄目なら逆の腕で。両腕が駄目なら足を使え。両方駄目なら歯を、それも無理なら目か耳を。それでも駄目なら声を出せ。威嚇くらいはできるだろう」

「ら、ラグラス?」


「噛みついてもいいし、引っかいてもいい。足が無事なら(かく)乱もできる。それができなくても、目か耳が無事なら指示が出せる。この場において、役に立たないやつはいない」

「……!」

 それを聞き、彼らが驚愕の顔になった。


「剣が使えないやつは、使える人間に武器を回せ。全員分行き渡るはずだ。剣が折れたなら(さや)を、それも無理なら柄でもいい。石でも木でも、その辺にあるものを全部使え。力を合わせれば、中型の魔獣くらい倒せる。さっきも言ったが、俺たちは騎士見習いだ」


「ラグラス、もしかして……」

「ローズウッド、結界を弱められるか」


 唐突に聞いたラグラスに、ステラは戸惑った顔で頷いた。


「できるけど……これ以上結界を弱めると、竜の炎が防げないし、魔獣も侵入してくるから……」

「魔素だけどうにかなればいい。それなら、お前の体に負担は少ないな?」

「え? それは……そうだけど」

「聞いたな、みんな!」


 ラグラスが声を張り上げる。


「魔獣は俺たちが討伐する。魔獣の爪一本、毛のひとすじもローズウッドに触れさせるな! こいつは俺たちの仲間だ。何がなんでも守り抜け!」


 ぽかんとした顔が数名、だが――その表情が見る間に力を帯びていく。


「おおおおおおおっ!」


 全員が叫び声を上げる。轟くようなその声は、森の木々を揺るがした。

 ステラを立たせると、ラグラスが高く剣を掲げる。


「ローズウッドを守りつつ、団長や正騎士、及び副団長の足手まといにならないように立ち回る。いいな!」

「了解!!」


 ざっと散開する彼らに、ステラがぽかんとした顔になる。ふたたびよろけた体を抱き留めたのは、第二騎士団の青年だった。


「……なかなか頼もしい仲間たちじゃないか」


 ねえ団長、とオレッセオの顔を見る。

 いつの間にか気配を殺していたオレッセオが、柔らかな顔で頷いた。


「君が我々を守ってくれるように、君のことはここにいる全員で守る。心配ない、彼らなら大丈夫だ」

「団長……」

「君は結界の維持に集中してくれ、ローズウッド」


 そう言った後、彼は誇らしそうに顔を上げた。


「大丈夫、彼らは強い。君の仲間を信じろ」

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