49.主役の到着
「嘘だろう!? 三度目!?」
「冗談じゃないぞ!」
「夢だって言ってくれ……!」
彼らの顔が絶望に染まる。今でさえぎりぎりなのに、この上魔獣が増えたら対処できない。おまけに、遠くに目を凝らしたひとりが叫んだ。
「あれは……小型じゃない、中型の群れだ!」
「なんだって!?」
ざわっと全員の間に動揺が走る。
「そんな、中型だなんて……」
「逃げなきゃ、今すぐに」
「どこへだよ?」
彼らがぐるりと視線をめぐらせる。
少し先は森の出口だが、完全に魔獣に囲まれている今、ここを抜けるのは難しい。無理に突破しようとすれば、一斉に襲いかかられる危険がある。
隙を突こうにも、魔獣の数が多すぎる。
いくらオレッセオや第二騎士団が強くても、一度に数体の討伐を行うのは難しい。その前に見習いが被害に遭い、それを助けるのに手間取られている。
足手まといな彼らの身を守りつつ、大量の魔獣をさばいているのだ。その体力、気力ともに尊敬に値する。それでも、中型の魔獣の群れを防ぎ切れるとは思わなかった。
「じ……冗談じゃねえぞ」
その時、近くにいたガロルドが呟いた。
「こんなところにいたら全滅だ。さっさと逃げないと」
「そっ、そうだ、ガロルドの言う通りだ」
仲間が慌てたように同意する。
「他のやつらのことなんか知るか!」
「団長もあいつらもウザいんだよ。俺たちが逃げてる間、せいぜい囮になればいい」
「勝手に襲われてろっての。俺たちはごめんだ!」
口々に言いながら、じりっと背後に後ずさる。信じられない行動に、ステラは大きく目を見張った。
彼らがいなければ、防御が手薄になってしまう。案の定、その行動を見咎められたらしく、仲間のひとりが声を上げる。
「おい、お前ら? 何してる――」
「うっせえ!」
駆け寄ろうとした相手を怒鳴りつけ、ガロルド達は逃げ出した。行き先は魔獣の群れの逆方向だ。少なくとも、ここにいるよりは安全だと踏んだのだろう。彼らの足取りには迷いがなく、こちらを振り返りもしなかった。
あまりの出来事に、ステラはあんぐりと口を開けてしまった。
(ひどい……)
他の人間も同様なのか、信じられないといった顔をしている。
「最初から期待していなかったが、予想を裏切らないやつらだな」
ラグラスが呆れた声で言う。ステラもまったく同感だったが、それでもこの状況で、四人も抜けたのは痛かった。
「もっと集まれ! 背中を見せるな、狙われるぞ!」
第二騎士団の青年が声を張り上げる。
「俺と団長が最前線で食い止める。怪我人を後ろに、仲間をかばえ! 動ける者は武器を取れ! ひるむな、魔獣から目をそらすな!」
果敢に応戦しているものの、その声はわずかにかすれている。いつまでも体力が保たない事は明らかだった。
「うわあっ!」
別の角度から魔獣に飛びかかられ、横にいた同期が尻もちをつく。反射的に飛び出すと、ステラは素早く剣を振るった。
「悪い、ローズウッド!」
「怪我はない?」
だが、その時には魔獣の群れが間近に迫っていた。
轟くような足音が襲いかかる。
反射的に上げたステラの目に、大口を開けた魔獣の姿が映った。
「ローズウッド!」
ラグラスが叫んだが、彼も魔獣と交戦している。
間に合わない――。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、ふわりと馴染み深い匂いがした。
「――だから、目を閉じるなって言っただろ」
聞き慣れた声とともに、何かが目の前を横切った。
風を切る音に合わせ、魔獣の首が撥ね飛ばされる。
「でもまぁ、よく頑張ったな。上出来だ」
乾いた草の香りと、焦げ臭いような炎の匂い。
その、持ち主は。
「副……団、長……?」
ステラに背を向ける形で立っていたのは、剣を手にしたカイルだった。




