52.ステラの秘密
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次に起こった事が、彼らには信じられなかった。
「え……」
「あ……」
「……何?」
全員が呆然と呟いている。
それもそのはず、飛びかかってきたはずの魔獣が、すべて目の前で跳ね返されたのだ。それだけでなく、何かを恐れるように後退している。
何が起こっているのか分からず、彼らは目を見交わした。
「――ローズウッド……?」
その時、ラグラスが呟いた。
「お前、その体……?」
「――ごめんなさい、説明してる時間がないの」
彼らが目をやると、華奢な少女がそこにいた。
魔素で倒れた仲間のために走り回ってくれた同期の少女。第四騎士団唯一の女性で、ラグラスを倒した実力の持ち主だ。
だが、これは……なんだろう?
ステラの体は淡く輝き、金色の光に包まれていた。
「できるだけ集まって。結界の外に出ないで」
「なんで光って……それに、結界?」
「時間がないの。言うことを聞いて、お願い」
よく見ると、周囲も金色の光に包まれていた。
不思議な事に、魔獣はその中に入れないようだ。それどころか、怯えたように後ずさる。結界という言葉の通り、ここにいれば襲われないらしい。
少し離れた場所にいた者達が、慌てたように集まってくる。オレッセオだけは剣を構えたまま、血相を変えて駆け寄ってきた。
「ローズウッド、無事か?」
「大丈夫です、団長。それよりみんなを」
その両手はやはり淡い光を宿している。これとよく似た光景を、ラグラスは以前にも見た事があった。
あれは確か、各騎士団を見学した時だ。第三騎士団の演習で、彼らは魔法を操っていた。
この光景は、それによく似ている。
「ローズウッド、お前、魔力が……?」
魔力を持つ者を魔力持ちといい、この国でも一定の割合で存在する。だが、その数は決して多くない。魔力持ち自体が珍しく、それを自在に操れる者はもっと少ない。一般に魔法と呼ばれる力は、強い魔力を有する者だけが使える特権だ。
だが――この力は、なんだ?
見た目は似ているが、第三騎士団が扱う魔法とは明らかに違う。もっと澄み切った、圧倒的な清らかさ。触れるだけですべてを浄化するような輝きが、ステラを中心に広がっていく。
その清廉な力には、ひとつだけ心当たりがあった。
(まさか……光魔法か?)
数少ない魔法使いの中でも、光魔法の使い手は特に希少だ。その魔力を持っているだけで奇跡と言われ、この国どころか、他国中探してもほとんどいない。
見つかったが最後、その身柄は神殿預かりとなる。そして、その多くが生涯神殿のために働き、外の世界に出る事はほとんどない。
「お前……魔力持ちだったのか?」
「今は使えないはずだったけど。私も、使うつもりはなかったけど……。今は、そういうことを言ってる場合じゃないから」
ステラを中心に、聖なる輝きが満ちあふれ、周囲の魔素を浄化する。
地面に倒れていた者達が、次々にうめき声を上げて起き上がった。
「俺たち、一体……」
「ローズウッド、その光は……?」
「どうしたんだ……一体何が?」
戸惑ったように頭を振り、きょろきょろと辺りを見回している。それを見ていたステラが、ほっとしたように息を吐いた。
「もう大丈夫。魔素は浄化できたみたい」
でも、と顔を引きしめる。
「【妖精の鳥籠】がある以上、森からは出られない。それに、私の魔力も長くは保たない。いつまでもこうしているわけには……」
「ローズウッド!」
その時、見習いを介抱していたオレッセオが声を上げた。
「もういい、十分だ。一度休め」
「ですが、団長……」
「第三騎士団の精鋭が十人がかりで起動するレベルの結界だ。体に負担がかかりすぎる」
オレッセオの顔つきは厳しかった。それを裏づけるように、ステラは張りつめた空気をゆるめない。先ほどは気づかなかったが、その顔色は悪い。汗もびっしょりとかいている。
それに気づいたのか、同期がざわざわと反応した。
「どうしよう、このままじゃ……」
「けど、結界が消えたらどうなるんだ?」
「そんなこと言ったって、ローズウッドが……!」
「――大丈夫」
はっとみんなが黙るのと同時に、ステラが顔を上げた。
「体力には自信があるの。簡単にへばらないよう、副団長が特訓してくれたから。だから、大丈夫。心配しないで」
「でも、ローズウッド!」
「副団長も竜と戦ってる。邪魔になりたくない」
