51.絶体絶命の中で
「うわああああああああああッ!?」
「なんでぇえええええっ!?」
絶叫が辺りにこだまする。
ステラも硬直していたが、我に返るのは早かった。
「みんな、こっち! 団長の方へ」
「こ、腰が抜けて……」
「動けない……っ」
「急いで!」
ひとりに手を貸し、残りの同期も引っ張り上げる。彼らはよろけつつも駆け出した。
「団長!」
オレッセオの元に集まると、彼は厳しい顔をしていた。
「怪我人が多いな。歩ける者は?」
半数以上の手が上がったが、歩けない者も多数いる。そのうち何名かは、かなり重傷のようだ。
「お……俺たち、あとからついていきます。早く逃げましょう」
「そういうわけにはいかない。見習いだけで残るのは危険だ」
「でも、このままじゃ……」
竜のそばにいる方が、魔獣に襲われるよりもずっと怖い。彼らはそう言いたいのだろう。それは他の人間も同じだったのか、こくこくと頷いている。
それが分かったのか、オレッセオも頷いた。
「……仕方ない。肩を貸せる者は貸してやれ。軽症者は仲間を守りつつ、全員で退避する。いいな、くれぐれも無理をするな」
指を一本立て、返事は不要という身振りをする。
頷いた彼らは、すぐに足音を殺して歩き出した。
(副団長……)
どうか、無事で。
だが、いくらも進まないうちに、彼らのひとりがよろけた。
「あ……あれ?」
起き上がろうとして、ふたたび地面に倒れ込む。
「どうした?」
肩を貸そうとした別のひとりも膝をつく。その目はわずかに見開いていた。
「なんだ、これ……?」
「体が、動かない……?」
はっと周囲を見ると、次々に仲間達が倒れていく。驚いたようにそれを見ていた第二騎士団の青年も、めまいを感じたようにふらついた。
はっとオレッセオが息を呑む。
「全員、呼吸に気をつけろ! 深く吸い込むな、動けなくなるぞ!」
その言葉でステラも気がついた。
(そうか、魔素……!)
この森には魔素が充満している。それに惹かれて魔獣の集団発生が起こっているのだ。ただでさえ魔素が濃くなっている上、戦闘によって呼吸の回数が増え、余計に魔素を吸ってしまった。
魔素は毒や瘴気に近い。いや、毒消しが利かない分、余計に質が悪いと言える。
魔素を防ぐ手段はない。唯一の例外は、光魔法による浄化だけだ。もしくは数名で結界を張り、風魔法ですべてを吹き飛ばすくらいか。
だが、それができる人間はここにはいない。
「全員布を口に当てろ。浅く呼吸してやり過ごせ。一刻も早く森から離れる。急げ、時間がない!」
「みんな、これを使って」
「なんでもいい。布を裂いて口に当てろ」
いち早く対処したステラやラグラスが走り回り、動けなくなった仲間を介抱する。第二騎士団の青年も、ふらつきつつも手伝ってくれた。彼は鍛え方のせいか、多少は動けるらしい。
(急がないと……)
魔素が高まっているなら、時間はない。
その時だった。
ざわりと森が蠢いたかと思うと、空の一点が強く輝いた。
いつからそこにあったのか、ぽつんと白い光が浮かんでいる。
「なんだ、あれ……?」
「光……?」
「あれは――」
真昼の星にも似た輝きは、見る間にその強さを増し、次の瞬間、勢いよく光の筋を飛ばす。目もくらむような輝きが、光の檻のように広がった。
「【妖精の鳥籠】……!」
その中にいる生物を閉じ込め、逃げられなくする。
魔獣があふれているこの場所でそんな事になれば、どうなるか。
(どうしたら……!)
とにかく少しでも早く、この森を抜けなければ。
もしかすると、どこかに綻びがあるかもしれない。可能性は低いが、探してみる価値はある。このままここにいても全滅だ。なんでもいい。やってみなければ。
だがその直後、彼らをあざ笑うように、周囲から不吉な音がした。
「……な……」
それを見た者達が愕然とする。
「魔獣……!?」
どこから現れたのか、夥しい数の魔獣が周囲を取り囲む。
魔素が魔獣を惹きつけるなら、当然の事態だ。むしろ、集団発生が続けざまに起こっている事さえ、魔素の発生と無関係ではないだろう。この状況には覚えがある。直接体験したわけではないが、先ほどの話に出てきた事だ。
六年前、辺境の森で起こった魔獣の集団発生。
知る限りにおいて、もっとも危険かつ最悪な状況だ。
オレッセオもそう思ったからこそ、あれだけ危機感を募らせたのだろう。
まして今は、【妖精の鳥籠】が発動している。逃げ場がなく、魔獣も凶暴化している状態だ。
魔獣の種類は中型。その目はぎらぎらした光をたたえ、低く唸り声を上げている。
完全に囲まれるまで気づかなかったのは、足音がしなかったせいだ。
――静かなる暴走状態。
「くっ!」
オレッセオや第二騎士団の青年が剣を構える。だが、到底太刀打ちできない数だ。見習いも、動ける者は剣を取り、魔獣との戦いに備えている。
先ほど助けてくれたカイルは、竜と戦闘の真っ最中だ。こちらに割くだけの余裕がない。
魔獣が距離を詰め、ゆっくりと近づいてくる。
周囲のどこにも逃げ場はない。助けてくれる者もいない。誰もが最悪の事態を予想した。
「もう駄目だ……」
誰かが呟き、震える手が剣を取り落とす。
それを咎める者はいない。
――そして、魔獣が一斉に襲いかかってきた。




