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騎士団長殺しと呼ばれた男にしごかれています  作者: 片山絢森
第4章-2

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45/63

45.動き出すもの


    ***



 ――ガキンッ!!


 衝撃とともに、激しい火花が飛び散った。

 何度目かになる打ち合いにも、カイルは一歩も引かなかった。


「強くなったな、トカゲ肉! 引きしまった肉が旨そうだ!」


 ――グアルルルッ!


「お前が勝ったら喰っていい。人間喰うのかは知らないけどな!」


 仮に人間を食べる場合、その魔獣を食肉にするわけにはいかないので、食べないでくれた方がありがたい。もっとも、確認されている大型種の中で、竜が人間を食べるという話は聞かない。

 人間は下等生物ゆえ、体内に取り込むと(けが)れる。そういう俗説があるのは知っている。

 だが、そんな事はどうでもいい。


「今日の食卓に並べてやるよ、輪切りでな!」


 ――グァオオオオオオンッ!!


 荒れ狂う火炎を薙ぎ払い、そのまま竜に突っ込んでいく。

 無謀とも思える攻撃だが、驚異的な身体能力がそれを可能にする。だが、その剣が竜の体に届く直前、カイルは一気に横に跳んだ。


 ほぼ同時に炎が噴きつけ、焼け焦げた匂いが鼻をつく。

 剣を構えたまま、カイルは唇の端を舐めた。


 あまり広まっていない事だが、魔獣の肉は食べられる。

 牛、豚、鶏は言うに及ばず、鹿や魚も悪くない。どの肉も、極上の獣肉より薫り高く、個性があって面白い。魚は丸焼きに限るが、たっぷりの油で揚げたのや、干したのもかなり旨かった。


 だが、意外にも美味なのがトカゲの肉だ。


 最初は驚く人間もいるが、一口食べればたいていが黙る。それくらいトカゲの肉は味が良い。中でも尻尾は格別で、干し肉にすると最高だった。

 トカゲの肉は好物だし、魔獣の肉は大好物だ。その魔獣の王様ならば、どれほど旨い事だろう。


(あいつも喜びそうだな)


 ふと先ほど送り出した少女の姿を思い出す。


 マダラワニトカゲの肉をずいぶん気に入っていたようだから、これはもっと好きだろう。この戦いが終わったら、腹いっぱい食べさせてやりたい。

 幸せそうに干し肉を頬張っていた顔を思い出し、こんな時なのに笑いそうになる。


 もう逃げ切れたころだろうか。それとも、まだ手間取っているだろうか。

 もしそうなら、もうしばらく時間を稼いでやらなければ。何しろ竜が相手である。万が一、この森から逃げ損なえば命はない。

 もっとも彼女なら、なんとか切り抜けそうではあったけれど。


 ステラ・ローズウッドは、素直で可愛い見習い部下だ。

 こんな場所まで来ていたのは予想外だったが、本人は元気そうだった。罠に嵌められたとオレッセオが言っていたが、本当だろうか。もしそうなら、あとでじっくりと問い詰めたいところだ。


 真面目でひたむき、剣のセンスも悪くない。身のこなしも軽く、鍛えればかなり強くなると予想がついた。それはかなり早い段階で分かっていたし、実際、その通りになっている。


(ただ……なんかあいつ、(これ)じゃない気がするんだよな)


 理由は分からない。ただの勘だ。

 けれど、こういった勘が外れる事はめったにない。


(まあいいか)


 彼女が騎士を好きなのは本当だ。それだけで今は十分だろう。

 それに、今はそんな事を考えている余裕はない。


 その時だった。

 ざわっと首筋の毛が逆立つような気配ともに、遠くの方で物音がした。


「あれは――」


 言いかけてカイルは眉を寄せる。

 森の入口の方角、ここからは大分離れた場所。


 その先で、爆発的な気配を感じた。


 すさまじい爆風とともに、ふたたび地響きが足元をゆるがす。ひときわ高らかに響くのは、魔獣の放つ雄たけびだった。


「……二度目の集団発生か!」


 狂乱状態に陥った魔獣の群れが、一斉に森の出口へと向かっている。

 竜の出現に加えて、二度目の集団発生など前例がない。だが、そんな事はどうでもよかった。


 ここからでは間に合わない。


 そう判断した途端、強く地を蹴る。一瞬のためらいもなく、カイルは竜の脚を斬りつけた。咆哮を上げる竜をよそに、すさまじい勢いで走り出す。


「オレッセオ! ガキども全員遠ざけろ! 森の外じゃ足りない、巻き込まれるぞ!」


 遠くにいるオレッセオに声は届かない。


「封鎖じゃない、遠くへ行け! 森の先だ、できるだけ遠くへ、急げ!!」


 でなければ――。


「!!」


 その瞬間だった。


 キイン、という澄んだ音とともに、森の一点が白く輝いた。


 ほとんど中央辺りに生じた輝きは、すうっと上空に上がっていく。よく見ると、光はくるくると回っているようだった。


 くるくる、くるくると、光は回りながら上がり続ける。

 キラキラした光の粒子が、舞い踊る妖精のように見えた。


 美しいはずの光景だが、なぜだかひどく不吉なものに感じられた。


「……始まったか!」


 まさかこれが発動するとは思わなかった。

 だが、始まってしまえば止められない。()()はそういうものとして存在している。

 そして、巻き込まれてしまえば最後、こちらに逃げる術はない。


(冗談じゃない)


 この森にいるのは見習い騎士がほとんどだ。

 魔獣の討伐経験もほとんどなく、命のやり取りもした事がない。ある意味で緊張感が薄く、ある意味では平和なひよっこども。


 いずれ彼らも経験を積んでいくのだろうが、それは今じゃない。

 それどころか、このままだと、彼らは全員命を落とす。


 甘いのは承知している。――けれど。


「クソガキでも部下なんだよな、一応は!」


 だから、死なせるわけにはいかない。

 誰ひとりもだ。

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