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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-3

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51.絶体絶命の中で


「うわああああああああああッ!?」

「なんでぇえええええっ!?」


 絶叫が辺りにこだまする。

 ステラも硬直していたが、我に返るのは早かった。


「みんな、こっち! 団長の方へ」

「こ、腰が抜けて……」

「動けない……っ」

「急いで!」


 ひとりに手を貸し、残りの同期も引っ張り上げる。彼らはよろけつつも駆け出した。


「団長!」

 オレッセオの元に集まると、彼は厳しい顔をしていた。


「怪我人が多いな。歩ける者は?」

 半数以上の手が上がったが、歩けない者も多数いる。そのうち何名かは、かなり重傷のようだ。


「お……俺たち、あとからついていきます。早く逃げましょう」

「そういうわけにはいかない。見習いだけで残るのは危険だ」

「でも、このままじゃ……」


 竜のそばにいる方が、魔獣に襲われるよりもずっと怖い。彼らはそう言いたいのだろう。それは他の人間も同じだったのか、こくこくと頷いている。

 それが分かったのか、オレッセオも頷いた。


「……仕方ない。肩を貸せる者は貸してやれ。軽症者は仲間を守りつつ、全員で退避する。いいな、くれぐれも無理をするな」


 指を一本立て、返事は不要という身振りをする。

 頷いた彼らは、すぐに足音を殺して歩き出した。


(副団長……)


 どうか、無事で。

 だが、いくらも進まないうちに、彼らのひとりがよろけた。


「あ……あれ?」

 起き上がろうとして、ふたたび地面に倒れ込む。


「どうした?」

 肩を貸そうとした別のひとりも膝をつく。その目はわずかに見開いていた。


「なんだ、これ……?」

「体が、動かない……?」


 はっと周囲を見ると、次々に仲間達が倒れていく。驚いたようにそれを見ていた第二騎士団の青年も、めまいを感じたようにふらついた。

 はっとオレッセオが息を呑む。


「全員、呼吸に気をつけろ! 深く吸い込むな、動けなくなるぞ!」

 その言葉でステラも気がついた。


(そうか、魔素……!)


 この森には魔素が充満している。それに惹かれて魔獣の集団発生が起こっているのだ。ただでさえ魔素が濃くなっている上、戦闘によって呼吸の回数が増え、余計に魔素を吸ってしまった。


 魔素は毒や瘴気に近い。いや、毒消しが利かない分、余計に(たち)が悪いと言える。

 魔素を防ぐ手段はない。唯一の例外は、光魔法による浄化だけだ。もしくは数名で結界を張り、風魔法ですべてを吹き飛ばすくらいか。

 だが、それができる人間はここにはいない。


「全員布を口に当てろ。浅く呼吸してやり過ごせ。一刻も早く森から離れる。急げ、時間がない!」

「みんな、これを使って」

「なんでもいい。布を裂いて口に当てろ」


 いち早く対処したステラやラグラスが走り回り、動けなくなった仲間を介抱する。第二騎士団の青年も、ふらつきつつも手伝ってくれた。彼は鍛え方のせいか、多少は動けるらしい。


(急がないと……)


 魔素が高まっているなら、時間はない。

 その時だった。

 ざわりと森が(うごめ)いたかと思うと、空の一点が強く輝いた。

 いつからそこにあったのか、ぽつんと白い光が浮かんでいる。


「なんだ、あれ……?」

「光……?」

「あれは――」


 真昼の星にも似た輝きは、見る間にその強さを増し、次の瞬間、勢いよく光の筋を飛ばす。目もくらむような輝きが、光の檻のように広がった。


「【妖精の鳥籠】……!」


 その中にいる生物を閉じ込め、逃げられなくする。

 魔獣があふれているこの場所でそんな事になれば、どうなるか。


(どうしたら……!)


 とにかく少しでも早く、この森を抜けなければ。

 もしかすると、どこかに(ほころ)びがあるかもしれない。可能性は低いが、探してみる価値はある。このままここにいても全滅だ。なんでもいい。やってみなければ。


 だがその直後、彼らをあざ笑うように、周囲から不吉な音がした。


「……な……」

 それを見た者達が愕然とする。


「魔獣……!?」


 どこから現れたのか、(おびただ)しい数の魔獣が周囲を取り囲む。

 魔素が魔獣を惹きつけるなら、当然の事態だ。むしろ、集団発生が続けざまに起こっている事さえ、魔素の発生と無関係ではないだろう。この状況には覚えがある。直接体験したわけではないが、先ほどの話に出てきた事だ。


 六年前、辺境の森で起こった魔獣の集団発生。

 知る限りにおいて、もっとも危険かつ最悪な状況だ。


 オレッセオもそう思ったからこそ、あれだけ危機感を募らせたのだろう。

 まして今は、【妖精の鳥籠】が発動している。逃げ場がなく、魔獣も凶暴化している状態だ。


 魔獣の種類は中型。その目はぎらぎらした光をたたえ、低く唸り声を上げている。

 完全に囲まれるまで気づかなかったのは、足音がしなかったせいだ。


 ――静かなる(サイレント・)暴走状態(スタンピード)


「くっ!」


 オレッセオや第二騎士団の青年が剣を構える。だが、到底太刀打ちできない数だ。見習いも、動ける者は剣を取り、魔獣との戦いに備えている。

 先ほど助けてくれたカイルは、竜と戦闘の真っ最中だ。こちらに割くだけの余裕がない。


 魔獣が距離を詰め、ゆっくりと近づいてくる。

 周囲のどこにも逃げ場はない。助けてくれる者もいない。誰もが最悪の事態を予想した。


「もう駄目だ……」


 誰かが呟き、震える手が剣を取り落とす。

 それを咎める者はいない。


 ――そして、魔獣が一斉に襲いかかってきた。

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