それに、とステラはへらっと笑った。
「みんなのことも助けるよ。仲間だもん」
その額から汗がしたたり落ちる。辛くないはずがないのに、ステラは笑みを浮かべたまま、大丈夫、と繰り返した。
「ここにいれば安全だから。心配しないで」
「ローズウッド……」
そこで我慢できなくなったのか、ひとりが声を詰まらせた。
「なんでそんな、俺たちのために……」
「俺たち、ずっとひどいことしてたのに」
「仲良くなったのなんて、つい最近だろ。なのに、なんで……」
「――だって、友達だから」
ステラは気の抜けた顔で笑った。
「助けるよ。同期だもん」
「……!」
「みんなで一緒に寮に帰ろう。大丈夫、ここには団長も副団長も、第二騎士団の騎士もいる。みんなで力を合わせれば、きっと無事に帰れるから」
「ローズウッド……」
「今は私の番。絶対に、手出しはさせない。誰にも――」
その瞳には迷いがなかった。
肩で息をついたまま、ステラが足を踏みしめる。だが、わずかに力が足りなかったらしく、かくりとその膝が崩れ落ちた。
「ローズウッド!」
反射的にそれを抱き留め、ラグラスが短く息を呑む。
ステラの体は燃えるように熱く、ぐったりとラグラスにもたれている。呼吸も浅く、立っているのもやっとに見えた。
「お前、こんな状態で……」
「無理やり魔力を使った副作用……だから、平気……」
ふたたびへらっと笑われたが、ラグラスはぎゅっと眉を寄せた。
「平気なはずないだろう!」
お前ら、と視線を巡らせる。
「大怪我をしたやつはいるか」
「…………」
「剣が握れないやつはいるか」
「…………」
「足が動かないやつは。それ以外にも、戦闘不能なやつはいるか」
ぽつぽつと手が上がったが、彼らは悔しげな顔をしていた。
「でも戦闘不能じゃない。利き腕じゃなければ、まだやれる……!」
「分かってる。続きの質問だ」
この中で、と声を張る。
「指一本動かせないやつはいるか」
「…………」
いない、とどこからか声が返る。
「視線を動かせないやつは。声を出せないやつはいるか?」
「……い、いない」
「利き腕が駄目なら逆の腕で。両腕が駄目なら足を使え。両方駄目なら歯を、それも無理なら目か耳を。それでも駄目なら声を出せ。威嚇くらいはできるだろう」
「ら、ラグラス?」
「噛みついてもいいし、引っかいてもいい。足が無事なら攪乱もできる。それができなくても、目か耳が無事なら指示が出せる。この場において、役に立たないやつはいない」
「……!」
それを聞き、彼らが驚愕の顔になった。
「剣が使えないやつは、使える人間に武器を回せ。全員分行き渡るはずだ。剣が折れたなら鞘を、それも無理なら柄でもいい。石でも木でも、その辺にあるものを全部使え。力を合わせれば、中型の魔獣くらい倒せる。さっきも言ったが、俺たちは騎士見習いだ」
「ラグラス、もしかして……」
「ローズウッド、結界を弱められるか」
唐突に聞いたラグラスに、ステラは戸惑った顔で頷いた。
「できるけど……これ以上結界を弱めると、竜の炎が防げないし、魔獣も侵入してくるから……」
「魔素だけどうにかなればいい。それなら、お前の体に負担は少ないな?」
「え? それは……そうだけど」
「聞いたな、みんな!」
ラグラスが声を張り上げる。
「魔獣は俺たちが討伐する。魔獣の爪一本、毛のひとすじもローズウッドに触れさせるな! こいつは俺たちの仲間だ。何がなんでも守り抜け!」
ぽかんとした顔が数名、だが――その表情が見る間に力を帯びていく。
「おおおおおおおっ!」
全員が叫び声を上げる。轟くようなその声は、森の木々を揺るがした。
ステラを立たせると、ラグラスが高く剣を掲げる。
「ローズウッドを守りつつ、団長や正騎士、及び副団長の足手まといにならないように立ち回る。いいな!」
「了解!!」
ざっと散開する彼らに、ステラがぽかんとした顔になる。ふたたびよろけた体を抱き留めたのは、第二騎士団の青年だった。
「……なかなか頼もしい仲間たちじゃないか」
ねえ団長、とオレッセオの顔を見る。
いつの間にか気配を殺していたオレッセオが、柔らかな顔で頷いた。
「君が我々を守ってくれるように、君のことはここにいる全員で守る。心配ない、彼らなら大丈夫だ」
「団長……」
「君は結界の維持に集中してくれ、ローズウッド」
そう言った後、彼は誇らしそうに顔を上げた。
「大丈夫、彼らは強い。君の仲間を信じろ」




