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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-2

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46.妖精の鳥籠


    ***



「全滅ってどういうことですか? それに、辺境の森の特性って……」

「辺境の森には不思議な力が存在している。発動条件が特殊なため、めったに遭遇することはない。先ほども言った通り、こちらの森で確認されたことはなかったが……」


 オレッセオは厳しい顔をしていた。


「辺境の森には魔獣が多い。それは君も知っているな?」


 いきなり問われ、ステラはこくりと頷いた。

 辺境の森は、国境近くの森とは比べ物にならないくらい魔獣の目撃例が多い。その理由のひとつとして、辺境の森には魔素が多い事が挙げられる。


 魔素。


 それは魔力の源であり、自然界に存在する物質だ。ステラも以前学んだ事がある。

 魔力を持たない者には関係ないが、魔力を持つ生物にとって、魔素は非常に重要なものだ。


 自らの体内で生成できるが、使い過ぎれば枯渇する。かといって、自然界の魔素をそのまま取り入れる事はできない。それができるのは魔獣だけだ。

 自然界における魔素は、人間にとって毒となる。強すぎる成分に耐えられず、過剰摂取を起こしてしまうのだ。


 魔素を大量に吸い込むと、普通の人間は動けなくなる。最初は手足の自由が利かなくなり、意識が朦朧としてきて、やがて完全に気を失う。いわゆる魔素中毒だ。そして、そのまま吸い続けると命を落とす。

 魔力持ちなら耐性があるが、それでも長時間は耐えられない。それほど魔素は危険なものだ。


 逆に魔獣にとって、自然界の魔素は何よりのご馳走だ。自らの体内に取り込む事で、己の魔力を活性化させる。そして、魔素の効能により、通常よりもはるかに力を増して猛り狂う。


 この森で魔獣の集団発生が確認されたのは、魔素の発生によるものではないか。だとすれば、人間にとって脅威となる。

 だが、それが何だというのか。


「危険は承知の上です。それでも、私は……!」

「それだけではない。自然界の魔素が急激に増えると、とある現象が起こる。私も六年前に一度遭遇したが、あれに対処する方法はない。そもそも、人の手ではどうにもならない自然現象のようなものだ」

「それは、一体――」

「君も聞いたことがあるだろう。【妖精の鳥籠】だ」


 その名前は、ステラも耳にした事がある。いたずら好きの妖精が、気まぐれで人々を閉じ込める鳥籠の事だ。もちろん本物ではなく、そういう名前が付けられているだけだ。


 光の(おり)でできていて、一見すると美しい。だが、その正体は魔素を含んだ強力な結界であり、中にいる生物を閉じ込める。

 それにつかまったら最後、逃げ出す事は不可能だ。悪趣味かつ絶対的な、死刑執行の牢獄。


「六年前、我々はあれに遭遇した。対応したのは第三騎士団の人間だ。数名が結界を張って魔素を防ぎ、残りが総がかりで結界を破った。なんとか危機を乗り切ったが、ぎりぎりのところだった」


 だがここに彼らはいない。【妖精の鳥籠】が発動しても、止められる人間はいないのだ。

 そして、その発動条件とは。


「一度に多量の魔素を取り込むと、発動すると言われている」

「多量の魔素……」


 反射的に手元に目を落とす。その手には何もない。当然だ。そもそも、魔素は目に見えるものではない。

 だが――。


「……この森、今、魔素が異常発生してますよね」

 ステラの言葉に、男二人がぎょっとした。


「分かるのか?」

「感じるだけです。でも、前に来た時はこうじゃなかった」


 はっきりとは分からない。けれど、かすかに感じる。

 ぴりぴりと肌に触れる、わずかな気配。

 先ほどまでは緊張していて、そんなものを感じる余裕はなかった。そうでなくても、今の自分にそんな芸当ができるはずはない。


 魔素を感じるのは魔力持ちだけだ。魔法どころか、ただの人間のステラには不可能だろう。オレッセオにも、第二騎士団の騎士にもできない(わざ)だ。

 けれど、それでも。


「魔獣の集団発生と暴走状態が、異常発生した魔素によるものなら……。可能性はあります」

「それは、つまり――」

 その時だった。


「――誰か! 助けてくれ!」

 遠くから叫び声が響いた。


「緊急事態だ、このままじゃ危ない!」

 聞こえてきたのは仲間達の声だった。


 方角は森の入口付近だ。それに混じり、地響きのような音がする。あれは――魔獣の足音だ!


「魔獣の集団発生だ! もうすぐこっちに到着する!」

「なっ!?」

「誰か助けて、助けてくれっ!」


 魔獣の群れは、カイルが一度倒したはずだ。残りもオレッセオや第二騎士団の活躍で、ほとんどが壊滅したはずだった。


 だがこれは、もしかして二度目の集団発生?

 そんなものが起こったためしはないが、それで言うなら、竜を見たのも初めてだ。


(このままじゃ……!)

「嘘だろう、こんな時に集団発生なんて!」


 騎士が叫んだが、「話は後だ」とオレッセオに促されてはっとする。もう一刻の猶予もない。


「急ぐぞ、走れ!」

「了解です。とにかく、あちらへ――」

 騎士の返答に混じり、ふたたび彼らの悲鳴が響き渡った。


「うわああああっ! 殺される!」


 何を考える間もなく、ステラは地を蹴って駆け出した。オレッセオと騎士もほぼ同時に駆け出している。あっという間にステラを抜き去ったオレッセオが、振り向きざまに声を張った。


「君は残れ、ローズウッド!」

「嫌です! それに、ここにいても危険です!」

「だが君は、()()君は……」

「やれることがあるはずです。ううん、やれます、団長!」


 こんな時だからこそ、自分にもできる事がある。

 いや違う。自分にしかできない事があるはずだ。

 たとえそれがほんのわずかな力でも、きっと。


 剣を握っていない方の手を握りしめると、オレッセオがはっとした顔になる。その顔に苦悩の色が浮かんだのは一瞬だった。


「……助かる。感謝する!」

「団長!?」


 そばにいた騎士が驚きの声を上げたが、もはや二人には届かなかった。オレッセオの一言に、ステラは力強く返事した。


「はい!」

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