50.騎士団長殺しと呼ばれた男
「副団長!」
わっと皆が歓声を上げる。
先ほどまで竜と戦っていたはずだが、一体どうなったのか。防具は汚れているものの、大怪我を負っているようには見えない。
ステラの疑問を察したように、彼は血のついた頬をぬぐった。
「一旦戻ってきた。すぐに行くけど、ちょっとだけな」
「なんで……」
「なんでって、部下を守るのは上官の役目だろ」
その足元には数匹の魔物が倒れている。今の一瞬で八体を超える魔獣を倒したようだ。剣を振り、カイルはコキ、と首を鳴らした。
「お前らは俺の部下だからな」
「は、……」
「――責任もって守ってやる。最後まで」
そう言うと、その姿がふっと消えた。
「!?」
ステラは二度目だったが、ラグラスを含めた同期全員がぎょっとする。
「え、何――」
「幻?」
「魔法?」
「見間違い?」
「そうじゃないよ」
見て、とステラが指さした。
「副団長が、あそこにいる」
そこには、先ほどとよく似た光景が広がっていた。
魔獣の群れに単身で突っ込んでいく細身の青年。その手に持っているのは、飾り気のない剣一本だ。どう考えても敵うはずがなかったのに、その動きには迷いがなかった。
彼は魔力持ちではなく、第三騎士団による援護があるわけでもない。ろくな防具もなく、武器も貧弱。味方もおらず、魔法の守護もかかっていない。どう見ても無謀な自滅行為だ。
わけが分からない様子の彼らだったが、カイルの手にした剣がひらめくのを見てはっとした。
「危ない、副団長――!」
だが、次の瞬間。
「…………え?」
その声が、止まった。
「……は……?」
「え……」
「……何?」
一瞬で魔獣の餌食になると思われていた副団長の姿は、そこになかった。
それどころか、むしろ――。
「……待って。あれ……副団長か?」
その中のひとりが指さした場所に、人影らしきものが動いている。
無事だったのかと安堵の吐息がこぼれたのは束の間、「…え?」という声がそれに続いた。
「…………は…………?」
その声を発したのは誰だったか。
カイルは魔獣と戦っていた。
それ自体は不思議な事でもない。正騎士なら当たり前の光景だ。
だが、これは。
「何……?」
それを見ている彼らの目が驚愕に見開いていく。
「今どう斬った……ていうか何?」
「ついさっきまでそこいたよな。なのに今逆端って……何?」
「つーか……何?」
目に見えぬ速さで剣を振り抜いたカイルが、そのまま前に跳躍する。同時に五体の魔獣が倒れた。
地面に足をつく間に、さらに三体の魔獣を屠っている。ふたたびその姿が消え、今度は十体を超える魔獣が沈んだ。
先ほどと同様、ステラの目には速すぎて分からない。他の面々も似たり寄ったりのようで、おろおろと視線をさまよわせ、「あ、いた」などと呟いている。ラグラスでさえ、目で追うのがやっとのようだ。
「なんだ、あの動き……人間なのか?」
「いつもぼーっとしてる副団長が……」
「干し肉食ってるとこしか知らないよ俺……」
「そりゃ剣の腕は悪くないと思ってたけどさ……。これはさすがにさぁ……」
彼らが口々に「信じられない」と言っている。ステラもまったく同感だったが、もちろん口には出さなかった。
(副団長が来てくれた)
それだけで、不安も恐怖も消えていく。
代わりに湧き上がってきたのは、途方もない安堵感。
それは他の面々も同じなのか、彼らの表情に希望が宿った。
「……でも……なんかあの、すごすぎて、怖い、な?」
魔獣が倒れる音の合間に、ドカッ、バキッ、ゴスッという響きが混じる。木々が薙ぎ倒される音でもあるが、ほとんどはカイルが素手で魔獣を殴り倒した音だ。一部蹴りもある。ちなみに、ステラでは剣すら通らないはずの硬い毛だ。誰かがカイルの呼び名を思い出したらしく、「あっ騎士団長殺しって……あっ……あー……」と呟いた。
手段を選ばない戦闘により、魔獣はあっという間にその数を減らしていた。
最後の魔獣を討伐し、カイルはぐるりと周囲を見回した。
「こんなもんか」
あれだけ大勢いた魔獣は、見渡す限りすべてが討伐されていた。
カイルが登場してから、わずか数分の出来事だった。
汗ひとつかいた様子もなく、剣を払ったカイルが歩み寄ってくる。
「悪い。ここに来る前、別の集団発生に出くわして」
「別の集団発生って……他にもあったんですか?」
ステラの問いに、カイルはちょっと考え込む顔になった。
「いや、数からすると、ここにいる魔獣の後発ってとこだな。そっちを討伐してたんで、遅くなった」
悪いと謝られたが、ひとりで集団発生した魔獣の半分を引き受けていただけで十分すごい。他の人間もそう思ったのか、ふるふると首を振っている。その言葉が嘘でないのは、今の出来事で明らかだ。
「とにかくお前ら、すぐにここから離れろ。ついさっき、あれが――」
言いかけたカイルが、ふいに背後を振り返った。
「――全員伏せろ! 炎が来る!」
その号令に従ったのは、ほとんど反射的なものだった。
慌てて身を伏せた彼らの頭上を、ゴウッ!! と炎が通過していく。
ステラ達をかばいつつ炎をよけたカイルが、舌打ちして吐き捨てる。
「……もう来やがったか!」
「え、何……」
「あとは頼んだぞ、オレッセオ!」
そう言うと、跳ね起きざまに駆けていく。ぽかんとしていた彼らの前に、ぬうっと巨大な影が現れた。
「……え……」
それを見た彼らが言葉を失う。
「……り」
「りゅ……」
――竜。
「竜だあああああっ!」




